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【聖者の薔薇園-終幕】
322.読めない実力者(ガイゼルside)
しおりを挟む「うちの嫁の無事を確認したら直ぐに愚弟をぶちのめしに行く予定だったんだが……こりゃあ行けそうにねぇな」
「黙れ行け!二度と来るな!フェリアルはうちの子だぞ!パパはこの私だ!!」
「うるせぇな。現実見ろ現実。おらフェリアル、俺はお前の何だっけな?」
「うー、ぱっぱ!」
「そうだな、俺はお前のパパだな?偉いぞフェリアル。流石はうちの嫁、天才だ」
いつもは厳格な空気が流れる父上の執務室。これだけ騒がしいのは本当に珍しいことだ。
しかしこの部屋の主であるはずの父上はさっきからぐぬぬと悔し気に顔を歪めてばかり。膝の上に豆粒みてぇにちっこいチビを乗せて満足気に口角を上げる大公を睨み付け、だが成す術無く黙り込む事しか出来ない姿に呆れで目を細めた。
父上のことは憧れているが、こんな姿を見てしまえば少しばかりその憧れも冷めちまいそうだ。
ただ黙り込むことしか出来ない俺を余所に、さっきからムズムズと忙しなくチビの様子を窺っていたディランがふと声を上げた。
「あの。この状況に関しては大体把握しました。説明にも納得しました。大公、貴方は陛下への牽制の為に遠征を繰り上げ帝都に来て下さった。全て、把握しました。という訳なので、俺にもフェリを抱っこさせてください」
「話飛びすぎだろ、しっかりしろ」
欲望が前に出過ぎていやがる。根は猪突猛進な片割れの悪い癖だ。しっかりしろと昔から言ってやってるってのに一向に改善しない。
ディランのアホみてぇな発言に呆れる様子もなく、大公は至って冷静な顔でチビをディランにひょいっと手渡した。この人も得体の知れないオーラを纏っちゃいるが、腹黒公子とはまた違った部類だ。
大公の膝の上で安心したようにうとうと微睡んでいたチビが「う……?」と目覚めてしまう。チビは新たに嫌いな抱っこをしてきたディランを見上げ、ちっこい体をピタッと硬直させた。
「はっ、言っとくがどうせ叩かれるだけだぜ?ざまぁねぇな、お前が無様に拒絶されるとこ目に焼き付けてやるよ」
チビを優しく抱き上げるディランに嘲笑を含んで吐き捨てた。
普段鉄仮面のコイツが絶望で膝をつく未来が容易に想像できる。その時は思いっきり笑ってやろうじゃねぇかと口角を上げると同時に、ディランはいつもの無表情でフェリに語り掛けた。
「……ふむ。よしよしフェリ、俺は怖いにぃにじゃないぞ。優しいにぃにだ、にぃに。ほら、言ってごらん」
「うー?う!にぃに!」
「だからなんでだよ!!」
既視感のある反応をして立ち上がる。
きゃっきゃと楽しそうにディランに抱き着くチビ。可愛いが……可愛いが憎くて堪らねぇ。あぁでもやっぱクソ可愛いなオイ。
何でディランは良くて俺は駄目なんだ。何でディランのことは兄として認めて俺は認めてくれねぇんだよ。まさか本当に俺が嫌いなのか?いやいやそんな訳ねぇだろ、チビは昔っから俺が大好きなんだからな。
自問自答してポジティブに自己完結しておく。絶対そうだ、ただ照れてるだけとかそういうことだろう。何たって俺はチビに超懐かれてる自慢の兄貴なんだ、そうに決まってる。
「……見ろガイゼル、フェリが笑っているぞ。あの頃は……っ、無口で人形のようでっ……笑顔など絶対に見せてくれなかったのにっ……うぅ、っく……」
「お前、意外と涙腺脆いよな……」
無表情をあまり崩さないまま涙を流す片割れ。何となく怒りが削がれ、ポケットに入れていたハンカチをそっと手渡してやった。まぁ、取り敢えず涙拭いて落ち着けよ……。
「にーにっ、にぃに、う!」
「う?とは、どういうことだ」
「う!うー!うっ!」
きょとんと首を傾げるディランの胸をぺしぺし叩くチビ。可愛いが本当にどういうことだ、ディランと同じように眉を寄せる。
何かを必死に訴えているようだが……。ちっせぇ両腕を伸ばしてムッと頬を膨らませる姿からふいっと目を逸らす。可愛すぎて直視出来ないんだが、どうすりゃいいんだコレ。
ディランが困惑気味にチビをぎゅっと抱き締める。どうやらそれが正解だったのか、チビは満足気に「う!ふんっ、ふすっ」と頬に溜めていた息を吐き出してにまーっと笑った。
「……おい、可愛すぎるだろ。ふざけるな、いい加減にしろ」
「なんで俺に逆ギレすんだよ、何のブチ切れだよ。踏むな殴るな、いてぇ」
謎にブチ切れて俺の足を踏み締めやがるディラン。お前がふざけるな、足を退けろ。
怒り顔でチビを抱き締めるディランから少し離れる。コイツの情緒は昔から謎だ。急にキレるのも訳わからんが、そこから急に冷静になるのもキモい。感情が読めないどころじゃねぇ。
最早本題そっちのけでチビに構う俺らを見据えた大公がふと膝と腕を組み直して呟いた。
「……気ぃ抜けた。折角久々に嫁に会えると思ったら愚弟の面倒事に巻き込まれてやがるし……。フェリアルは余程退屈嫌いなんだな」
「勝手なことを言うなヴィアス。フェリアルは平穏を愛するほのぼのした愛らしい子だ。だがしかし可愛すぎるせいで屑共が勝手にフェリから平穏を奪うだけだ」
「あぁ、そういう事か。それなら屑共全員ぶっ殺さねぇとな。愚弟も……どう処理してやるべきか」
机を指でトントンと叩きながら呟く大公。その顔は絶対零度の無表情で、クソ皇帝に対する怒りが如実に表れている。
まさに戦場の鬼の通称に相応しいオーラを纏う大公にも臆することなく、座りながらチビをひょいひょいっと高い高いして楽しませていたディランが不意に語った。
「反乱の用意は済んでいます」
「何だと?エーデルス、お前の後継は将来有望だな。実行力が秀でている。ちと物騒過ぎるのが玉に瑕だが」
「"お前が言うな"のツッコミ待ちか?」
父上の言葉にははっと軽快に笑い声を上げた大公が徐に立ち上がる。クソ皇帝への敵意を瞳に滲ませるディランの頭を一撫ですると、ニッと不敵な笑みを浮かべてサラッと告げた。
「能力は評価するが、反乱は得策じゃねぇ。だが臆せず強気なのは良いことだ、得策じゃねぇが愚策でもねぇ」
「……」
「今回は俺に任せておけ。あのアホは俺が直々に躾けてやる」
そう言うと大公はさり気なく胸ポケットから水晶を取り出し、真剣な空気の中チビを写して数回水晶を発動させた。
「ライネスが見たら拗ねるだろうなぁ」
悪の親玉のような笑みを滲ませて去っていく大公を見送った父上。やがて呆れ混じりに「締まらない奴だな」と零された呟きに無言で頷いた。
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