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【聖者の薔薇園-終幕】
280.疑い
しおりを挟むローズマダー色の瞳が大きく見開く。無表情がデフォルトの彼にしては中々珍しい表情だ。
右手からするっと落ちた箱。床に落ちる寸前で、彼の背後から現れたこれまた見慣れた騎士がぽすっとキャッチする。中身を覗いてほっと息を吐く姿にぱちくり瞬いた。
沈黙が流れて数十秒。不意にハッと我に返った彼は、ふらりと額を押さえて振り返った。
「……トラード、どうやら俺は長くないようだ。毒が全身に回って視界がイカれたらしい」
「落ち着け。その理論だと俺にも毒が回ってることになる」
いっそ不自然なくらい冷静に話を始める二人。
ぬいぐるみをぎゅっと抱き締めながらおろおろしていると、やがて二人がちらりと振り返り僕を一瞥してまたパッと視線を逸らした。
「うーん…やっぱいるなぁ…いるよな?」
「……居る」
ちらちらと何度も一瞥されて眉を下げる。
あんな別れ方をした後でせっかく再会できたというのに、どうしてそんなに困惑しているのだろう。ここはお互い無事でよかったとひとまずむぎゅーをするところではなかろうか。
大勢の聖騎士達と聖騎士団長を前に僕を逃がした二人。正直二人が無傷で済む可能性は低いと考えていた。けれどこうして再開し、二人とも重傷を負った様子がないことに安堵した。
ほっと息を吐いて不意に「あれ…?」と首を傾げる。そういえば、おじさん騎士さんは彼を…ローズのことを『隊長』と呼んでいた。治安部隊の隊長って、あの左腕が麻痺しているという例の実力者さんだったはずじゃ…?でもでも、ローズはずっと両腕を使って戦っていたはず…。
いや、そもそも。どうしてローズとトラードが騎士に?あれ…二人は騎士だったっけ?あれ、あれれ…?
「む…むむ…?」
どうしよう。頭がこんがらがってきた。
もしかして、隊長というのはローズじゃなくてトラードなんだろうか。いや、それでもおかしい。トラードもずっと両手を使えていたし、魔物の毒で麻痺してしまったなんて話は聞いたことがない。
気になってちらりと視線を移してみると、ローズの左腕が確かにさっきから一度も動いていないことに気が付いた。それならやっぱりローズが魔物の毒を…?
治安部隊が設立したのは半年前。噂の部隊長さんが左腕に毒を受けたのがそれよりも前のこと。神界にいたほんの一日程度の間に毒を受けたと説明するには時系列が合わない。
何かがおかしい。ふとその可能性に気が付くまで、こんなにも時間がかかってしまった。
けれど今はとにかく、二人との再会を喜ぶべきだ。そう思いぬいぐるみをソファに戻して、こちらに背を向けてコソコソ話をする二人にとことこ近付いた。
「ローズ、トラード」
短く呼びかけると二人の肩がぴくっと揺れて会話が止まった。
おずおずと振り返った二人が、今度は一瞥じゃなくじーっと僕を見下ろしてぱちぱちと瞬く。やがてゆっくりと目を見開いた二人は、かちこちに固まって数秒静止した。
先に我に返ったのはローズ。ふらりと動き出したローズに続くように、トラードの肩からもふわっと力が抜けた。
「……フェリアル…本当にフェリアルなのか?」
よく分からない言葉を紡いでローズが膝をつく。肩に右手を乗せられ頭から足先までをじっと見つめられたかと思うと、突然むぎゅーっと片腕で抱き締められた。
「むぐっ、ローズ…?」
ぷるぷると微かに震える体。まさか泣いているのだろうかと心配になって覗き込むと、そこには怒りやら困惑やら、何だか複雑そうな感情を抱える表情があった。
ぎょっとして硬直する僕を更に強く抱き締めたローズ。ぐっと息を呑んで何を言うのかと思えば、ローズは直後にとんでもないことを微かな震え声で呟いた。
「……この阿保、二年間も一体何処で何をしていたんだ」
ぽかん。
告げられた言葉の意味をすぐには理解出来ず、数秒フリーズしてローズの発言を脳内で繰り返す。
二年間…二年間?二年間も一体どこで何をしていたのかって…?
ぱちくりしつつ首を傾げる。どうやらローズは今、とっても混乱しているらしい。
まるで二年間会っていなかったかのような言葉を紡ぐ姿にしょん…と眉を下げる。こんなに混乱するなんて、疲労でも溜まっているのかな。それは大変だと心配してよしよしむぎゅーと抱き締め返す。
「ローズ、たくさん戦ったから疲れちゃった…?聖騎士団長さんに、なにかされたの…?」
「……あ?」
「む……?」
たくさんの聖騎士を相手にした上に、あれだけ強そうな団長さんとも戦ったはずのローズ。
きっと疲労が溜まっているはずだと心配して問うと、何故か『何言ってんだこいつ』みたいな反応を返されてきょとんとした。どうしてそんな顔をしているのだろう。
困惑していると、ローズはまたもやおかしなことを言いだした。
「……いつの話をしているんだ」
「むむ……?」
溜め息を吐くローズ。またもや増えたハテナをどうにも解消出来ず、そういえばローズの服装見慣れないなーなんて呑気なことを考えてしまった。
黒い官帽に軍服。見慣れた騎士服とは少し変わった、何処となく素朴さの残る質素なデザインだ。良い意味でスラム街の背景に馴染む形になっている。
ローズもトラードも、一体いつの間に騎士になっていたのか。レオに直々に指名されたなんてことも知らなかったし、ちょっとくらい教えてくれても良かったんじゃないかとちょっぴり不貞腐れてしまう。
なんて悶々と考えていると、不意にトラードが怪訝そうに眉を顰めて声を上げた。
「待てローズ、おかしいぞ。身長も体重も一切変わってない。最後に会った時と同じ体格だ」
「……確かに妙だな。全く成長していない」
「本当にフェリちゃんなのか?魔法で容姿を変えた奴も変装した奴も散々出てきたし、今回もきっと……」
成長していないとは失礼な。むすっと膨れた頬がすぐにぷしゅーっと萎む。
疑心と警戒が滲んだ二人の威圧的な視線に、思わず体がぷるぷると震え始めた。
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