396 / 423
学園編
35.成長の末
しおりを挟む学校中が色とりどりに飾り付けられ、賑やかな音や声がどこからでも響き渡る。
ついに文化祭を明日に控えた学園は、嵐の前のような熱狂寸前の空気で満たされていた。
そんな日の放課後、僕はというと……資料室の先生に会いに来ていた。
「……あの、本当に単なる調べものの一環なのですよね?」
目的を達成して出ていこうとした僕を、ふと先生が引き止めた。
言い知れない焦燥を滲ませた表情を見て、それを安心させるようにふわりと笑顔を向ける。
「はい!調べものです!」
「そうですか、それなら良いのですが……」
引き留めて申し訳ございません、と頭を下げる先生にぶんぶんっと首を振る。
相変わらず、教師だというのにそわそわする態度だなぁ……なんて思いながら、僕はいそいそと部屋を後にした。
ルンルン気分を隠しながら廊下を歩く僕の腕には、いくつもの資料やパンプレットが抱えられている。
隣国リーベルタースについての資料、周辺国の観光地に関するパンフレット、それ以外にも帝国外の情報をまとめた記事だとか、色々。
「ふふん……これで、いっぱい色んなこと知れる」
明日には文化祭も控えているというのに、僕の意識の半分は腕に抱えたそれらに向かっていた。
あの日、グリードの一件で思い知った自分の無知。
そこから思いがけず『留学』という選択肢を得た僕は、帝国の外にも世界が広がっているという、考えてみれば当然の概念を知ることが出来た。
広い世界を知りたい。
一度考えてしまえば止まらなくて、実はあの日からずっと思っていた。
帝国を出た先には何があるんだろう。人間以外の種族にはどんな人たちがいるんだろう。
色んな疑問が連鎖的に湧いて、好奇心は増すばかり。世界は広いのだと、そんな当たり前のことを僕はつい最近知ったのだ。
「……世界って、どれくらい広いのかなぁ」
誰もいない裏庭にこっそり訪れた僕は、隠れるように寂れたベンチに座って呟いた。
抱えていたそれらの内一つを手に取り、そこに描かれた見たこともない色鮮やかな植物の絵を見つめる。
次は煌めく海に面したどこかの南国、機関技術が進んでいるというカラクリの国、お伽噺みたいな絵は、全てがこの世界のどこかに実在する場所だ。
「行ってみたいなぁ……」
無意識の吐露だった。
知らず知らずのうちに頬が緩んでいたことも気付かないまま、次の絵を見ようとした……その時だった。
「どこに行ってみたいんです?」
「っ……!」
自分でもよく分からないけれど、なぜか全身が酷く冷めた。
青褪めた顔を声の方に向ける。そこには、いつからそこにいたのか笑顔で佇むシモンの姿があった。
「シモン……」
思わず両腕が絵を隠すように動く。
シモンはそれを見ても特に何も言わず、ただゆっくりと僕の正面まで歩いてきた。
「っ……あの、僕、その……」
セリフもまとまらないまま口を開こうとした時、一瞬強い風が吹いた。
その風は僕が抱えていた紙の数枚を奪い去り、反射神経の優れているシモンは当然のようにそれをパシッと掴み取る。
あっ……と思った時にはもう遅くて、シモンはそこに描かれた海の絵を見て目を細めた。
「……これは、サマリスの都市ですね。帝国から遥か南方に位置する海の国では?」
「えっ!シモン、知ってるの?」
「えぇまぁ。俺ですら一度も行ったことがないほど遠い国ですけどね」
言いながらシモンが隣に腰掛ける。
さり気なく視線を腕に抱えた資料たちに向けられて、もう隠す意味もないので観念してそれらを手渡す。
シモンは周辺国のパンフレットや遠い国の絵をしばらく眺めると、やがてしょんぼりと縮こまる僕を見下ろした。
その表情はいつもの優しい笑顔じゃなくて、何を考えているか分からない無表情だった。
「……フェリアル様は、卒業後の進路が決まっていましたよね?」
「え、う、うん……」
「進路は、なんでした?」
強い眼差しを向けられて息を呑む。
僕は瞳を揺らすけれど、すぐに俯きがちに答えた。
「……ライネスと、結婚する」
ぽつりと呟く。その声音は、自分でも驚くほど弾んでいなかった。
いや、違う。とっても嬉しいことだ。
僕だって、ライネスと結ばれる未来を心待ちにしている。今だって、早くライネスに会いたくて仕方ない。
ライネスに会って、またぎゅーをしてほしい。好きだって言うのも、言われるのも、好きだ。
結婚は嬉しいことだ。その気持ちに嘘はない。それを待ち望む想いに嘘は一つもない。
それなのに、それなのにどうしてだろう。
どうしてか胸にわだかまりみたいなモヤがある。モヤモヤして、どうしようもなくて、そんな自分が嫌になる。
「結婚、するの、うれしいのに……ううん、うれしいの、ほんとうに」
そんなことを言いながら、自分の手は名残惜しそうに遥か遠方の国の絵を撫でる。
宝石みたいに煌く海、見たこともない色鮮やかな植物、絵本でしか見ないような壮大な自然。
全部が、僕の一番奥に隠れていた、僕でさえ知らなかった重要な何かを刺激する。
