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【聖者の薔薇園-開幕】
274.神々の本心(雅side)
しおりを挟む『他でもない神であるお前に、この子の幸福を切り捨てる権利があるのか』
扉越しに聞こえた怒りの滲む声。流石と言うべきか、やはりリベラは追放するべきではなかったと改めて実感した。
ゼウス様に物申すことの出来る神は今やリベラしか居ないだろう。天帝の代替わりの際、未熟だったゼウス様を陰で支えたリベラなら尚更。
先代天帝が退位を宣言した当時、神界の維持をするに相応しい神は実はゼウス様だけではなかった。
候補に挙がったのは二柱。神聖な神力を膨大なまでに持って産まれたゼウス様と、先代天帝に強い支持を受けていたリベラ。
先代天帝が支持していたこともあり、神々全体の支持もリベラに集った。しかしそれを当のリベラが『面倒だ』の一言で切り捨ててしまった。先代天帝の期待を一心に受けておきながら、自由の神の名の通り全く自由にも程がある奴だ。
リベラ自身が支持を放棄するとなると、候補は必然的に一人に絞られる。まだ誕生して数千年という赤ん坊にも満たぬ若さのゼウス様が、先代天帝の後を継ぎ神界の主となった。
しかし当時の一部の神々は、ゼウス様の天帝即位に前向きではなかった。かく言う我もその一柱なのだが。
ゼウス様は神としての才覚が素晴らしかったが、悪く言ってしまえば思想の偏りがかなり酷いお方であった。即位に前向きでなかった一部の神々は、所謂人の子を愛でる思想を持つ者達だ。
神の思想は基本的に対極する二つに分かれるのが神界の常。
下界を愛でるか、下界を玩具として見るか。後者は人の子の遊びでいう『ままごと』を、下界を舞台にして愉しむことが多い。その場合、勿論役者は人の子だ。
とは言え害を与える者はそういなかった。マーテルの件は後者の神々にとっても過剰として認識されていたが、止める者はいなかった。何故ならマーテルはリベラの力を奪い、ゼウス様とほぼ同等の力を得たからだ。
数千年前、マーテルがリベラの座を奪った当時。神界の神々は口には出さずとも、ゼウス様の最終的な決断に不信感を募らせた。リベラの追放を認めたのは私怨によるものではないか、そう勘繰る者も多かった。
ゼウス様の胸中は並みの神には計り知れない。実際のところがどうなのかはゼウス様にしか分からないが、それでも不満を抱くのは当然のこと。
当時リベラをここに残していれば、マーテルに後戻り出来ないほどの大罪を犯させることも無かったかもしれない。その可能性がゼウス様への不満を助長させた。
リベラがいれば、全ては円満に解決したかもしれない。不敬であることを自覚して尚、そう思わざるを得ない。
「ゼウスさまってー、しょーじきびみょーだよねー」
「……!」
扉越しに会話を聞いていた時、不意に聞こえてきた不敬な発言。
この恐れを知らない適当な声は…と半ば呆れ気味に振り返り、やはり此奴かと溜め息を吐いた。
「全くお前は…まさか消滅したいのか?」
「永遠に眠れるってことー?それはそれでいーかもー」
壁に寄り掛かりずるりと座り込むのは、フェリアルに『ネム』と名付けられたらしい夢の神。
名付けを自ら頼んだということは本来の名は既に忘れてしまったのだろう。だとすれば我が覚える必要もない。これからは潔くネムと呼ぶことにしよう。
全裸で座り込んで膝に置いた枕に顔を埋めるネム。
風流を愛する我からすると服を着たまえと言いたいところだが、これがネムの流行とやらであるなら口を出すのも無礼だろう。こういう開放的な神はそれなりに居る。価値観の相違で悩むなど人の子のすることだ。
そう己を納得させてさり気なくネムから目を逸らす。うむ、やはり裸族とは価値観が合わん。
「ねーねーみやびさまー」
「何用だ」
眠ったのではなかったのか。いや、こんな場所で眠ることがそもそも不敬なのだが。
数秒前に目を閉じたかと思えば突然話しかけてくるネムに短く返す。リベラと同じ程の時を存在しているが、ネムに関しては未だに理解が及ばない。数万年は若いはずのネムに思考の後れを取るなど情けない。
とは言え、ネムはその思考自体を放棄している感覚が否めないが。
「フェリアル、消えないよね?」
ほんの一瞬空気が張り詰めた。ネムの眠そうな目がスッと細められ、淡い薄桃色の瞳に仄暗い光が滲む。
少し驚いたが直ぐに表情を切り替え、腕を組みなおしながら一つ頷いた。
「無論。聞いての通りリベラがあの子を溺愛しておるからな。最悪、己の神力を全て注いででも延命させるに違いなかろう」
「ふーん。そっかー」
「お前が聞いてきたというのに、何やら興味無さげだな」
「みやびさまのお喋りが長すぎてー。聞いてる間に飽きちゃったー」
長すぎただろうか。飽き性のネムのためにかなり端折ったつもりだったのだが。
何処から取り出したのか、ふと視線を向けるとネムは横になって漫画なるものを読み始めていた。リベラの過去を散々言ったが、此奴もリベラの後を継げるのではなかろうかと思うほど自由だ。
特に、あの子を一目見て気に入るところがリベラにそっくりと言わざるを得ない。
「フェリアルが好きなのか?」
「そーじゃないしー。マーテルと一緒になりそうだからほんとやめてー」
「では何なのだ」
「別にー。なんか気になっただけー」
「ふむ。左様か」
ネムは自覚していないようだが、此奴の『気になる』はかなり珍しい。リベラが愛し子をつくると宣言した時ほどの衝撃だ。
何かに興味を持ってすぐに取り掛かるところはネムの特徴だが、それはあくまで突発的かつ短期的なもの。気になるといって自ら足を踏み込むような真似は今までしてこなかったはずだ。
やはり此奴はリベラに似ている。何故だと考えて、ネムがふと語った言葉に納得した。
「あんなに綺麗な魂はねー、見たことないからかなー」
魂の美しさ。人の子の魂であそこまで透き通ったものは中々見ない。リベラもマーテルも、恐らく初めはあの澄んだ色に惹かれたのだろう。
「……確かに、あの子の魂は見惚れるほどの美しさだな」
神さえ魅了する美しさとは。
改めて考えてみると、ほんの微かだがマーテルが理性を剥がしてしまった想いが理解出来るような気がした。
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