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【聖者の薔薇園-プロローグ】
212.孤独にならないために(ローズside)
しおりを挟む「……おい、そろそろ説明しろ」
「まぁまぁいいからいいから。おっ、今日はいい天気だなぁ」
「……おい」
豚の処理を部下に任せ、妙に上機嫌なトラードに連れられたのは伯爵家所有の馬車。
見せたいものがあると言いながら、コイツの言動はさっきから矛盾だらけだ。
窓の外に視線を向ける。俺の目が狂っている訳でなければ、どうも同じ道を永遠と回っているようにしか見えない。
過ぎる風景に何度も湧く既視感。いつも馬鹿なことばかりするトラードだが、今回もまた良からぬ事を企んでいるのは確実だろう。それも俺が異変を察知していると気付いていながら、企みを白状するつもりは無いらしい。
コイツの馬鹿は今に始まったことじゃない。呆れながらも、気が済むまで付き合ってやるかと諦観する。何に対しても軽薄なトラードは、これで意外と意地を張る所があるから面倒なのだ。
やると決めたらやる。いつだって俺を巻き込んで、失敗も成功も勝手に共有する。昔から無責任な人間で、だからこそ波長が合う。
自分勝手に動かなければならない。友人だから、相棒だから。そんな甘い言い訳は抜きにして。
ずっと、そうしてきた。
「なぁ」
ふと声が掛かる。伏せていた瞳を開くと、灰色と視線が合った。
片方は黒い眼帯で覆い隠され、だからこそ感情が読みにくい。いつも浮かんでいる薄い笑みの裏には、きっとトラードの本質が隠れている。それを知るのはトラードと、そして俺だけだ。
「例えばの話。目の前で俺と、一度も接したことが無い少年が、二人一緒に死にかけていたとして。お前はどっちを助ける?」
「……」
「あ。お前は一人でも何とかなるだろとか、どっちも助けるとか。そういう屁理屈はなしだからな。あくまでお前の、純粋な答えを言ってくれよ」
妙な空気を纏って、一体何を言い出すかと思えば。
浅く溜め息を吐く。分かりきったことを聞くなと前置き、問いの答えを短く紡いだ。
「当然、ガキに決まってる」
それが信条だから。
語るとトラードは緩く笑んで、意味深な声音で「ふぅん」と呟いた。果ての無い興味を向けられているような、だが一切の注目を寄せていないような。トラードがよく発する、真意の読めない声音。
気を遣うことはない。俺達はずっとこうだった。トラードは昔から変わらず、救いようのない軽薄野郎で、唯一無二の相棒だ。互いに信条が似ているからこそ波長が合って、衝突しないで過ごしてきた。
命には優劣がある。生の優先順位というものは、いくら否定しようと確かに存在する。
最も重い命は、その場で最も幼い命。大人から順に死んでいき、なるべく子供は生き残る。そういう理で、そういう世界の造りになっている。
人間はそれに従うべきだ。
子供は子供らしくあり、大人は大人らしくあるべきだ。子供は無垢で、大人は穢くあるべきだ。だが、それを互いに押し付け合ってはならない。特に大人は、穢れた本質を子供に垣間見せてはならない。
大人は、己の欲望を子供に押し付けてはならない。
しかし、欲もあって然るべきだ。
慈悲と無慈悲。弱肉強食。全ては平等に入り混じり、世に蔓延って然るべきだ。
だからこそ、最後に信じられるのは己の信条だけ。一度確固たるものにした信条を、人は破ってはならない。
「……どんな場合だろうと、幼い方を守るべきだ。そういう時はお前が死ねばいい」
「うわっ、直球だなオイ」
お前が聞いたんだろうが。低く答えて視線を逸らす。窓の外に流れる風景は、相も変わらず既視感を纏って繰り返されたまま。
本当に、コイツは一体何を企んでいるのか。何度聞いても答えは返ってこないと知りながら、それでも聞き返す無駄な作業をする気は無い。気が済むまでひたすら待つことを決めて、再び目を伏せる。
だが、暗い視界で不意に聞こえた呟きが、周囲の一切の音を消し去った。
「やっぱりお前、そうであって欲しかったんだな」
「……あ?」
「子供優先。どんな状況だろうと、大人を糾弾して子供を守る。頑なに信条を守るのは、破ったら自分が永遠に救われなくなるからだろ?」
心臓が嫌な鼓動を立てる。飄々と語るトラードを見据え、柄にもなく息を呑む。
見透かされたからじゃない。トラードがそれを面と向かって語るとは思わなかったからだ。
やはり今日のコイツは何処かおかしい。何かが吹っ切れたような、何かを強く誓ったような。
何があった。そう聞く前に、トラードは微かに笑んで呟いた。
「俺はもう忘れたぜ。ガキの頃に考えた、這い上がる為の目標なんて」
「……」
「でも、お前は今でも覚えてるんだな。大人になるのが嫌だから」
誰だって一度は抱く。ガキの頃の下らない夢に、下らない目標。それを達成して高みに上った時、そいつは初めて大人になる。
大人になって、穢くなって、どんな手段も選ばず、ひたすら生きていくことになる。誰に守られるわけでもなく、救いを求めてはならず、たった一人でもひたすら。
「ローズ。今日は何の日だ?」
もう何度目になるだろうな。そう語ったトラードが、一度窓の外を見て「そろそろか」と独り言ちる。
再び向かい合い、灰色が此方を射抜いた。
「馬鹿正直に信条を守ってきた甲斐があったな。大人になっても、お前は独りになんてならねーんだからさ」
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