余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない

上総啓

文字の大きさ
78 / 423
攻略対象file5:狡猾な魔塔主

127.影の贖罪(終)

しおりを挟む

 聖者が覚醒した。
 だがあれは演出に過ぎない。民衆の信仰と他国の関心を惹く為の一種のシナリオに過ぎず、実際にはとっくに動き出していたはずだ。
 皇太子殿下を使ってフェリアル様を孤立させ、同時にありもしない噂を国中に広める。そして誰もが知る悪人という虚像を作り出し、それに制裁を与えるというシナリオで更に信仰を増やしていく。
 これこそ、聖者のいう物語の筋だったのだろう。

 どうしてその悪人役にフェリアル様が選ばれたのか。
 それはフェリアル様が闇属性の主であり、邪神の愛し子だったから。光属性を司るマーテルは邪神を一方的に嫌悪していた為に、邪神と共に愛し子のフェリアル様にも絶望を与えてやろうと画策した。

 点と点が繋がっていく。前世では分からなかったこと。今世の記憶だけでは辿り着けなかった事実まで。
 そしてそれらを知れば知るほど、怒りと憎悪が湧き上がって仕方ない。フェリアル様が一体何をしたというのか。フェリアル様はただ、平穏な日常を望んでいただけなのに。
 ただ、愛し愛されることを願っていただけなのに。





「時間が無いのに…こんな時に呼び出されるなんて…」


 気付くと、フェリアル様はいなくなっていた。いや、フェリアル様と出会った場面から少し飛んで、俺が別の記憶に入り込んだのだろう。

 さっきの記憶から時はあまり経っていないらしい。相変わらず黒いローブを羽織った青年は、どこか焦りを表情に滲ませながら歩いていた。
 辺りを見渡して一瞬息を止める。どうやらついに、俺の結末を見届ける時が来たらしい。

 前世の中では一番新しい記憶…つまり、殺される直前の記憶だ。


「それにしても…何で処刑場なんかに…」


 フェリアル様をどう救い出すか。この時はそれだけ考えていて、視野が狭まっていた。今見ると隙だらけの自分に自嘲してしまう。この後に待ち受ける運命も知らず、前世の俺は呑気に処刑場の門を潜った。

 聖者が覚醒したと神殿が帝国中に報じ、七日も経たないある日の夜。
 人のいない広い処刑場の真ん中に見慣れた人影を確認し、青年はフードを脱ぎながら男の元へ歩み寄った。


「お呼びですか、殿下」


 処刑台を見上げていた殿下が青年の声を聞いて振り返る。最早光も闇もない、自我が完全に奪われた無の瞳がそこにはあった。


「聖者が覚醒しましたね」


 笑みを作る動きがどこか不気味で息を吞む。人間というより、見えない糸で口角から瞬きまで、全てを完璧に操られた人形のような動きだと思った。
 実際、間違ってはいないのだろう。殿下からはもう少しの生気も感じ取れない。

 小さく頷いて僅かに後退る。最近になって、殿下の様子は更におかしくなった。そのことを警戒しているのか、青年は珍しく殿下の足元に跪いて無防備を晒すことはしなかった。


「……君、最近エーデルス家の三男と逢引しているという情報は確かですか?」

「っ……」


 完璧な微笑から紡がれる鋭い指摘。恐らくこの情報元はギデオンだろう。
 ギデオンからの情報なら、殿下がそれを疑うことは決して無い。否定したところで話が長引くだけだ。そう判断したのか、青年は硬い表情で黙り込んだ。
 どちらを選んだとしても、きっと結末は変わらなかっただろうけど。


「私の影があの極悪人と仲良くしている、なんて…周囲に知られれば不味いんです。それは君も理解出来ますよね?」

「……申し訳ありません。ですがフェリアル様は…」

「フェリアル…様?」


 低い声が地を這う。瞬間焦りを抱いたが、直前の言葉を訂正することはなかった。
 聖者が覚醒し、この世界は完全に女神に掌握されてしまう。それをどうにかするために、せめて殿下だけでも目覚めさせることが出来れば。
 殿下だって曲がりなりにも闇属性なのだ。フェリアル様に会ってまともに話でもすれば、もしかしたら俺のように案外簡単に魅了が解けるかもしれない。

 それに、殿下が一応恩人である事実に変わりはない。どうせならこの人も救えることが出来れば…なんて、前世の俺は本当に甘い人間だった。
 その甘さが惨めな結末を招いたのだ。


「聞いて下さい殿下…!聖者は正義ではないんです!あなたも、フェリアル様のご家族も!全員女神に弄ばれているんです!」

「……」

「今ならまだ間に合う!皇太子である殿下が声を上げれば…きっと…!」


 縋るように、乞うように。必死に語る俺を無の瞳で見下ろす殿下。この切実な願いをどうにか叶えてほしくて、目を覚ましてほしくて。焦りで混乱していた中、不意に殿下が小さく溜め息を吐いた。


「……君のこと、案外気に入っていたのに」


 グサッという音と共に、鈍い痛みが胸部にじわりと滲む。
 驚く間もなく口の端から零れた鮮血に目を見開くと、その向こうにもっと惨いものが見えた。

 心臓の辺りから絶えず溢れる赤い血。背中まで貫通しているだろうと一瞬で分かる、生々しい感覚の明確さ。殿下の足元の影から伸びた長い剣のようなそれは、暗闇のせいでいまいち全体像が掴めなかった。


