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【聖者の薔薇園-終幕】
281.帝国の英雄
しおりを挟むじーっというよりは、ギロッといった感じの視線。
あわわ…っと瞳を揺らして震えていると、不意にローズが訝しげに眉を顰めてすっと手を伸ばしてきた。怖い顔で伸ばしてくるものだから、叩かれる?なんて思って目を瞑ったけれど、実際に感じたのはほっぺをむにゅっと摘ままれる感覚だった。
「むぅ……?」
無言でふにふに。ふくふくむにゅむにゅ。
びよーんと餅みたいに伸ばされて困惑していると、今度はぱっと手を離されてほっぺがぷるるんっとふるふるしながら戻っていった。
うーむ…なにごととハテナを浮かべる。するとどうしてか、それを見たローズの視線にほんの少しだけ穏やかな色が戻った。
「……頬の感触は間違いなくフェリアルだ。変装ではこうはいかない」
「見てるだけでもとんでもねぇふくふく具合だったな。このほっぺは間違いなくフェリちゃんだ」
真剣な表情で適当なことを語る二人。何が何だかよく分からないけれど、とりあえずその判断基準で良いのだろうか。というか、そもそもどうして僕はこんなに疑われているんだっけ。
状況把握が追い付かずしょぼぼん…と肩を落としていると、やがて二人がそろりと視線を向けてきて首を傾げた。
ローズに片腕でひょいっと抱き上げられたかと思うと、何やらローズに指示を下されたトラードがそそくさと部屋を出て行く。困惑することしか出来ずそわそわする僕を見下ろし、ローズがスッと目を細めて言った。
「……取り敢えず聞くだけ聞いてやろう。判断はその後だ」
* * *
次に連れてこられたのはシンプルな内装の応接室。ローズが僕の正面に腰掛け、トラードがその斜め後ろに立っている。
テーブルに置かれたマカロンをもぐもぐ、ホットミルクをごくごくしながら今までの経緯を説明すると、二人は話が後半に進むにつれ困惑やら混乱やらを瞳に滲ませていった。
どうしたのだろうと首を傾げながらも詰所に辿り着くまでをさらーっと話し終えた後。ふと顔を上げると、そこには指先で眉間を抑えるローズとトラードの姿があった。
真剣な空気を感じてぴたっと手を止め、マカロンに伸ばしていた手をすっと下ろす。
姿勢を正すと同時に、ローズが足を組み直して呟いた。
「……消えた後は神界で過ごしていた。魂を修復し、戻ってきた」
「うん。でも一日くらいだよ、遊んでないよ」
「……そしてお前の中では、あの事件から一日も経っていない認識であると」
よく分からない言葉にきょとんとしつつ、言葉の通りなのでこくりと頷く。
するとローズは短い溜め息を吐き、トラードも続いて疲労に塗れた表情で虚ろに遠くを見据えた。なんだか悟っている様子だけれど、二人とも大丈夫だろうか。
マカロンをひとつもぐもぐ。足をぷらんぷらんしていると、やがてローズが何かを決意した様子で頷いて姿勢を正した。
「……分かった。取り敢えずお前が本物か否かの判断は後回しだ」
説明だけ済ませる、と言ったローズの言葉にぱちくり瞬く。説明って、一体何を説明するというのだろう。僕がいなかった一日の間に何かあったのかな。
そんな呑気なことを考えて数秒、ローズが語った内容にぽろりとマカロンが落っこちてしまった。
「……例の事件から既に二年が経過している。その間にマーテルを信仰対象とした神殿は取り壊され、聖者の存在もまた悪魔として歴史に名を残すこととなった」
「む……?」
「……旧大神殿の跡地には石碑が造られたのだが、それはまだ見ていないか?救世主として刻まれているのはお前の名だぞ、フェリアル」
ぽかん。あまりの衝撃に今日何度目かのフリーズをしてしまった。
呆然とした顔で硬直する僕をそのままに、ローズは淡々と言葉を続けていく。ちょっと待ってまって。
「……神を倒した救世主、帝国の英雄。あれ以来国民も一部だが、前世を僅かに思い出す人間が増えてな。罪悪感がお前への信仰を更に強めているのだろう」
「むむ……?」
「既に前世を含めたお前の生涯が絵本にまでなっている。加えて国民の熱い要望もあり、もう直ぐ帝都の広場にお前の銅像も建つ予定だ」
ローズの後ろでうんうんと頷くトラード。至って真面目な顔で語るローズ。
ゆっくりと理解が追い付いていくほど混乱が深まり、頭のてっぺんからぷしゅーと湯気が出始める。
「きゅうせいしゅ…えいゆう…どうぞう…」
ぐるぐる。目が回って視界が歪む。
あまりに多い情報量を処理しきれず、やがて湯気を出したままぺしゃーっと倒れ込んでしまった。
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