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学園編
10.皇子の噂
保健室から戻った後は、なるべく注目されないよう大人しく過ごした。
けれどそもそも僕の存在自体があらゆる意味で興味の的だからか、一向に注目は散らなかった。
僕が泣きながら抱きついたせいでアディくんまで視線を集めることになってしまったし……それに関しては本当に反省しなきゃ。
アディくんは気にしなくていいって言ってくれたけれど、やっぱり自分で自分が許せない。
僕だけならともかく、大事な友人に迷惑をかけるのが一番心苦しい。
とにかく、なんとかここからでも挽回しないと。
そう思いながら気を引き締めて授業に集中していると、あっという間に初めての昼休みが訪れた。
「フェリアル。お前、昼は弁当か?」
午前最後の授業が終わってすぐ、アディくんから声を掛けられる。
そういえばお昼ご飯のことを何も考えていなかったな……と思い出して、どうしようか悩みながら首を横に振った。
「ううん。どうしよう、お弁当ない……」
「ならちょうどよかった!一緒に学食行こうぜ、ここの昼飯は種類が多いんだ」
「がくしょく?」
がくしょく……学食?そうか、そういうものもあるのか。
なんか学校っぽい!と単純な頭がワクワクし始める。
友達と一緒に学食でご飯……なんてすてきな響きなのだろう。僕がお弁当のことをすっかり忘れるポンコツさんでよかった。
「うん、食べたい!」
「よっしゃ!そんじゃ今から行こうぜ、早くしねぇと席埋まっちまう」
そんなに人気なのか……!と更にワクワクが増す。
アディくんに手を引かれながら、頭の中はどんなご飯があるのかと高揚でいっぱいだった。
***
「わぁ、人いっぱい……」
「昼はいつもこうだぜ。人酔いだけ気を付けろよ」
食堂はとっても広かった。
たくさんの長机に人がごった返していて、とにかくとっても賑やか。
既に食事を始めている生徒のご飯をこっそり覗くと、ワクワクな予想通り美味しそうな料理がいっぱいだった。
美味しそうな光景と匂いで早くもお腹がぐるぐる音を鳴らし始めると同時に、周囲の視線が集まってきたことに気付いて思わず萎縮する。
「……ど、どうしよう、すっごく見られてるような……」
ぷるぷると震える僕とは裏腹に、アディくんは特に表情を変えず僕の手を繋いだまま歩き出す。
この注目の中を強行突破するつもりなのだろうか?ぱちくりと瞬くと、アディくんは耳元でヒソヒソと囁いてきた。
「安心しろフェリアル。奥に生徒会の人達が使ってる個室があるんだ。会長からフェリアルは許可なしで入っていいって言われてっから」
「……へ?」
なんのこっちゃ、と目を丸くする。
会長って、ローダのこと?奥の個室って?
いつの間にアディくんとローダで情報共有が行われていたのかというのもそうだけれど、一番は僕の扱いが驚くほどスムーズなことだ。
まるで僕が苦悩しないように、何か壁に当たる前に道が整えられるよう、事前に完璧な準備をされていたみたいな……。
ありがたいことのはずなのに、なぜか胸の奥が一瞬だけピリッと痛んだ。
「ほらフェリアル、なに食いたい?ここに載ってないやつでも、フェリアルの注文ならなんでも用意してもらえるはずだ」
「あ……うん、なににしようかな」
悶々と考え込んでいる内に注文場所まで辿り着いたらしい。
ハッと我に返って、アディくんから手渡されたメニューを眺める。
パンやスープなどのシンプルなものから、何やら長い料理名のお高そうなものまで、とにかくお昼時に考えつきそうなものは全てありそうだ。
なるべく後ろを待たせないようサッと流し見て、最初に目についたものを頼むことにした。
「オムライスがいいな」
「よし、オムライスな。んじゃ俺は……昨日肉食ったから今日は魚にすっかな」
アディくんが僕の分までまとめて注文してくれるのを、隣でぽーっと見つめる。
その間にも、四方八方からヒソヒソとした囁き声が絶えず届いた。
やっぱり内容までは聞き取れないけれど、所々で聞こえる英雄だのなんだのという言葉から、確実に注目の先は僕だということだけは理解できる。
確かにこの突き刺さるような無数の視線の中、純粋に料理を楽しめる度胸は僕にはない。
さっきは少しだけモヤッとしてしまったけれど、正直アディくんの言葉にはほっとした。
個室を使う許可をくれたらしいローダには、あとでしっかりお礼を伝えなきゃ。
「行こうぜフェリアル。料理は出来たら届けてくれるように言っといたから」
