余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない

上総啓

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【聖者の薔薇園-終幕】

279.アップルパイと隊長さん

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「本当に一人で行ける?一緒に行かなくて大丈夫?」

「大丈夫。ひとりで行ける!」


 林檎の大木のすぐ近く。裏路地の入り口でケビンと最後のお別れをする。
 布を体に巻いてふんすと頷くと、ケビンはとっても心配そうな表情を浮かべて「ほんとに大丈夫かなぁ…」と呟いた。信用されてないみたいでちょっぴりショック…。

 本当に大丈夫だよーとなんとかケビンを説得し、眉を下げて見送る姿にちょっとだけ苦笑する。
 また会おうねと半ば口約束のようなものを交わして、ようやくケビンから離れ裏路地を出た。

 とことこと歩いて詰所へ向かう。靴が無いから、痛そうなものを踏まないよう慎重に歩いた。
 布をくるくるしただけの姿で詰所に向かって歩くと、やがて入り口に門番の如く立っていた二人の騎士がちらりとこちらに視線を向けた。
 しれっと逸らされたかと思うと、ぱっ!と綺麗な二度見をされてきょとんと首を傾げる。

 あんぐり目も口も開いた彼らは、僕が自分たちの元へ向かっていることに気が付いたのか慌てた様子でどたどたと駆け寄ってきた。


「坊主!大丈夫か!?」


 駆け寄ってきたのは屈強な騎士達。
 ボディビルダーみたいな体格の騎士は、駆け寄った勢いで伸ばしかけた手を寸前のところで引っ込めた。

 お互い顔を見合わせたかと思うと、僕に聞かせないようにするみたいにヒソヒソと何やら話始める。


「待て…この恰好、もしかすると性被害を受けた子供かもしれん。無闇に触れん方が良いだろう…」

「そうだな…まさかまだ子供に手を出す屑が残っていたとは…とにかく隊長に報告だ」


 内緒話が終わったのか、二人の騎士のうち一人が慌ただしく何処かへ走り去っていった。
 きょとんとしていると、残った一人の騎士が僕と目線を合わせるようにしゃがみこむ。ニカッと明快な笑顔を浮かべて声を掛けてきた。


「その恰好じゃ寒いだろ。服を用意してやるから、おっちゃんに付いてきな」


 お父様と同い年くらいの騎士。ダンディという言葉が似合いそうなおじさんだ。
 彼が纏うあったかい空気に安心して、詰所を指さすおじさんにこくりと素直に頷いた。




 * * *




 詰所の中は外観よりも広く感じた。
 物の置かれ方は粗雑だけれど、不思議と清潔感は保たれている。今の僕みたいに救いを求めてやってくる人が多いからだろうか。

 何やら他の騎士達からの強い視線を感じながらも黙ってとことことダンディな騎士についていくと、ぬいぐるみやお人形がたくさん置かれた子供部屋のような場所に案内された。
 壁紙やラグが他の部屋よりもカラフルで暖かい色をしている。もこもこのソファに座らされ、騎士が少し離れて正面に腰を下ろした。


「失礼します」


 その時、ちょうど扉が静かに開かれ小柄な騎士が入ってくる。屈強な騎士ばかりだったから、この詰所に細身の騎士がいることに少し驚いた。
 かちこちと緊張でそわそわしていると、スタスタと近付いてきた小柄な騎士に「どうぞ」と小さなコップを手渡されて慌てて受け取る。中身を覗き込むと、白い面から上がるほかほかの湯気を感じてふわぁっと瞳を輝かせた。


「ミルク!あったかいやつ!」


 好物のホットミルク。瞳も表情もキラキラと輝かせて一口ごっくんする僕を、二人の騎士が何故か微笑ましいものに向けるような目で見てうんうんと頷いた。
 よきよきみたいな顔にきょとんと首を傾げる。舌で味わったミルクの甘さに、傾げていた首を戻して「んーっ」と頬を緩めた。


「美味しい。うまし」


 うましうまし。ごくごくと夢中でホットミルクを飲み干すと、空になったコップを小柄な騎士がささっと回収。もっと飲みたい?と聞かれふるふると首を横に振ると、小柄な騎士はサッと一礼して部屋を出て行ってしまった。
 優しそうなお兄さんがいなくなってしまったことにしょんぼりして、思わず近くのぬいぐるみを手に取りむぎゅーっと抱き締める。すると残ったおじさんがニヤッと笑って悪戯っぽく尋ねてきた。


「おっちゃんじゃ不満か?若いのの方が安心するなら変わるぞ」

「……!大丈夫。おじさん優しいから、安心する。いなくなったら悲しい」


 むぅっと眉を下げると、おじさんはぱちくりと瞬いて、直後ふはっと吹き出した。
「坊主、可愛いなぁ」という言葉にむっとして「可愛くない。かっこいいの」と反論する。愉快気に笑うおじさんにちょっぴりむすーっとしたけれど、分かったならよろしいとうむうむした。

