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【聖者の薔薇園-開幕】
272.ちゃらちゃら系ゼウスさま
しおりを挟む如何にもな感じの扉が正面に鎮座する。
雅様の腕の中から下りてぴしっと姿勢を正し、重い扉がぎーっと開くのをかちこち緊張状態で見つめた。
「フェリアル」
怖くてきゅっと目を瞑っていると、開いた扉からさっと出てきた誰かにひょいっと抱き上げられた。
とっても冷たい手が触れるけれど、不思議と温もりを感じる。さらりとした髪が頬を撫でて、途端に体に広がった安堵を信じて恐る恐る目を開いた。
至近距離にぱっと現れたのは人間離れした綺麗な顔。人形みたいな無表情。
そして…冷酷な色が一切排除された、温かみのある穏やかな瞳。
「リベラ様…!」
元気そうな姿に安心してぶわっと涙が溢れた。
むぎゅーっと強く抱き着いてうりうりすると、すかさずリベラ様からのうりうりも返ってきてふにゃあと頬が緩む。
なんだか以前より人間っぽい仕草をするようになった気がするけれど、気のせいだろうか。
ロボットみたいに硬くて距離を置いた接し方しかしていなかったリベラ様が、こんなにも親しみのある反応をしてくれるなんて。
眠りから覚めて何かが変わったのかな。
「リベラ様。力がないから眠ったって聞いた。もう大丈夫なの…?」
「問題ない。とっくに力は戻った」
その言葉にほっと息を吐く。よかった、リベラ様にもしものことがあれば、マーテルのところに戻ってうりゃうりゃぽかぽか叩いて怒るところだった。
リベラ様が無事ならそれでいい。とは言え個人的には、リベラ様の追放に賛成した神界の神様たちを許す気にはなれないけれど。
それでも、リベラ様が気にしていないなら僕に言えることは何もない。そもそも僕は神と対等に話すことすら本来できるはずのない、ただの人間なのだから。
「狡いずるーい!僕も人間抱いてみたい!僕もうりうりしてみたい!」
気が沈む思考でしゅーんと肩を落としていた時、不意に聞こえたチャラそうな男性の声にきょとんと首を傾げた。なにごと。
ずーんと無表情に戻ったリベラ様の肩越しにひょこっと声の方を覗いてみる。
そこにいたのは純白ながらも絢爛な装飾が施された服を身に纏い、金糸のような長髪を腰まで伸ばした絶世の美人。声を聞かなければ女性に見紛うほどの中性的な美しさだ。
見たところこの部屋にいるのは彼で全員だ。リベラ様と雅様と僕と彼。あれれ、怖そうなゼウス様がいないみたいだけれど…。
「むむ?ぜうす様どこ?」
「むむってなにかーわいー!!人間まじきゃわっ!ゼウスならここだよーん!」
きらきらりーんっ!とピースするチャラい神様。
軽薄そうな見た目から想像がつく通り、どうやら彼は冗談が好きみたいだ。流石に神界の王様を騙るなんて不敬ではないのだろうかと思いつつ、僕は気の利くお兄さんなのであははっと笑ってあげることにした。
「えへへ。そうなのかー」
「そうなのー!僕が超絶最強全知全能!ゼウスさまでぇーっす!」
ぴしっとギャルっぽいポーズを決めるチャラい神様。あははうふふと二人で冗談を笑い合って、ふと気が付いた。
どうしてかリベラ様の表情が死んでいるし、雅様も優美な笑みを湛えたまま固まっている。まるでこの空気が早く過ぎることを静かに望んでいるみたいに。
「……?リベラ様…?みやびさま…?」
とんとん、と肩を叩いて呼びかけてみる。するとリベラ様がふと長い溜め息を吐き、雅様と顔を見合わせて一つ頷いた。
雅様がすっと前に出てチャラい神様に一礼する。気品的には雅様の方が偉そうだけれど、チャラい神様の方が序列は上なのだろうか。
なんて思っていると雅様は頭を下げるどころか、床に膝をついて最大級に恭しい挨拶をしてみせた。そそそ、そんなに偉い人なの…?
がたがたと震えていると、雅様はやがてとんでもない名前を出して静かに頭を伏せた。
「ゼウス様、人の子を連れて参りました」
「うむうむ、ごくろー!雅ちゃんは下がっていいよん。僕はこの子とリベラに話があるからねーん」
「承知」
ぜうす、さま…?このチャラい神様が、神界の王様のゼウス様…?
ぱちくりと大きく見開いた目を瞬く。チャラい神様の命令通り従順に扉へ向かった雅様は、最後に一瞬「じゃあの」と手を振って出て行ってしまった。
まってまって、おいていかないでみやびさま。僕、全然状況を掴めていないから。なんてぽかーんとしながら考えていたけれど、リベラ様が不意にむぎゅーっと抱き締める手を強くしたことで我に返った。
再びなにごと、と振り返るとそこには両腕を広げるチャラい神様…ゼウス様の姿が。
なんじゃこわいこわいとリベラ様にしがみつく僕を見て、ゼウス様はむすーっと唇を尖らせて駄々を捏ねだした。
「人間は冷たい!ノリがわるーい!」
「……お前が気持ち悪いだけだろう」
「僕かっこいいもーん!気持ち悪い要素とかゼロですけどー!」
やんなっちゃう!と瞳をきゅるるんさせるゼウス様。何というか、なんというべきか…。
本当にこの人がゼウス様…?きっとどこの世界でも最高神として知られるであろうあの?あのゼウス様ということでいいんだろうか。何かの間違いではなかろうか…。
そんな淡い期待は早々に打ち砕かれた。ゼウス様がリベラ様の腕の中にいた僕を軽々と奪い取り、わー!と楽しそうに揺らし始めたのだ。
「あわっ、あわわっ!」
「あっは!人間かーわいー!あったかくてふにゃふにゃだー!」
視界がぐるぐる回りあわあわしていると、すぐにリベラ様が僕を奪い返してくれて揺れが収まった。
うーむ、やっぱりリベラ様がしてくれるような安定感のある抱っこが一番だ。少なくともゼウス様の抱っこよりは何倍も好きだ。むぎゅー。
もう離さないぞと腕も足も全部絡めてコアラ抱きをする。リベラ様もむぎゅむぎゅーっと固定するように強く抱き締め返してくれた。
これならひょいっと剝がされることもないだろう。
「ゼウス、いい加減にしろ。下らない事をしている場合か」
「……」
「神だから何だ。全知全能なら、己がすべき行動も当然理解出来るだろう」
リベラ様の厳しい声音を皮切りに、突然室内に重い空気が漂い始めた。
さっきまで幼い子供のように振舞っていたゼウス様の纏うオーラが突如凍り付く。笑顔が一瞬で掻き消え、何の感情も宿らない無表情が浮かんだ。
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