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学園編
9.フェリきゅんとシモン先生
しおりを挟む気持ちもだいぶ落ち着いてきた頃、僕はまたもやどよーん……と項垂れた。
よくよく考えたら、周囲から見た僕の印象は完全に最悪だ。
入学初日の初めての授業を抜け出すという、考え得る限り一番ありえない行動。
元から『噂の英雄』というとっても微妙な立場にいることを踏まえれば、僕の評価は初日にして最底辺に落ちたといっても過言ではないだろう。
「ぐすっ……アディくん、アディくんはお友だちやめないでぇ……」
「急にどうした。頼まれたってお前と友達辞める気ねぇよ」
感極まって抱きつく僕を、アディくんは「暑苦しいなぁ」と突っぱねる。
けれどそうは言いつつ、彼の手は泣き出す僕の頭を当然のように撫でてくれていた。
この素っ気ないながらも優しい対応……アディくんのこういうところは昔と全然変わらないみたいだ。
「アディくん、ぼくアディくんだいすき……」
「おう。俺もフェリアル大好きだぜ」
ぴゃっ!とおかしな声が飛び出る。
赤く火照った頬を慌てて手で扇いだ。
アディくんったら、昔と変わらないと思ったらこういうところは順当に成長したらしい。
そういえば最後に会った時と比べて、また身長が伸びた上に体付きがガッシリしたような……と思わず凝視してしまう。
「なんだ?」とアディくんが首を傾げて、あたふたしながら首を横に振った。
「う、ううん、なんでもない。そろそろ教室に……」
そろそろ教室に戻ろうか。
そう言おうとした時、ふと保健室の扉がガラッと開かれた。
「あぁだるい……フェリアル様を追ってきただけなのに、やたらと騒がしいだけのガキ共の世話なんてやってられな────」
何やらメッ!な愚痴を零しながら現れた彼は、僕の姿を見るなりピタァッと硬直した。
まさか保健室に人が……いや、僕がいるとは思わなかったのか。
いつもであれば決して聞かせない物騒な愚痴を、うっかり僕の耳に届く距離で零してしまったようだ。
「フェ、フェリアル様ッ!!」
すってんころりん。
お手本のような横転を見せてくれた彼……新任養護教諭ことシモンは、そそくさと立ち上がるなり光の速さでこちらに駆け寄ってきた。
「フェフェフェリアル様ッ!?どこかお怪我でも!?お身体にご不調でもッ!?」
顔面蒼白。夏の海ってこんな色をしているよなぁ、と思わせる真っ青な顔で滑り込んできたシモンは、またもや光の速さで僕の両脇を持ち上げた。
お人形を扱うみたいにひょいひょいっと全身を確認され、思わずむすっと頬を膨らませる。
僕はもう子供じゃないのに。
こんな小さい時の対応みたいなことをされるのはちょっぴり、いやかなり不服だ。
「はぁ、よかった……愛らしいお身体に傷一つなくて……」
あったら元凶を見つけ出してあらゆる拷問をうんたらかんたら、とブツブツ呟くシモン。
持ち上げた状態から流れるように僕をむぎゅーっと抱き締めたシモンは、ふいに近くから呆れたような声をかけられてようやく我に返ったらしい。
「おいちょっと。フェリアルを離してくださいよ、この淫行教師」
い、いんこーきょうし……。
アディくん、得意の毒舌は健在らしい。対して、普通ならダメージを受けるだろうアディくんの毒舌に、当のシモンも負けていない様子だ。
「はい?その辺の淫行教師と一緒にしないでください。俺とフェリアル様は相思相愛なので俗物的な罵倒は通用しません。なぜなら俺達の関係は純愛なので」
真顔で反論するシモン、環境が変わってもキレキレで何よりだ。
僕にうりうりと頬擦りするシモンの姿は、確かに傍から見ればとんでもなくアレな存在かもしれない。
実際、今は生徒と教師だものね……シモンは気にしていないみたいだけれど。
「……シモン、アディくんの言うとおりだよ。学校では、ぎゅー禁止」
「んなァッ!?ぎゅ、ぎゅー禁止ですってェ!?なんの罰ッ、いや、なんの極刑ですか!?」
そ、そんな大袈裟な……。
あまりに迫真すぎるリアクションを前に、僕ってばちょっぴり汗たらたらである。
って、そういえば今のシモンは先生なのに普通にいつもの接し方をしてしまった。