 そうこうしている間に再び新たな騎士が静かに入って来て、そろりそろりとおじさんの元に向かい何かを手渡したかと思うと、一言二言コソコソと何やら報告し始める。真剣な顔をしたおじさんが頷いたり答えたりすると、騎士はまたそろりそろりと部屋を出て行った。
 さっきから騎士たちが異様に音を立てないよう動いたり僕から距離を離したりしているけれど、その行動には一体何の意味があるのだろう。
 きょとんとしたけれど、おじさんから不意に手渡されたあるものを見て思考を中断した。


「とりあえず子供用の下着とシャツだ。坊主のサイズに合いそうなズボンが見つからんくてな、今探してるところだからそれ着てもう少し待ってろ」


 清潔な下着と無地の白シャツ。やっとすっぽんぽんから脱却できる!と嬉しくなってその場で布を剝ぎ取り服を着始めると、おじさんは「うおっ!」と驚いたように声を上げて僕に背を向けた。


「おいおい坊主…羞恥心とかは無いのか…」

「む?」


 すぽっとシャツを着て瞬く。しまった、この短時間でねむくんの影響を強く受けすぎてしまったらしい。ハッとするまで羞恥心を一切忘れてしまっていた。

 顔を真っ赤にしてすとんとソファに沈むと、振り返ったおじさんが苦笑して「忙しない坊主だな…」と呟いた。落ち着きがなくて申し訳ない…。
 僕がきっちりシャツを着たのを確認すると、おじさんが完全に向き直ってちょっぴり真剣な色を表情に宿した。


「……よし坊主。ちょっとは落ち着いてきた頃だろ、そろそろ話せるか?」


 む?とぱちくりして顔を上げる。ぬいぐるみをもふもふむぎゅむぎゅしていた手を止めて首を傾げると、おじさんもぱちくり瞬いてきょとんとした。
 しーんと沈黙が流れたかと思うと、おじさんの困惑が滲んだ声が届いてハッとする。


「あー…その、何かひでぇ事に巻き込まれた…とかじゃないのか?そんな恰好で詰所まで来たってことは、色々あって助けが欲しかったってことだろ?」


 そうだった…今の僕は身ぐるみ剥がされて追い出された捨て子に見えているんだった。
 あわわっと目を開き、どうしようどうしようと思考を巡らせる。助けを求めてきたのはそうだけれど、その後のことを何も考えていなかった。とりあえず何か着るものを入手できれば…とそれだけ考えていたものだから。

 とにかく名乗って公爵邸に連絡を入れてもらうべきだろうか。けれどそもそも信じて貰えるかどうか…いや、ここまで来ることが出来たのだから一か八かだ。


「ぼ、ぼくっ…!」


 公爵家の子なんです!と突然怪しすぎる宣言をしようとしたその時、ふとおじさんに「お、ちょっと待てよ」と遮られてぷしゅーっと勢いが萎んだ。


「隊長が戻ってきたみたいだ。相変わらず子供のことになると動きが速いな」


 さっと立ち上がるおじさんをぱちぱちと見つめる。隊長が戻ってきたなんて、あまりに突然な出来事に思わず硬直してしまった。

 隊長って、ケビンが言っていたあの隊長さんだろうか。左腕が麻痺しても実力者として活躍するスラム街の救済者。レオに直々に選ばれたという、あの…?
 緊張を紛らわせるためにぬいぐるみをむぎゅーして立ち上がると、やがて部屋の外が微かに騒がしくなってくる。同時に数人の足音が近付いてきて、通り過ぎると思っていたそれは部屋の前でぴたりと止まった。


「坊主。隊長は顔はちっとばかし怖いが良い人だ、怖がらなくて大丈夫だからな」


 そう言うとおじさんは扉を開けて、部屋の前に立つ誰かと短く言葉を交わし出て行ってしまった。
 途端に寂しくなってしょん…と体を竦める。すると新たな人物が、何やら白い箱を手に静かに入ってきた。
 その人物の背後につくようにして入って来たもう一人の騎士。僕がちょっぴり俯いているせいで顔は見えないけれど、そのもう一人の騎士がふと白い箱を持った騎士に発した声にハッと目を見開いた。


「おい少しは笑え馬鹿!また怖がらせて泣かせる気か!」


 気のせいでなければ、それはとても聞き慣れた声。呆然としながらそろりと顔を上げると同時に、白い箱を持った騎士が低い声を紡いだ。


「……おいお前、アップルパイは好きか。腹が減っているなら……」


 ぱちりと視線が合った途端、思わずといったように言葉を切った騎士が大きく目を見開いた。



「は………フェリアル……?」


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