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【聖者の薔薇園-終幕】
323.皇帝と皇太子(レナードside)
しおりを挟む「……父上。昨日の件について、お聞きしたい事があるのですが」
皇宮。父上の執務室に突如訪れた私を見るなり、室内にいた文官達が驚いたように作業の手を止めた。
それも当然だろう、私が自ら父上を訪ねることは滅多にない。大抵は父上からの呼び出しを受けて訪れる。しかし今回ばかりはそうもしていられなかった。
昨日の件。父上が一線を超え、フェリに害を及ぼしたことについて。
フェリとの茶会に同行するようにと命じられた時から違和感はあった。父上が何かしらの事を仕掛けてくるだろう、その程度は予想していた。だがそれでも、あそこまでの愚策を実行するとは思わなかった。
まさか私とフェリとの間で既成事実を作るよう誘導するなんて。媚薬の匂いも……どうやら私の嗅覚に勘付かれないよう無臭のものをわざわざ手に入れて使用したらしい。明らかに計画的で、陰湿だ。一国の主が企てるにはあまりに愚か過ぎる。
私がフェリに惚れているから、計画は難なく上手く行くだろうとでも思ったのだろうか。仮にも父である人間にそう思われていたのだと、その事実に多少心が沈んだが、それも直ぐに冷めた。
父と言えど、ほぼ他人だ。長年マーテルと光属性の力に固執していた父上は、幼い私に一度も父としての目を向けて下さることは無かった。だから正直、情やら何やらというものは抱いていない。
そこまで冷めていても僅かばかり落ち込む自分を嫌悪する。所詮私も、血という何より濃い縁には逆らえないのか。
最早手遅れな未来を想って声を上げる。父上は賢帝としての完璧な笑みを湛えたまま、穏やかな声で答えた。
「レナード、お前には失望したよ」
問いの答えとは言えない、柔らかな笑みで語られた言葉。
それに柄にもなく硬直し、震えてしまいそうな手をぐっと握り締めた。
文官達が危うい空気を察して執務室をそそくさと出て行く。それを横目に、静寂の広がった室内を進んで父上の直ぐ正面で立ち止まった。
こうして真正面から堂々と視線を合わせるのは初めてかもしれない。そんなことを妙に冷静に考えながら、笑顔の父上に反発するように語った。
「父上。お言葉ですが、失望したのは私です」
ほんの一瞬、父上の私とよく似た翠色の瞳が僅かに見開かれた。己の後を継ぐ人形、逆らわない道具、そんな人間が突然殻を破って反論までしてきたのだから驚くのも当然か。
正直、怖い。こんなことを口にしてしまえば情けないと皆に一蹴されてしまうだろうが。仮面を被っていても、父という絶対的な存在に逆らう事が恐ろしいのは変わらない。
「何故あの子にあんなことを。彼がまだ幼い子供であること、私を好いていないことも当然知っていたでしょう。そうでなくとも、あのような下劣な手を使うなど……」
「レナード」
虚勢で強く張り上げた声も一瞬で封じられる。穏やかな声は何故か低く怒りと呆れを滲ませているようにも聞こえて、思わずぐっと口を噤んでしまった。
父上はそんな私に眉を下げて語る。瞳に微かな嘲笑の色を含ませて。
「お前は皇族だ。いずれ帝国の主となり、国を繁栄させていくことになる。いつまでも我儘ばかり言っていないで、少しは大人になりなさい」
一瞬、頭に血が上った。
我儘なんて。私は父に何かを乞うたことはない。そもそも個人的な関わりは一切してこなかった。皇族として、全てを切り捨てて冷酷さを育んで過ごしてきた。生まれてからずっと。
父上は一体何を見て、私の何を知ってそのようなことを語るのだろう。
「道は全て私が整えてやっただろう。リベラの愛し子にどれ程の価値があるのか、皇族として選択すべき判断も賢いお前なら当然理解していると思っていたのだがね……」
残念だ。そう零される呟きに目の前が真っ暗になる。
あぁ本当に、この人は皇帝としての己の立場しか考えていないのか。父上が考えているのは国の未来でも国の発展でもなく、皇族の安寧と繁栄のみ。それ以外は全てどうでも良いのだ。
喉奥から湧き上がる熱を何とか呑み込む。一度唇を引き結び、衝動を堪えて再び顔を上げた。
「……あの子はまだ齢十三の幼い子供だ、下手な言動がトラウマと化す可能性は十分に有り得る。神の怒りを生むとは考えなかったのですか」
「レナード。やはりお前は何も分かっていない」
大袈裟な溜め息を吐く父上。一体何が間違っているのかと、最早皇太子としての仮面が剥がれ落ちた状態で聞き返す。父上はそんな私に苦笑を浮かべながら答えた。
「無知な幼子だからこそだ。知識に疎い分、容易に洗脳が効く。あれほど華奢なら免疫も弱いだろう、薬漬けにしてしまえば直ぐにでも感情を排した道具になったはずだ」
「……は」
「感情が無ければ苦しむことも無い。愛し子が苦しまなければ神の怒りも生まない。レナード、やろうと思えばどんな選択も可能なのだ。何も本当に抱いて堕とせとは一言も命じていない」
「……」
あまりの衝撃に言葉を失うとはこういうことか。
父上の表情に罪悪の色は微塵もない。本当に欲望のまま、その選択を正義と信じて疑わぬまま語っているのだろう。
色の無くなった表情を浮かべる私などお構いなしに、父上は穏やかな微笑みを湛えたまま流暢に言葉を続けた。
「情が手に入らないのなら意思など殺してしまえ。愛し子の肩書を持った者の体さえあればそれで良いのだから」
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