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【聖者の薔薇園-開幕】
273.神の罪
しおりを挟むがくがく。ぶるぶる。
ソファに座った状態で縮こまり、がたがたと小刻みに震える。だって仕方ない、とっても怖いんだもの。
正面には幼稚な印象を排した無表情のゼウス様。僕の隣にぴたっとくっつくように座っているのはリベラ様だ。二人は仲があまり良くないのか、全く話に花が咲かない。
ゼウス様の容姿が何処となく青年姿のマーテルと似ているからだろうか。本能的な恐怖が微かにあって震えが収まらない。それを何となく理解しているのか、右手はリベラ様がずっと握ってくれていた。
手は冷たいけれど、優しさに籠められている温もりでぽかぽかに感じる。
「……フェリアル」
「ひゃいっ!」
ぷるぷると震えていた時、不意にゼウス様に呼びかけられてハッとした。慌てて顔を上げた先、ゼウス様の顔にはさっきの軽薄そうな笑みも何もかも一切浮かんでいない。
全ての感情を排したみたいな無表情。さっきはあんなに楽しそうだったのに…と少しだけ気が沈んで、呆気にとられたからか震えも収まった。恐怖心が少なくなったと言うべきか。
瞳をじっと見つめて決して逸らさず待っていると、やがて口をへの字に曲げたゼウス様が呟いた。
「君には本当に申し訳なく思っている。すまない。謝罪一つで収まる問題で無い事は重々承知だ」
金色の髪がさらりと肩から流れて、頭を下げるゼウス様の動きに従った。
見惚れるほど綺麗に見えたものだから思わず硬直して、すぐにハッと我に返ってぶんぶんっと首を横に振る。神様の王様から謝罪を受けるなんて、改めて実感したらものすごく怖い。緊張でがくぶるだ。
「だっ、大丈夫っ……じゃない、けど…えぇっと…」
神様からの謝罪という重圧で思わず全てを許してしまいそうになったけれど、一度目のみんなの姿や自分の死に様を思い出して寸前で言葉を濁らせた。
神様を相手に物申すなんて怖くて出来ない。けれど、だからって無かったことには出来ない。せっかくこんな場所まで来られたのだから、言いたいことは全部言っておきたい。
だって、百回も神様に振り回される人生を繰り返したのだ。
ようやく愛して愛されるような人生を見つけたかと思えば、大人にならないうちにみんなと離れ離れになってしまう結末を迎えて。こんなの…こんなの理不尽じゃないか。
「ぼ…ぼくは…」
無表情に籠められた圧が怖くて手が震える。神様に反論なんてして大丈夫なのかな…そんな不安を読んだのか、ふと震える手をリベラ様にぎゅっと握り直された。
「フェリアル。言いたい事があるなら全て吐いてしまえ」
ぎゅっと握られた手から安堵が広がる。
リベラ様が隣にいるという事実。それだけで怯んでいた心が持ち直って、何だか勇気が湧いてきた。
ゼウス様にちらりと視線を向けると、そこにあるのはやっぱり彫刻みたいに完璧な造形美の顔。無表情だから余計に威圧的で身が竦んでしまう。
さっきの軽薄な仮面は一体何だったのか。あっちが素なのかこっちが本性なのか…分からないけれど、ほんの一瞬の間に全て切り替わるような人間味の無さがねむくんにも重なって見えた。
こういうところは神様の特徴でもあるのだろうか。
「僕は…その…」
ゼウス様の欠点の無い美貌にマーテルの面影が見えた気がした。
そのせいだろうか、一度目からの輪廻が走馬灯みたいに蘇って、これが本当に『謝罪一つで収まる問題』ではないのだと改めて思い知る。気を抜いたら理性なんて捨てて全部吐き出してしまいそうだ。
ゼウス様は直接的に僕に何かしたわけじゃないし、皆を苦しめたわけでも洗脳したわけでもない。だから彼に全て吐き出すのは八つ当たりだ。それは、しちゃいけない。
でもそれなら、この行き場のない激情を何処へ捨てれば良いのだろう。
ぐっと拳を握り締めて俯く。その様子を見たリベラ様が何を思ったのか。一度小さく息を吐いてから、何も言えない僕の代わりに静寂を切った。
「……この数千年の輪廻はマーテルが神界の禁忌を犯した罪によるもので、例外的に消費分には認められない。その結論で問題ないな、ゼウス」
はっと俯いていた顔を上げる。リベラ様の言葉の意味、理解が正しいなら…それは希望を持ってもいいということだろうか。
ゼウス様にちらりと視線を向けると、彼は無表情に僅かな苦悶を滲ませて肯定を躊躇していた。やっぱり例外なんて認められないのだろうか。
しょんぼり肩を落とすと同時に、ゼウス様が低い小声で呟いた。
「神の采配は常に平等でなければならない。一人の人間に魂の回復を認めるなど前代未聞だ。神界としては到底許される決断ではない」
感情の読めない声。答えを聞いて落ち込みはしたけれど、どこか納得している自分もいた。
難しい問題だということは分かっている。神様には神様の事情があって、そこに人間が口を出すべきじゃないってことも。
けれどそれなら…僕達が犠牲になることはゼウス様の言う平等に含まれるのだろうか。そんな愚痴にも似た黒い本音が心の中に渦巻いた。
僕にとってはとても大きな事なのに、神界にとってはほんの些細な問題でしかなかったということだろうか。本当に人間の運命なんて、ちっぽけなものでしかなかったのか。
一度目の苦痛を覚えている。本来であれば今世が正しい運命だったのだ。僕があんな結末を迎える意味も、みんなが洗脳で自我を失う意味もなかった。
きっと僕は幸せになれた。大切な人と一緒に。それなのに。
「……ゼウス、この問題の元凶は神だ。全ては神の罪なのだ」
普段は無感情の表情に色が籠る。怒りを含んだリベラ様の声音に、驚いてぴくっと肩を揺らした。
「他でもない神であるお前に、この子の幸福を切り捨てる権利があるのか」
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