余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない

上総啓

文字の大きさ
251 / 423
【聖者の薔薇園-終幕】

286.ぴんちと影と皇太子(後半グリードside)

しおりを挟む
 

「や、やっぱり下りる……」


 ぱたぱたと足を動かして抵抗するけれど、ライネスの抱擁は見掛けに反してピクリともしないくらい力強い。諦めてしょぼんと力を抜くと、頭をよしよしいい子いい子と撫でられた。完全に舐められている。むっきー。
 むすっと頬を膨らませて眉をぬーんと顰める。ジト目でそろりと見上げ、ライネスの予想外の表情にハッと目を見開いた。

 愉快気な笑みか、若しくは穏やかな笑顔か。どちらにしてもむっきーだと思いながら移した視線の先には、今にも泣きそうな悲痛の表情があった。
 悲痛と言うよりは、感極まったようなそんな感覚。静かに一筋だけ頬を伝う雫に胸がきゅっとなって、思わず僕もゆらりと瞳を揺らしてしまった。


「ライネス……?」

「……っごめんね、ちょっと、待って……」


 片手で目を覆って唇を引き結ぶライネス。
 静かな空間に小さな嗚咽が響いて、それを聞くと胸が締め付けられるから。だから僕は両腕を伸ばし、たらんとなっていた足でむぎゅっと腰に抱き着いて、コアラみたいに強く抱き着いた。
 流石にこの状況なら、ライネスの涙の原因が自分であることは察することが出来る。僕はここにいるよって、そう伝えてあげないといけない状況なのだということも。

 ふわっと揺れる髪にライネスの顔が埋まって、そこから嗚咽が零れて聞こえる。至近距離で誰かの悲痛を感じるのは意外と胸が苦しくて、僕までぐすんと唇を八の字に歪めてしまった。


「っ……」

「目の届く場所にいて……隣じゃなくていい、傍にいて……」


 隣でなくとも、傍に。その言葉の意味を正しく理解する前に、涙を拭ったライネスにすとんと床に下ろされてしまった。
 見上げると既に表情はいつもの穏やかなものに戻っていて、さっきの泣きそうな表情はどこにも無い。きょとんとすると同時に、今度は後ろから伸びてきた腕にひょいっと捕獲されてしまった。


「なに逃げてやがるアホチビ。ちょこまか消えやがって、そんなに閉じ込められてぇか」

「ひぇ……」

「分かってくれフェリ。兄様はフェリのことが大切で、心配なんだ」


 額に青筋を立てるガイゼル兄様と、無表情でちょっぴりしゅんとしているディラン兄様。二人とも僕のことを心配してくれているのはよくわかった。わかったけれど、うーむ……ちょっと過剰すぎるかなぁなんて……。
 心配してくれるのは嬉しいけれど、流石に閉じ込められるのはちょっと、ちょっと……。二年も行方不明になっていた身で偉そうな立場に立つことは出来ないけれど、それでも拘束やら監禁やらは勘弁してほしいところだ。

 誰か助けてくれないかなーなんて冷や汗たらたらしながら見渡す。
 ローズは兄様達の言葉に無言でうんうん頷いているし、トラードは完全に他人のフリでそっぽを向いている。なんてこった、感動の再会をした仲だというのに薄情すぎる。

 どうしようもないのでちょっぴり怖いライネスにちらりと視線を向けてみる。にこっと笑顔が返ってきて期待した直後、ライネスはとっても優しい声で穏やかに言った。


「これで安心だね」

「なっ……!」

「しっかり反省しようね、フェリ」


 皆の方では二年も経っていたなんて知らなくて……これは全部不可抗力で……なんて言い訳は出来無さそうな雰囲気。
 ライネスの容赦ない笑顔に突き放され、ぷるぷると震えながら諦めてがっくしと項垂れた。




 * * *



 帝都から遠く離れた国境付近の農村。
 そこに訪れた皇太子とその一行は、村近辺の森で長年放置されていた魔物の住処の殲滅に挑んでいた。
 住処となっている洞窟は全部で三つ。二つに皇太子一向の騎士達が向かい、一番強い魔物が潜んでいるというもう一つの洞窟にはシモン様が単身で向かった。

 前世で関係があったのか、皇太子とシモン様という異様な組み合わせが増えたのはここ二年間のことだ。
 前世の汚名返上なのか、これから皇帝となる上での支持を集める為なのか。二年前から帝国各地を巡り始めた皇太子。そんな皇太子と何やら取引をしたらしいシモン様は、姫の捜索と鍛錬の為に暇が出来るたび彼らの魔物討伐に加わるようになった。


「君は行かないのですか?」


 シモン様が消えていった洞窟を見据えつつ欠伸をした瞬間。手前に立っていた皇太子が不意に振り返り、微笑を浮かべたままこてんと首を傾げた。
 お前は何しに来たんだと言わんばかりの笑顔だ。気持ちは分かるがどうか弁明を聞いてほしい。


「俺も行く気満々だったんすけどね。最近腕が鈍ってるから一人でやりたいって言うもんですから仕方なく待機してるんです」

「連日魔物との交戦に精を出しているのに、腕が鈍っていると?」

「まぁシモン様はストイックな人なんで!やっぱ凡人とは価値観が違うんじゃないっすか?」


 へぇ、と目を細める皇太子。
 と言うかこの人は行かないんだろうか、なんて皇太子相手に思うにはあまりに不敬なことを考えた途端。チラリと視線を向けてきた皇太子が微かに口角を上げて語った。


