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学園編
終.結末はまだ先
しおりを挟む「うぅーん」
放課後、訪れたのは特別棟の屋上。
文化祭以来、アル先生が僕の為に特別に開放してくれたのだ。
僕は柵に寄り掛かって、視界に広がる光景を眺めていた。
やっぱり、ここは学園全体が一望出来るからお気に入りだ。今は放課後だから、色んなところに生徒達がいてとっても賑やかなのが尚更。
「……こんなにいっぱい、なのに、みんな違う」
見下ろした先にはたくさんの人達が動いている。
その全てに人生があって、これから先にそれぞれ違う未来が待っている。そう考えると、またあのモヤが胸の内を擽った。
おかしな気分だ。
人の数だけ人生はあるのに、こうして俯瞰して見てみるとなんだか妙な気持ちになる。
──……人生かぁ。
「僕もいま、人生やってる、のかな」
人生をやっている、なんて。言葉にするとものすごく不自然な気がするけれど。
けれどそれ以上に納得した。あぁ僕、いま人生やっているのかって。当たり前のことなのに。
そう、この人生は物語じゃない。
でも、僕はずっと『結末』を目指して頑張った。
帝国が女神の運命から抜け出したあの日。もしくは、僕がライネスと結ばれた日。或いは……とにかく、その辺りが僕にとっての『結末』だと思っていた。
でも、それは違う。
人生における『結末』というものは、恐らく“死”だ。
物語のように、人生の途中でめでたしめでたし……現実はそうじゃない。
いい感じのところでぷつっと終わる。それは物語であって、人生じゃない。僕のいるここは現実で、たぶん物語でいうところの『結末のその後』だ。
「……うーん」
当たり前のことなのに。簡単なことなのに。
それなのに、どうしてかこんなに難しく感じるのは、たぶん今までの人生を物語だと思って生きてきたからだろう。
最近になって目立ち始めた、この胸のモヤモヤ。
これは一体、どうしたら解消出来るんだろう。
うーむうーむと悩み込んでいると、ふと屋上の扉が静かに開かれた。
「やっと見つけましたよ。フェリアル様」
「……! シモン!」
その声を聞くだけでぱぁっと表情が輝く。
振り返った先には、保健室ではいつも着ている白衣を脱いだシモンがいた。
どうやら今日のお仕事は終わりらしい。
シモンは「学園長からここのことを聞いたんです」と言って近付いてくると、僕の隣に立って同じように学園を見下ろした。
「すごいですね。ここ、学園の全体を一望出来るんですか」
シモンは興味深そうに目を凝らすと、寮の中庭方面を指さして楽しそうに声を上げた。
「あ。あそこの庭にウォードの令息がいますね。デカい図体で花を眺めているようです」
「え!どこどこ、みえない……」
「フェリアル様には遠すぎましたかね?えぇっとそれじゃ……あっ!あそこには駄犬……グリードがいますよ!」
「どこどこ、どこ!ぐぬぅ……みえない」
シモンが色んなところを指さして、あそこには誰がいるとか何があるとか、そういうことを教えてくれる。
けれど残念なことに、僕の目ではまったく見えなかった。シモンの優れた視力は相変わらず超人的なものみたいだ。
「うーむ……まっ、いつでも会えるからいっか」
ここで目を凝らして観察出来なくても、別にこの身で実際に会いに行けばいいだけだ。
そう考えて潔く諦め、改めて景色を満喫する。ふんふんふふんと鼻歌混じりに学園を見渡していると、ふとシモンが静かに尋ねてきた。
「……それにしても。何か悩み事でもあるんですか、フェリアル様?」
「へっ?」
いきなりなにごとかね!と目を丸くする。
シモンは困ったように笑うと、風で靡いた髪をサッと掻き上げながら続けた。
「夕方の屋上。物思いに耽るには定番の環境でしょう」
「そ、そうなの……?」
「そうですよ。それにフェリアル様が一人になりたい時は、大抵考え事をする時ですから」
シモンは当然のようにふふんと笑って言う。
僕は眉尻を下げて微笑んだ。やっぱりシモンには敵わないな、と心がじんわり熱くなる。シモンに隠し事なんて出来るはずもなかった。
「……うん、そうだね」
柔い風が頬を撫でる。目下に広がる喧噪は、やっぱりどこか遠くに聞こえた。
相手はシモンだ。そしてここには二人きり。全てを伝えて相談するには、まさにうってつけの状況と言えるだろう。
僕はすっと呼吸を整えて、ここ最近の悩みを話してみることにした。
「実はね……──」
話の内容は主に、これからのことや人生のこと、そして突然生まれた心のモヤモヤについて。
常に何かが燻っているようで、その正体も分からないから気分が良くないのだと。
それを話し終えると、しばらく静寂が流れ始めた。
そうして、やがて隣でシモンが微かに動く気配がする。
視線を向けると同時に、シモンは何やら僕に向かって仕方なさそうに笑った。
「それ、普通のことですね」
「……へ?ふつう?」
予想外の答えにぎょっとした。
シモンのことだから、僕のちょっぴりシリアスな相談に何かすごいことを言ってくれると思ったのに。
普通のことってなんだ。首を傾げると、シモンは僕に身体ごと向き直って「いいですか?」と腰に手を当てた。
「人間生きていれば悩み事と選択と後悔の連続ですよ。それも、毎日とかではなく毎秒」
