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学園編
29.気まぐれな書記先輩
しおりを挟むその日の夜、僕は白紙の紙を前にうーむと唸っていた。
悩みの種は言うまでもなくローズだ。
ずっと返事が来ないから、二枚目を送ってみようかと思ったけれど……逆に催促みたいで嫌な気持ちにさせてしまうかも。
書くべきか書かないべきか。頭を抱えていると、ふと背後から声をかけられた。
「フェリアル。そろそろ消灯時間になるぞ」
「あ、ローダ。ごめんね、いま片付けるよ」
湯浴みから上がったらしいローダが、濡れた髪をタオルで拭きながら近付いてくる。
悩み込んでいる内にもうそんな時間になっていたのか。
慌ててテーブルの上を片付けていると、白紙のレターセットを見たローダが無表情を僅かに崩して隣に腰かけた。
「……ローズさんのことか」
短く尋ねられてハッとする。
ローダの申し訳なさそうな表情を見て、思わず小さく笑みが零れた。
ローダは一見分かりにくいけれど、ローズに似てとても優しい。
僕がローズのことで悩んでいるのを自分事のように思っているのだろう。僕はこくりと頷いて、まだ何も書いていない紙を片付けた。
「うん。ローズに、お手紙を送ろうと思ったんだけど、やっぱりやめた」
「……なぜだ」
「ローズは、ゆっくり考える人なの。ゆっくり、丁寧に考える人だからだよ」
僕の言葉にローダは訝しげに首を傾げる。
少し分かりづらかっただろうか。でも、詳しい説明が難しい。
ローズは逃げない。どんなに悩んでも、必ず答えを導き出す人だ。
だから僕に出来るのは待つことだけ。たった今、ローダを見てそう思った。そういうわけだから、手紙はもう出さない。
「あ……消灯時間だよね、そろそろお部屋にいこうかな」
立ち上がって、ふとカーテンが少し開いていることに気が付いた。
ついでに閉めようと思って近付き、なんとなく外を見る。その時、一瞬見下ろした先……寮の庭に人影が見えた気がした。
「……?」
「どうした、フェリアル」
窓の前で動きを止めた僕を不思議に思ったのだろう。
背後からローダが歩み寄ってくる気配を察しながら、目を凝らして答える。
「ううん、お庭に誰かがいた気がして……」
「……庭に?妙だな、既に外出可能な時間は過ぎているが」
「あ、でも、僕の勘違いかも」
僕の肩越しに窓の外を睨むローダを見上げて、慌ててぶんぶんと首を横に振る。
もう寝る時間だというのに、いらない緊張感を与えてしまった。申し訳なく思いながら謝ろうとすると、その前にローダが呟いた。
「……いや、勘違いではない」
「へ?」
途端に興味を失った様子で踵を返すローダを見て、僕も慌てて窓の外を確認する。
ぐっと目を凝らすと、今度は明確に人影が見えた。後ろ姿だから顔は見えないけれど、あの見慣れた癖っ気の茶髪は……
「グリーン先輩?」
予想外の人物にぱちくりと瞬く。
駆け足で向かう方向にあるのは、教員用の寮棟だ。こんな時間に先生の誰かに用事でもあるのだろうか。
それにしても、ローダはどうしてグリーン先輩だと分かるや否や興味を失ったのだろう。
「ローダ。グリーン先輩だよ、気にならない?」
「別に。いつでも気紛れな奴だ。奇行は今に始まったことじゃない」
「そ、それはたしかに、そうだね……」
うーむ確かに。
考えてみれば、グリーン先輩が自由におかしな行動をするのはいつものことか。
ローダのセリフに妙に納得してしまった僕は、詮索するのもよくないよね、と何も見なかったフリをしてカーテンを閉めた。
***
文化祭の準備期間が始まって早くも一週間が過ぎた。
学園内は着々と賑やかな空気で満ちてきて、放課後もかなりの生徒が居残りするのを見かけるようになった。
僕は相変わらず庶務としての仕事が忙しく、学園中を駆け回る日々が続いていた。
「えぇっと、次は三年生の……」
オーレリア兄様から託された各クラスの出し物案を見ながら、順番に見回りを済ませる。
一年生の出し物についてはひとまず全クラスの確認を終えたので、次は比較的早く確認が終わりそうな三年生のクラスだ。
すれ違う生徒の声掛けに挨拶を返しながら、目的地である三年A組に急ぐ。
