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攻略対象file5:狡猾な魔塔主
134.動き出す
しおりを挟む少し言いすぎたかも。たくさん酷い言葉を僕に言われて、今頃トラードがしくしく泣いていたらどうしよう。
その時は、僕がごめんなさいしないと。でも、それは何に対するごめんなさい?ひとり置いてけぼりにしてごめんなさい、でいいのかな。
流石にあそこでトラードだけ馬車から下ろすのはやりすぎだったと自覚している。
けれど、あの状況で狭い空間に共に居続けたら、もっともっと酷い言葉を発してしまいそうで怖かった。
自分を抑えるためと、トラードの心を守るための最前の選択。だと、少なくとも僕は思っているけれど。それも僕が勝手に思っているだけで、僕の都合でしかなくて…。
「フェリアル。まだ気にしているのか?奴の生命力はゴキブリ以上だ、心配することは無いぞ」
さらっと酷い比べ方をしたローズの声でハッとした。
ついさっき公爵邸に戻り、シュタイン伯爵の姿になったローズを連れて応接間に入ったのが数分前の出来事。
兄様たちでもレオでもライネスでもない。客観的に見れば接点がまるで思い浮かばない僕とシュタイン伯爵。周囲からの目はこういうものだから、当然ローズを連れて帰ってきた僕を見たお父様の反応は大きかった。
「お、お、おとこ…っ、フェリアルが男を…!」と混乱するお父様を、侍従長のユーリさんがクールに連れ出し執務室へ。後で言う誤魔化しをちゃんと考えておかないと。
ちなみに、ユーリさんに今朝のことを聞いてみたけれど、シモンを呼び出した覚えは無いと首を振られた。
「つぎに会ったら、トラードと仲直りしたい…」
内緒話のために応接間から自室に移動し、ソファにすとんと座ってすぐのこと。
トラードのことを気にする僕にローズが返した言葉。それに少しほっとして、落ち着きを取り戻した頭が『仲直り』の選択肢を増やした。
「それを言ってやれば喜ぶだろうな。トラードは自覚していないようだが、フェリアルを随分気に入っているから尚更」
トラードが僕を気に入っている…?
これまでの仕打ちを思い出しても、とても好かれているとは思えないけれど。
眉を下げて困惑する僕を見下ろし、ローズは無表情のまま小さく溜め息を吐いた。
「……自己犠牲の塊のような真っ直ぐな人間ほど、嫌いなものは無いと思っていたんだがな」
やはり会ってみないと分からない。そう言って自嘲気味に微笑むローズの表情が珍しくて、思わずぽーっと見蕩れてしまった。
いつもそういうところをあまり見ないから深く気にしたことは無かったけれど、そういえばローズはメインキャラである攻略対象者。容姿は圧倒的に整っている。
こうして間近でじっと見ていると…なんだか少し、おかしな感覚に襲われた。
「ローズ。かっこいい」
「あぁ。突然どうした?」
「お二人とも!!話の続きを!!良い雰囲気になってないで!!」
ローズはきらきらしていてかっこいいなぁ、なんて。漠然と思った印象をそのまま口にすると、ローズはきょとんと首を傾げて硬直した。
何も考えていないような顔をして瞳を僅かに揺らすローズの前に、突如シモンがバッ!!と割り込んだ。
片手にはトレーの上に置かれた三人分のチーズケーキがあり、ふとテーブルに視線を移すと紅茶まで完璧に用意されている。沈んだ気分が一気に掬い上げられて、衝動のままにチーズケーキをもぐもぐと頬張ってしまった。
「そうだな、そろそろ本題に…あぁ、フェリアルはチーズケーキが好物なのか。リスみたいだな」
「もぐもぐ」
「俺のフェリアル様はチーズケーキの前では理性と防御力がゼロになるので…」
「むぐむぐ」
大体いつも無防備だろ、とシモンの言葉に淡々とツッコんだローズの声にハッとする。食べた痕跡のあるチーズケーキを愕然と見下ろし、あまりの無念にぐぬぬと呻いた。
いつの間に、チーズケーキがこんなにも減って…?
「犯人は…このなかにいる…」
「素晴らしい推理だ。鏡を見てみろ」
「フェリアル様。口の端にクリームついてます」
フォークをぐぐっと握り締める僕の正面に膝をついたシモンが、にこっと優しい笑顔を浮かべて僕の口をハンカチで拭う。
それ、シモンのお気に入りのハンカチだったはずだけれどいいのかな…という不安は早々に消える。シモンが頬を紅潮させて家宝でも扱うようにハンカチをしまったところは、そっと目を逸らして見なかったことにした。
逸らした視線の先にいたローズは優雅に紅茶だけ一口含み、さり気なく自分の分のチーズケーキを僕の方に滑らせながら本題を切り出した。
「初めに、何故俺達があそこに居たのかを説明しようと思う」
「いや唐突過ぎでしょ。なんか前置きとか無いんですか」
「前置き?面倒だ、本題から話す」
ローズはシモンの苦言をばっさり切り捨ると、そのまま本題についてを話し始める。ちなみに僕は今、本日二つめのチーズケーキに手を出したところだ。
もぐもぐとチーズケーキを頬張りながら話の続きを待つと、ローズが口にしたのは予想外の答えだった。
「トラードの件があった後に話すのは少々躊躇われるが、お前の一番目の兄についてだ」
「ディラン兄さま…?」
「あぁ。二番目の兄に依頼されたので報告に来た。学園に聖者を名乗る少年が現れ、解呪不可能と言われていたディラン・エーデルスの呪いを完全に解いたらしい」
息を吞んだのは僕かシモンか、それともどちらも同時にだったのか。
とにかく、その言葉を聞いた直後、一瞬頭が真っ白になったことだけは確実だ。ディラン兄様に激痛を与えていた呪いが解けたのは嬉しいことだけれど、恐らく現状、純粋に喜んでいられる状況ではないのだろう。
硬直する僕の代わりに、シモンが険しい表情でローズに問い掛けた。
「学園の生徒達や、教師達の様子は?」
「想像の通りだ。聖者の力を目の当たりにした生徒達は全員女神マーテルの盲目的な信者となり、その影響は教師達をも徐々に浸食している」
まるで薬物に溺れた中毒者のようだった。
ローズが語ったその例えに『魅了』の本質を垣間見た気がした。
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