「…は…っ…どう、して…」


 青年の見開いた瞳に涙が滲む。痛みのせいなのか、それとも尊敬する恩人に裏切られてしまったせいなのか。
 だがそれ以降何も話さず、ただ淡々と胸を抑えて蹲る。直ぐに諦観を宿して黙り込む辺り、フェリアル様と同じ匂いを何処となく感じた。

 分かっていたことだ。聖者の絶対的な忠犬に成り果てた殿下が、今更俺やあの方に味方をしてくれるはずがない。それでも、俺は一縷の望みに賭けたくて。

 大切な人達がみんな無事で結末を迎える。
 そんな完璧なハッピーエンドは物語の中だけで、現実では有り得ないって分かっていたのに。


「っ…ぁ…あ」


 溢れる血は留まることを知らない。地面に伏せてもそれを何とか両手で塞いだが、見下ろす立場からするとこんなにも滑稽に見えていたなんて知らなかった。
 殿下が無言で影を散らす。今にも死を迎えそうな青年には目もくれず、無機質な足音を響かせながら処刑場から出て行ってしまった。

 それを見送る気力も最早残っていない。
 脳裏に浮かぶのは最愛の主の笑顔だけ。青年はやがて足掻きを止めると、出血箇所を塞ぐことを諦めて気怠そうに仰向けになった。
 ドーム型になっている処刑場。見上げると、雲に隠れていた月が丁度姿を現す。

 近いうちに最悪の結末を迎える、なんて。散々フェリアル様に不穏な言葉を投げかけておきながら、最初に退場する運命にあったのがまさか自分だったなんて。


「…ごめ…なさい…」


 か細く掠れた声は小さくて、静寂の空間に居ても聞き取ることが難しい。それが自分が紡いだ言葉でなければ。

 胸からも口からも無様に血を吐いて、光が失われていく瞳からも絶えず涙が零れる。俺は無言で青年の傍に膝をついて、自分の死に様を最期まで見届けることにした。
 未練なんて、フェリアル様以外浮かばない。唯一の味方がいなくなった後、あの方はどうなるのだろうかと、ただそれだけを考えて。

 触れることなんて出来ないのに、涙が溢れる瞳を閉ざすように手を翳した。


『……後は任せてください。未練は全て果たしてみせます』


 世界が崩れていく。真っ白な世界に戻っていく。
 目の前に倒れる前世の自分が、俺の告げた言葉に小さく微笑んだような気がした。



 今度こそ、生きてあの子を守れ。邪神の言葉の意味をようやく理解する。
 前世で置いていった未練や罪を、今世で全て果たして償って清算する。それが二度目を許された俺に与えられた使命なのだと。

 今世に戻ったら、まずはフェリアル様に会いに行こう。ぎゅっと強く抱き締めて、前世で選んだ誤った判断を正すのだ。

 敗因は分かっている。
 俺達はずっと、独りで戦っていた。それぞれがたった一人で、強大な力に対抗していた。だから何も出来なかった。
 今世で聖者が苦戦しているのは、フェリアル様は前世と違って一人じゃないから。一人だったら、きっと今世も一度目と同じシナリオを辿っていただろう。
 今世で全て覆す。フェリアル様を今度こそ、生きて守ってみせる。



 瞳を閉じると光が段々消えていく。崩れた前世の世界も真っ白な世界も消え去って、やがて手足から順に体の感覚が戻っていった。



 ふわりと柔らかい何かが体に掛けられている。その正体を確かめたくて瞼を上げると、少し霞んだ視界に見覚えのない天蓋が映った。


「……ぁ…」


 声の感覚が戻っている。さっきとは違い、喉から声を発した感覚が確かにある。
 空気に溶けてしまいそうなほど小さな声。それを発した直後、すぐ傍で柔らかい感触が軽く揺れた。

 霞みが明らかになる前に、視界にひょこりと綺麗な瑠璃色が移り込む。それは俺と視線が合うなり夜空みたいに輝いて、透き通った大きな雫を瞼に滲ませた。




「──おはよう」




 ふにゃりと綻ぶ天使のような表情。
 小さく暖かなそれが柔く上に覆い被さる。ずっと望んでいた主にぎゅっと抱き締められた直後、長い夢の中で緩んだ涙腺が完全に崩壊してしまった。


しおりを挟む
感想 1,721

あなたにおすすめの小説

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新 プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜

COCO
BL
「ミミルがいないの……?」 涙目でそうつぶやいた僕を見て、 騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。 前世は政治家の家に生まれたけど、 愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。 最後はストーカーの担任に殺された。 でも今世では…… 「ルカは、僕らの宝物だよ」 目を覚ました僕は、 最強の父と美しい母に全力で愛されていた。 全員190cm超えの“男しかいない世界”で、 小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。 魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは── 「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」 これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放

大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。 嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。 だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。 嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。 混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。 琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う―― 「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」 知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。 耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

シナリオ回避失敗して投獄された悪役令息は隊長様に抱かれました

無味無臭(不定期更新)
BL
悪役令嬢の道連れで従兄弟だった僕まで投獄されることになった。 前世持ちだが結局役に立たなかった。 そもそもシナリオに抗うなど無理なことだったのだ。 そんなことを思いながら収監された牢屋で眠りについた。 目を覚ますと僕は見知らぬ人に抱かれていた。 …あれ? 僕に風俗墜ちシナリオありましたっけ?

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!一肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。