「体力温存ですよ。私には民との交流という最も大切な任務が絶えず舞い込んできますので」

「……なるほど?」

「騎士は私から報奨を受け、私は民から支持を得て、民は皇太子から絶対の安寧を授かる。効率的な方法を実行しているだけです」


 それは結局サボっているということなのでは……。
 そんな疑問がまた湧いてしまったが、口にも顔にも出さずにぐっと飲み込んだ。世の中には触れなくていい真実もあるのだとシモン様に教わったから。


「なんか、この二年で更に腹黒くなりましたよね」

「それを本人に告げる愚直さは評価しますよ」


 あ、と硬直して誤魔化すように愛想笑いを一つ。思ったことをそのまま口にするのが悪い癖だと、シモン様から毎度毎度説教をされているというのに。

 まぁとは言え、口に出すのがアレなだけで別に嘘とかではない。皇太子が二年前よりもずっと腹黒くなったのは本当のことだ。
 前世を思い出す民が増えたことによって、同時に皇族への不信感も増加した。まんまとマーテルに洗脳され、姫という罪の無い少年を無惨な結末まで追い込んだ戦犯なのだから、当然と言えば当然だが。

 皇太子はそんな状況から脱却すべく、すぐに民との交流を開始した。お得意のキラキラスマイルをフル活用した粗雑な方法だったが、かつて神の子と呼ばれるほどだった美貌は簡単に役立ったらしい。
 帝都や近郊のみならず、国境付近の村や集落も一つ残さず訪れた皇太子一向。交流だけでなくそこでの問題や住み着く魔物の一掃までして去るものだから、皇族への評価はともかく皇太子への支持は右肩上がりで増え続けた。

 最近は皇帝がほぼ影と化し、国民達は皇太子の皇位継承に大いに期待を寄せている。
 流石に皇位継承となれば慎重になるため、皇太子の若さや政務経験の少なさを考慮して継承はまだまだ先となるだろうが。


「ていうか、ここまで支持が増えたんだからもう各地を巡るのやめても良いんじゃないですか?殿下が皇位を継承する未来はもう確定したも同然ですし」


 何故未だ各地を巡り続けているのか。ふと抱いた疑問を口にすると、皇太子は途端に笑みを消して真剣な表情を浮かべた。


「いえ、そういう訳にはいきません。発展していない村々を含め、各地を巡って思い知りました。帝国にはまだまだ問題が多く残されている、改善すべき現状が続いていると」

「……」

「私はまだまだ皇帝を名乗るに相応しくない未熟者でした。帝都に籠っていれば気が付かなかった事ばかりです。この機会に、帝国各地に残る問題を全て把握しなければ」


 あぁそういうことか、なんて。皇太子の真剣な姿にふと腑に落ちた。
 皇太子が民達を魅了出来るのは、例の完璧な仮面だけが理由じゃない。根底にある絶対的な誠実さと、弱きを救う価値基準と覚悟。そして、これぞ皇族と呼ぶに相応しい強い信念だ。

 ただの腹黒皇子かと思ったら、そうではなかったのか。
 この皇太子が後の皇帝なら、帝国の未来は安泰に違いない。なんて密かに思いつつ洞窟に視線を戻した瞬間、突然何処からか強い風が吹いた。


「殿下。緊急のご報告が」


 驚きながらも風を防いで視界を開くと、そこには皇太子の護衛騎士の姿があった。
 申し訳ないがとんでもない変態という印象しかないその大柄な騎士が持っていたのは、大きく『号外』と書かれた新聞紙。


「これは……?」

「つい先ほど発行されたばかりの号外です。少し先の開けた道で配られておりました」

「……君、やけに姿を見ないと思っていたらサボっていたのですね」

「いえいえまさか。偶然開けた道に出て、偶然号外を受け取っただけです」


 相変わらず無表情且つ淡々とした声音の変態……いや、護衛騎士。
 恒例の口論を経て新聞を開いた皇太子は、すぐにハッと目を見開いて硬直した。

 号外と言うからにはビッグニュースが乗っているのだろうが、それほど驚く内容とは一体何なのかとても気になる。
 皇太子と護衛騎士の背後からそろりと覗き込み、見出しに書かれた文章を読んであんぐりと目を見張った。

 数秒後に硬直を解きぱっと顔を上げる。混乱する頭の中、大声で叫びながら洞窟に飛び込んだ。



「シモンさまーー!!」


しおりを挟む
感想 1,721

あなたにおすすめの小説

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新 プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜

COCO
BL
「ミミルがいないの……?」 涙目でそうつぶやいた僕を見て、 騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。 前世は政治家の家に生まれたけど、 愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。 最後はストーカーの担任に殺された。 でも今世では…… 「ルカは、僕らの宝物だよ」 目を覚ました僕は、 最強の父と美しい母に全力で愛されていた。 全員190cm超えの“男しかいない世界”で、 小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。 魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは── 「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」 これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放

大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。 嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。 だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。 嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。 混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。 琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う―― 「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」 知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。 耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

シナリオ回避失敗して投獄された悪役令息は隊長様に抱かれました

無味無臭(不定期更新)
BL
悪役令嬢の道連れで従兄弟だった僕まで投獄されることになった。 前世持ちだが結局役に立たなかった。 そもそもシナリオに抗うなど無理なことだったのだ。 そんなことを思いながら収監された牢屋で眠りについた。 目を覚ますと僕は見知らぬ人に抱かれていた。 …あれ? 僕に風俗墜ちシナリオありましたっけ?

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!一肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。