「うん、わかった」
アディくんに手を引かれ、その場を後にする。
相も変わらずヒソヒソと囁かれるざわめきから逃れるように、学食の最奥にある扉へと急いだ。
***
「失礼します、二年C組のカリオンです。フェリアルを連れてきました」
アディくんが扉をノックして中に入る。
僕も慌てて「失礼します!」と頭を下げて入ると、そこには二人の男子生徒がいた。
「来たか、フェリアル」
「待っていたよフェリアル。カリオン君もいらっしゃい。さぁ二人とも座って」
「……!」
個室は応接室のような造りになっていた。
上座にローダ、そこから一番近いソファにオーレリア兄様が腰掛けている。
僕はアディくんと隣り合うようにして、空いたソファにそそくさと座った。
「俺までご一緒してしまいすみません。生徒会のメンバーでもないのに」
「そんな、気にしないで。むしろカリオン君は僕達が生徒会に勧誘している真っ最中の相手だし、生徒会に関係のない人間とは言えないだろう?」
アディくんとオーレリア兄様のやりとりを聞いてきょとんと瞬く。
思わず横から「アディくん、生徒会にスカウトされてるの?」と尋ねると、アディくんは困ったように笑った。
「あー……まぁな。でも俺は生徒会には入らない。アランが渋ってる内は、俺はアランに合わせるって決めてんだ」
アラン。第二皇子であり、皇太子であるレオの弟。
唐突に僕の大好きなお友達でもあるアランの名前が出て驚く。
頭上にハテナを浮かべる僕に気付くと、アディくんは「あ、そういや言ってなかったな」と苦笑した。
「アランのやつ、二年に上がる時は会長……シュタインさんと並んで生徒会長に推薦されたんだ。でもアイツは自分でそれを蹴って……」
「結果的にローダンセが会長に選ばれたのだけれど、あの後も僕達は生徒会として彼を勧誘し続けているんだ。彼の能力は生徒会でこそ輝くと思ってね」
「そういうこと。で、生徒会の皆さんはついでに俺のことも勧誘してくれてんだけど、俺としてはアランがその気にならない内は俺も無理だって伝えてるんだ」
アディくんが言いにくそうに口ごもったところで、それを引き継ぐようにオーレリア兄様が説明してくれる。
頷いたアディくんが更に続けたのを聞いて、なるほど……と顎を撫でた。
アランが生徒会長の推薦を辞退したのは、なんとなく理解できる。
なぜならアランの兄であるレオは、生徒会長としてこの学園に濃く名を残したからだ。
皇太子という肩書だけじゃない。レオは一生徒の立場でありながらあらゆる学園改革を行い、歴代最高の生徒会長として校外でも有名になった。
僕ですら公爵邸でだらーっとしている間もレオの噂が届いたくらい。
だからこそわかる。この学園で“伝説の生徒会長レナード”の印象は強い。アランにとってそれは、何よりも大きなプレッシャーであることだろう。
「……アランの気持ち分かるんだ。だからなるべく寄り添ってやりたいって思うだろ?そんでそれは、近い立場にいねぇと出来ねぇことだからさ」
小さく笑うアディくんに、ちょっぴり涙腺が緩んだ。
やっぱりアディくんは優しい人だ。そして、アランのことは今すぐにでもぎゅっと抱き締めてあげたくなった。僕もいるよーって、単純に伝えたくなったのだ。
「僕達も彼の気持ちを何より一番に尊重したいと思っているよ。ローダンセも、もし何かあって会長職を退くなら、後を任せる相手は彼が良いだろう?」
「……この肩書きなら面倒だから今すぐにでも辞めたいが。どうせ任せるなら、まぁ例の第二皇子しかいないだろう」
二人の会話を聞いて僕も笑みを零す。
今の話をそっくりそのままアランに聞かせてあげたいくらいだ。そう思ったら、アランに会いたい気持ちがぐっと強くなった。
時間が出来たら真っ先にアランに会いに行こう。
そう心に決めた時、ふとどこからか良い匂いが漂ってきた。
思わずすんすんと鼻を動かす僕を、三人が揃って微笑ましそうに見つめてくる。
「ご、ごめんなさい……おいしそうな匂いがしたから……」
「気にすんなよフェリアル、そうだな、確かにうまそうな匂いすんな」
「ふふ。フェリアルはわかりやすくて本当に可愛いね」
「……フェリアルを眺めていたら俺も腹が減った」
ガラガラとワゴンの音が近付いてくる。
ぐるぐるる……と鳴り響くお腹の音に恥ずかしくなりながら、僕は数秒後に運ばれてくるだろう料理を想像して思わず涎を垂らした。
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