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【聖者の薔薇園-プロローグ】
187.近付く黒い影(後半???side)
しおりを挟むレオのさり気ない連行を回避し、兄様達もむぎゅむぎゅ見送った日から少し経ち。
クマくんとウサくんと庭園でお花を植えたり水を上げたりしていると、何やら慌ただしくシモンが駆け寄って来た。手には一枚の手紙を持っていて、記された紋章にはとても見覚えがある。
まさかと思い立ち上がり、シモンから差し出された手紙をすぐに開いた。
差出人は案の定ライネス。黒い封を開けて中身を読むと、そこにはさらりと一文衝撃の言葉が書かれていた。
「今から会いに行くね。昼頃には着くよ……むむ?」
今から…?今とはいつのことだ。つくのは昼だから、早朝に書いて早馬で送ったといったところだろうか。ということはつまり…ええっと、今はお昼だから…。
「フェリ!!」
あわ…と焦燥を浮かべた直後。庭園の入り口から聞こえてきた声。
ぽふぽふ駆け回るクマくんとウサくんをガシッと捕らえたシモンを横目に、ぎぎぎ…と声の方を振り返った。
今いる場所は邸の表側にある庭園だから、正門から入ってきた来客には僕の姿は丸見えだ。外出向きではない服装を纏った、僕の姿が。
「ら、らいねす…」
にっこにこの満面の笑みで駆け寄ってくるライネス。あわわと慌てて茂みから出て、服についた土やら草やらをぽんぽん払う。日焼けしないようにとシモンに被らされた麦わら帽子をぺこりと取ってそわそわ前に出る頃には、ライネスがすぐ近くまで辿り着いていた。
「やぁフェリ!来ちゃった!」
「急に来るなクマ」
「フェリくんをびっくりさせるなぴょん」
何だか既視感のある流れにぱちくりする。ライネスはクマくんとウサくんの辛辣な一言には耳を貸さず、にっこにこの笑顔のまま嬉しそうに僕をひょいっと捕まえて抱き上げた。
かと思うと、ぴたっと硬直して僕の全身をじっと眺める。足の先から頭まで全て確認したかと思うと、愕然とした面持ちで僕を下ろしてよろよろ後退った。
顔面蒼白のライネス。きょとんと眉を下げて大丈夫かなとそわそわ見上げる。ライネスは「ぐはッ!!」と苦しそうに呻いて蹲った。
「オーバーオール…!麦わら帽子…!くはっ!不意打ちかっ…!」
がっくし。ちーんと動かなくなるライネスに慌ててとたとた駆け寄り、ライネスの傍をくるくる周ってあたふたそわそわと体を揺らした。
服が土塗れだしところどころ濡れているしで、綺麗な衣装に身を包んだライネスに触れることが出来ない。せいぜい「だいじょぶ…?」と声をかけるのが精一杯で、不安と心配でゆらゆらと揺れていると、やがてライネスがぐっと呻きながら復活した。
恐る恐る顔を上げ、再び僕の全身をじーっと眺める。所々呻きながら何とか僕の頭から足まで全て確認する姿に少し申し訳なくなった。そんなに見るに堪えない姿なのかな、しょぼん…。
やがて完全復活して立ち上がったライネスにひょいっと再び抱き上げられる。ライネスのぎゅーは強いから逃げられない、ということを既に理解しているので早々に抵抗は諦めた。
「ごめんねフェリ。急に来て驚いたよね」
「びっくりどきどき」
「そうだよねごめんね!どうしても会いたくて我慢できなかったんだごめんね!」
むぎゅむぎゅ。うりうり。服が土で汚れることも厭わずぎゅーを強めるライネス。綺麗な服に土がつく様子がどうしても気になって、汚れちゃうよと小さく囁いてみた。
それにきょとんしたライネスはすぐにふにゃりと笑う。大丈夫だよと言ってすたすた踵を返すライネスにぱちくりしていると、とっても爽やかな笑顔がにっこり返ってきた。
「これから一緒にお出掛けに行くから汚れても大丈夫だよ。フェリに可愛いお洋服を買ってあげるからね」
「む…?」
これから一緒にお出掛け…?可愛いお洋服を買う…?
ぴしっと硬直する思考を解いたのは、背後でぱたぱたぽふぽふするぬいぐるみの声だった。
「クマも行きたいクマ!クマもおでかけするクマ!」
「お前は留守番に決まってるぴょん。我儘言うなぴょん」
「むかつくクマ!この腹黒ウサギ!うるさいクマ!」
シモンに首根っこを掴まれた状態でぽふぽふ喧嘩を始めるクマくんとウサくん。傍から見るとウサくんがさらっとクマくんの攻撃を軽く躱しているだけのように見えるけれど、クマくんは至って真剣みたいだ。
ぺしっぺしっぽすっぽすっと喧嘩をする二人をしゅんと眺めて、そろりとライネスに向き直る。おでかけいこう、と声をかけるとライネスは嬉しそうに頷いた。
* * *
「主様、対象が外出したようですが…」
「あ?ならさっさと追え。双子も消えた今がチャンスだろうが」
「ですが…どうやらヴィアス大公家の公子も一緒のようで…」
「あぁ?チッ、面倒くせぇなぁ…」
依頼主に指定された期限が狭まっている今、どんなチャンスも見逃すことが出来ない。双子がガキの傍を離れ、何より公爵家の敷地外に出た今この瞬間が絶好のチャンスだってのに。あのヴィアス家の公子まで傍に侍っているのか。
公子が『公爵家の天使』に入れ込んでいるという噂は常々聞いていたが、まさか本当だったとは。
戦場の鬼、北部の悪魔…あらゆる人間に畏怖を籠めた名で呼ばれ恐れられるあの大公の一人息子。絶好の機会とはいえ、よりによって奴が一緒なのかと運の無さに溜め息を吐く。
「仕方ねぇな…」
部下に全て任せるつもりだったが、こうなれば策を練り直す他無い。なるべく周囲の人間との戦闘を避けてガキを拉致するには…。
情報資料と帝都の地図を手に取った直後、不意に部屋の扉が静かに開かれた。
この場所に勝手に入って来られる人間は決まっている。俺か側近か、俺が認めた依頼主か。
面倒事が増えそうだと思いながら顔を上げると、案の定来客は最近見慣れた依頼主の男だった。噂をすれば、とはこういうことか。
「……まだ期限は先だろ。何しに来たんだ」
資料を机に放り投げて溜め息混じりに言うと、男は例の胡散臭い笑みを浮かべて椅子に腰掛けた。
「急かしに来た訳じゃありませんよ。偶然近くを通りかかったので、暇潰しにあなたと世間話でもしようかなと」
「はぁ…アンタ神官だろ。そんな暇あんのかよ」
純白の神官服を纏う姿は明らかに仕事中だ。ただでさえあのガキに入れ込んで神官としての執務が疎かになっているだろうに、まったくいつもマイペースな男だ。
呆れの視線をものともせず、男は本心の見えない胡散臭い笑みを深めて語った。
「暇も何も。あの美しい少年の為に使う労力は…下賤の民の治療に使う労力よりも、圧倒的に神聖なものですよ」
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