「フェリアル様」
呆然と絵を見つめていると、ふいにシモンが僕の頭をぽんと撫でた。
空っぽの人形みたいにぎこちない動きで見上げると、そこには酷く寂しそうな、けれどなぜだか嬉しそうなシモンの微笑みがあった。
「ここで俺から一つ、アドバイスです」
「……?」
きょとんと首を傾げると、シモンは僕の頭をよしよしと撫でながら語った。
「実は、人って変わるんです」
「え……?」
「人の気持ちや考えや、果ては価値観まで。それらは短い人生の中で、コロコロ変わるものなんです。どうやら人はそれを、成長と呼ぶそうです」
なんだか他人事みたいな言い方だ。シモンにも分からないことを、知識だけで語っているような……そんな歪さがある。
「それはものすごく寂しくて、でもそれ以上に、嬉しいことのようです。俺も知らなかったんですが……たった今、理解しました」
僕の頭を撫でていたシモンの手が離れていく。
咄嗟に寂しくなってその手を追いそうになったけれど、それはグッと堪えた。
シモンが、今までで一番と言ってもいいくらい柔らかい表情を浮かべていたから。
「成長は悪いことじゃありません。むしろ良いことです」
緑色の瞳が凪いでいる。
いつもは夏の色濃い木の葉みたいなのに、今は木漏れ日に近かった。
「アドバイスはこうです。成長を教えたい人に、一つの例外もなく全てを打ち明けること」
「……すべてを、打ち明ける?」
成長を教えたい人。
それはいっぱいいるけれど、どうしてか真っ先に浮かんだのは……。
「フェリアル様が成長を告げたいと思った人なら、絶対にフェリアル様の成長を喜んでくれるでしょうから」
柔らかく微笑むシモンを呆然と見上げ、そしてその視線をそっと下ろす。
抱えたそれらの一番上にあるのは海の絵だ。きっとこの目で実際に見たら、キラキラ煌めいてとても綺麗に違いない、遠い国の海を描いた絵。
「……僕の、成長」
ふと思った。
遠い南国の海を、珍しい植物を、絵本でしか見たことのない壮大な自然を。
帝国の外に広がる世界を、僕はなにもたった一人で見に行きたいわけじゃない。
どこまで続いているのか分からない広い世界を、叶うことなら彼と一緒に──
「……うん、そうだね」
愛おしい人たちとの身近な未来。この帝国という舞台で完結する素敵な未来。
それを待ち望む気持ちは真実だ。でも、それ以外を望む想いにも嘘はないのだ。
だから僕は、僕がするべきことは。
「ありがとう。シモン」
いつだって隣にそっと寄り添う、唯一無二の存在を見上げて笑う。
するとシモンはやっぱり、僕の全てを受け入れるみたいに穏やかに微笑んだ。
730
あなたにおすすめの小説
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜
COCO
BL
「ミミルがいないの……?」
涙目でそうつぶやいた僕を見て、
騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。
前世は政治家の家に生まれたけど、
愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。
最後はストーカーの担任に殺された。
でも今世では……
「ルカは、僕らの宝物だよ」
目を覚ました僕は、
最強の父と美しい母に全力で愛されていた。
全員190cm超えの“男しかいない世界”で、
小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。
魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは──
「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」
これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放
大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。
嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。
だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!一肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果
ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。
そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。
2023/04/06 後日談追加
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。