昨日あれだけ分かりやすく突っぱねたのに、これじゃあ意味ないじゃないか。シモンも普通に僕のことを『フェリアル様』と呼んでいるし……。
「シモン、先生。生徒に敬称をつけるのはよくないです。きちんと、フェリアルって呼んでください」
「エッ!?今度はなんの拷問ですッ!?ていうか無理です無理!そんな不敬な!」
「じゃ、先生やめなきゃだめだとおもいます。そういう“ひいき”?よくないです」
それはそう、というアディくんのセリフが右から左へ。
シモンもこれにはぐぅっと苦い表情を浮かべて「さすがフェリアル様、常に正しい……」と歯ぎしりした。
そ、そんなに悔しがらなくても……普通のこと言っただけなのに……。
「ぐ、ぐぅ……で、では妥協案として、フェリきゅんで……」
「そっちの方が不敬だろ、普通に考えて」
「ふぇりきゅん……?」
フェリきゅん、フェリきゅん。
なんだか可愛らしい呼び名だけど、敬称がついていないからまぁいっか。
まぁいっかと口にすると、シモンは安堵の息を吐き、アディくんは呆れ顔で「よくねぇだろ」とツッコんだ。
よ、よくないのかな。僕は正直、前世でちょっぴり好きだったプリティできゅあきゅあな戦士たちみたいな呼び名で好きなのだけれど……。
「こほん。ま、まぁ、いいとおもいます。じゃ、フェリきゅんで。あらためてよろしくおねがいします、シモン先生」
「はい!よろしくお願いします!フェリきゅん!」
かくして、僕とシモンの関係は主従から生徒と教師の間柄となった。
「お前らやっぱなんか締まんねぇよな」というアディくんのセリフが聞こえてくるけれど、華麗にスルーだ。
でも確かに、シモンが関わると空気がゆるだらーっとなって締まらないのは本当だ。
「……あッ!ていうかサラッと流されましたけど、ぎゅー禁止は撤回してください!俺がなんのために正々堂々と教員試験を突破したと思ってるんです!?フェリアル様、こほんッ、フェリきゅんとぎゅーするために決まってるでしょう!?」
「おい淫行教師」
「ぎゅーするため……」
な、なんて不純な動機なんだ……。
さすがの僕も今度は冷や汗たらたらである。
まさかぎゅーするためにわざわざ僕を追ってきて先生になったなんて。
確かに僕もシモンとのぎゅーがなくなるのは寂しかったけれど、ここまでするシモンには若干の不安が拭えない。
シモンったら、僕と一緒にいるためなら本当にどんなことでもするんだなぁ。それを嬉しいと思ってしまう僕も僕だけれど。
それに……そこまで通常運転のシモンで来られたら、僕も思わず気が緩んでしまうじゃないか。
「むーん……なんか、もういいかも。そうだよね、シモンと僕は一緒じゃなきゃだめだもん。だれになにを言われても、僕だってシモンとぎゅーしたい」
「フェフェフェフェリアル様ぁ~ッ!!」
ぶわぁっと大号泣するシモンが感極まった様子で僕を抱き締める。
うりうりーっと頬擦りされて、身体からふにゃんと力が抜けた。
それでもしっかりと気を引き締めて、完全にいつもの侍従モードに戻っているシモンに忠告する。
「でも、保健室にいるときだけ。誰もいないときだけ。他の場所では、きちんと先生しなきゃだめですよ。シモン先生」
「んなぁッ!?」
どんな時でも切り替えは大事だ。
赤くなったり青くなったり忙しないシモンは少し可哀想だけれど、心を鬼にして断言する。
誰になんと言われてもシモンが僕の『特別』であることに変わりはないけれど、それとこれは別。
学生のお兄さんとして、切り替えながら生活するのは最低限のマナーである。
「それじゃ、僕とアディくんは教室にもどります。失礼しました、シモン先生」
「あ、はい……って、ちょっと待ってください!そういえばどうして保健室に来てたんです!?フェリアル様ッ……フェリきゅん!?フェリきゅーん!?」
シモンに呼び止められるも、それはサラッと聞かなかったことしてアディくんと保健室を後にする。
名残惜しい気持ちを押し殺した僕の表情を見て、アディくんは仕方なさそうに微笑みながら僕の手をぎゅっと強く繋いでくれた。
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