……それにしても、最近になって声をかけてくれる人が一気に増えたな。
「あ!お疲れ様ですフェリアル先輩!今日も見回りですか?」
「お疲れさまです。はい、今日は三年生のクラスにいきます」
「そうでしたか!ご無理はなさらないようにお気を付けくださいね!応援してます!」
「は、はい。ありがとう、ございます」
何やら飾りの入った段ボール箱を抱えた生徒達が、僕を見るなり嬉しそうに頭を下げて駆けていく。
彼らが去っていった方向から「やべぇやべぇ話しかけちまった!」「お前ずりぃ!」やら何やら聞こえてきて緊張してしまう。
学園を見回るようになってから、僕を『噂の英雄様』だからと避けていた生徒達がだんだん関わってくれるようになってきた。
どうやら僕に親しみを感じ始めてくれているようで、それは嬉しいけれど……。
僕としては人との交流にまだ慣れきっていないので、こうしていつも緊張してしまうのだ。
「お、フェリアルじゃん」
顔赤くなってないかな……と俯きがちに歩いていると、ふと前方から聞き慣れた声をかけられてハッとした。
「アディくん!」
何やら分厚いファイルを抱えたアディくんが、よっ!と手を振って笑う。
知らず知らずのうちに溜め込んでいた緊張がどっと解れて、僕はへなへなと脱力しながらアディくんに歩み寄った。
「あぁアディくん……会えてとってもうれしいよぅ……」
「お、おう、どうした。大丈夫か」
「ちょっぴり疲れちゃったよぅ……」
情けなく泣きつくように近寄る僕を、アディくんは嫌な顔一つせず抱き留めてくれた。
むしろものすごく心配してくれている様子だ。
よしよしと頭を撫でられるとたちまち復活して、僕はほくほくと満ち足りた表情で改めてアディくんに向き直った。
「ごめんねアディくん、僕、緊張しちゃって……」
「あぁ、もしかして次のクラス三年か?」
「そうなの!先輩のクラスはじめてだから、すごくドキドキなの……」
相変わらず賢いアディくんは、僕の抱える出し物案を見るなり全てを察してくれたらしい。
僕は緊張で長い溜め息を吐きながら、次の目的地であるクラスの出し物案をアディくんに見せる。
「まずはA組にいってみる。ここは展示だから、たぶんトラブルもあんまりないと思うの」
「あーそうだな。例のコスプレ喫茶みたいな、もう名前から怪しい出し物のクラスは後回しにした方がいいよな」
「むっ!それ、もうからかわないで……」
悪戯っぽく笑うアディくんにふんすと頬を膨らませた。
そう、例のメイド服事件は、どこから情報が漏れたのか生徒会のメンバーには全員知れ渡ってしまったのだ。
あれから三日はアディくんとアランにからかわれたし、もうそろそろ本格的に勘弁してもらいたいところである……。
「ごめんごめん。もう言わないから、な?」
「むぅ……」
アディくんがクスクス笑いながら僕を撫でる。
ちょっと撫でられたからって機嫌はなおらな……む、むむっ、相変わらずプロの撫で心地……しょうがないから今日のところは許してあげよう。
すっかり機嫌を直してむふーっと笑う僕を見て、アディくんは呆れながらも微笑む。
けれどふと、何かを思い出した様子で声を上げた。
「あ、そういえばさっき、次は三年A組に行くって言ったよな?」
「うん?うん、そうだよ。A組から見回りするの」
それがどうかしたのかね?と首を傾げると、アディくんは「いや、大したことじゃないんだけど」と前置きして語った。
「A組って確か、グリーン先輩のクラスだぜ。今行ったら会えるんじゃないか?」
「へ、そうなの?」
これはびっくり、どうやら目的地のA組はグリーン先輩のクラスらしい。
あぁでも確か、生徒会で改めて行った自己紹介の時にクラスを言っていたような……すっかり忘れていたけれど。
「そっか、グリーン先輩の……」
グリーン先輩のクラス。
その時ふと、夜に寮を抜け出すグリーン先輩のことを何気なく思い出した。
でも詮索はよくない、そう見ないフリをしたのも同時に思い出して、慌てて頭の中からその記憶を振り払う。
アディくんにじゃあねと言って別れると、僕は少しの悶々とした気持ちを抱えながらA組の教室に急いだ。
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