「選択と、後悔……」
「フェリアル様も悩んでいるんでしょう?先のこと、人生の大きな選択……結果なんて分かりませんもんね」
先のこと。人生の大きな選択。
この頃は特にそうだ。未来のことを考えては不安が過ぎる。夢のことを思えば焦燥が滲む。
どこかで自分が訴えてくるのだ。本当にいいのか?後悔はないのか?と。
だって全部、全部。人生に関わる大事な決断だから。
「……それじゃ、このもやもやは」
胸に手を当てる。
今もまだ、奇妙なモヤはその存在を主張し続けている。この正体は、もしかして。
「えぇ。誰もが抱える、事前の不安と事後の後悔の種。もちろん、それはフェリアル様も抱えているものです」
シモンが困ったように微笑む。
正体を知ると少しだけ気分は悪くなくなって、モヤも一気に薄くなった。
でも、消えるわけじゃない。これからも、このモヤが消えることは二度とない。
「……これ、ずーっと一緒なんだね」
「そうですよ。死ぬまで、大事に抱えていなければならないものです」
ぱっと綺麗に解消したかったこのモヤが、まさか死ぬまで一緒の代物だったなんて。
けれどスッキリはした。これを一生抱えなきゃいけないことにはもどかしい気持ちになったけれど、それでも嫌なわけじゃない。
だってこれは、僕だけじゃない。生きている皆が揃って抱えるものだから。
「不安も、後悔も、いやだなぁ」
ぽつりと呟く。
それを耳聡く拾ったらしいシモンは、きょとんと首を傾げてから小さく笑った。そして、僕の頭を優しく撫でる。
「……残念なことに、不安や後悔はこれから嫌でも積み重なっていくでしょうね。億劫なことに、人生って長いので」
「む……そっかぁ」
まぁ、それも当然か。
後悔のない人生なんてあるわけない。実際、僕は今の時点で後悔だらけだ。
僕の人生は不安と後悔で満ちている。今更そんなことを改めて知ったって、別に怖気づくこともない。
「僕が後悔しちゃったら、シモン手伝ってくれる?なるべく、やり直してみるから」
ちらり、と窺うような視線を向ける。
シモンはぱちくり瞬くと、やがて「もちろんです」と柔らかく頬を緩めた。
僕はその答えに満足気に頷き、また視線を下へ戻す。
生徒達が賑やかに、自由に動き回るその光景は、なんだかとっても輝いて見えた。
あの中にローダやオーレリア兄様もいて、アランやアディくんもいて、グリードやブレイドもいて……あぁどうしよう、また不思議な気持ちになってきた。
『人生』があんなにたくさん。
ちょっぴり変な感覚だ。
「そういえば明日は歴史の小テストですよね?職員室で聞きましたよ」
「うん?うん、そうだよ」
ふとシモンが日常的なセリフを放ったものだから、思わずハッと我に返った。
あぁ、そうだ。そうだった。そういえば、明日は小テストだったな。
なんて。流れるように明日のことを考えていると、突然あることを思い出した。
「あっ!!」
シモンが「わっ」と驚いたような声を上げる。
その様子にごめんねと謝りつつ、僕は慌ただしく屋上の柵から手を離した。
「今日、図書室で歴史のこと教えてもらおうと思ってたんだった。明日、ちょうど小テストだったから」
食堂で出会った例の三人組、彼らからオススメの本でも教えてもらえれば。
そんなことを考えていたのを思い出し、それはもう慌てた様子で動き始めてしまう。
シモンはそんな僕を見て、なぜか優しく笑った。
「よければ俺も復習手伝いましょうか?」
「えっ!いいの?」
「もちろんです。他でもないフェリアル様のためですから」
ありがたい提案を受けて、今度はシモンと一緒に歩き出す。
こうして屋上で黄昏る暇なんてないのだ。
なんたって僕は学生で、ここは大人になるまでの狭間、大事な時期なのだから。
こうしている間にも時間は過ぎる。
ずっと先……『結末』のことを考えるのはもう数十年くらい後にして、今は明日のことから考えないと。
そう、たとえば、小テストのこととかを。
「僕ね、歴史は得意なの。だから、すっごく自信ある」
「流石フェリアル様です!でも、あれれ?フェリアル様、家庭授業では歴史、よく間違ってませんでした?」
「ぎくっ!ぐぅ……あ、あれはちっちゃい時のことで……」
ひとまず、一番近い障壁は小テスト。このくらい小さな壁が、本来は普通のことで。
人生は小さな思い出の積み重ね、小さな知識と経験の積み重ねだ。
僕がするべきことは、まだまだずーっと先の『結末』について悩み込むことでも、そのせいで心に燻るモヤを無駄に大きくすることじゃない。
ただ、今の不安と後悔、そして選択に向き合うこと。
ひとまず一番の目標は、無事に学園を卒業することだ。
「俺も来年は教科担当の教員試験を受けましょうかね」
「なぬっ!シモン、ほんとに先生になるの!」
「なっちゃおうかなと!保健室にいても暇ですし、フェリアル様ともっと一緒に居る為にはやはり教室へ進出しなければ!」
「きょうしつに、しんしゅつ……」
屋上の扉を開ける。
遠くに感じていた賑やかな学園の空気が、たちまちすぐ傍へと近付いてくる。
それは、今まではどこか遠巻きにしていた周囲の喧騒。
無数の人生の一つである僕も、今度は迷わずその中に溶け込んだ。
────
学園編.終
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