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フェリアル・エーデルス
358.侍従の本音(シモンside)
しおりを挟む『シモン、お前は──の忘れ形見だ。これからは私が、何があってもお前を守ってやるからな』
そう言って俺を抱き締めた叔父。その名は確か、父のものだ。平民だった母と紆余曲折の末に結婚し、幸福に生きるはずだった父の。
何故この人は俺を罵らないのだろう。恨み言を吐かないのだろう。心底不思議だった。今貴方が抱き締めているのは、大事な兄とその妻を死に追いやった悪魔だというのに。
俺が産まれなければ全てが上手くいったはず。誰もが幸せになったはず。優しい父と母は、裕福な生活から逃げて山奥の小屋で過ごすことなく、きっと今でも綺麗な服を着て美味しい食事を口にしていたことだろう。俺ではなく普通の子を産めたなら、きっと素晴らしい家庭が……。
俺には何もない。生きていたって意味も無いし、目標も信念も無い。闇属性という肩書がある限り、自分自身だけではなく周囲の者も不幸にする。巻き込んでしまう。
悪魔を、忌み子を守ったという理由で理不尽な迫害を受けた両親のように。
俺が生き延びたって何の意味もない。兄の代わりに俺を守ったって、貴方の大切な家族は帰ってこない。そう叔父に何度も言った。だがあの人は柔く微笑むだけ。
保護されるより以前から、俺は叔父に迷惑を掛けていた。あの人は本当なら騎士団の団長になっても申し分ない実力の持ち主だ。実際、第一の幹部として行けるところまで上り詰めた。
しかし、結局叔父はその座から退いた。そこに居た痕跡をなるべく消すように、サミュエル・ロタールという実力者が存在した証拠さえ、全てを揉み消しまでして。
それらは全て、失踪した兄家族の行方を追う為だった。
叔父だけは知っていた。兄夫婦が闇属性の子を産んでしまったこと。その事実が明るみに出れば、叔父を巻き込むだけでなく折角産んだ子が命の危機に晒されてしまう。だから、二人は子を連れて貴族社会から逃げ出した。
ロタール家は末端と言えど紛れもない貴族。親族が闇属性の子を産んだなど醜聞にしかならない。下手をすれば直ぐにでも没落に追い込まれてしまうだろう。両親はその可能性も考慮したはずだ。
そんな両親の苦難を叔父だけが知っていた。だから、叔父は第一騎士団から退いた。
いつか兄夫婦を見つけて連れ戻したい、なんの障害も無いように。自分には守るべき地位もプライドも無い、だからここにいて良いのだと、そう伝える為に。
その為に、サミュエル・ロタールは史実に記される実力者の欄から名を消した。
その後は知己であったエーデルス公爵に匿われるようにして手を差し伸べられ、叔父は新たな居場所を手に入れた。貴族家が率いる小規模騎士団の副団長として、謎の実力者と呼ばれながら任務を熟した。その間、公爵の力を借りながら兄夫婦を探し続けたのだ。
だが、そうまでしたと言うのに叔父の望みは叶わなかった。ようやく見つけ出した甥から聞き出した真実、それは探し求めていた兄夫婦がとうの昔に亡くなっているという事実だった。
あの時の叔父の表情を今でも鮮明に覚えている。何処か悟ったような、悲しげな、だが全てを即座に受け入れるような。今思えば、叔父は薄らと予感していたのかもしれない。
探し求める彼らは既にこの世に居ないという可能性。数年探して一切情報が手に入らなかったのだから、きっとそう予感するのも無理は無かったはず。
だから、俺を受け入れるのも早かった。両親がいないなら私に付いてきなさいと、叔父はあの時そう言った。心底優しさに満ちた微笑で。
断る理由は特に無かった。頷く理由も無かったが。だが、あの時の叔父の表情があまりに胸に刺さったから。
半ば強引に引き取られるようにして叔父に付いていくと、そこには大きな邸宅があった。叔父の知己が当主を務めているというエーデルス公爵邸だ。
叔父と同様、俺はここに匿われることになるようだった。ここの使用人として、なるべく闇属性の力は使わないように過ごせと徹底された。
特に生きる意味が無かったから、特に反抗する理由も無かった。だから言いつけは素直に聞いて。正直以前と何ら変わらない、色の無い日々。それでもなるべく明るく見えるように振る舞った。そうすれば、叔父が嬉しそうに笑ってくれるから。
大して情は無いが、恩返しのようなものだ。叔父には随分助けられたから、少しでも恩を返したかった。ただそれだけ。
ただそれだけの事の為に、俺はその後を生き続ける。きっと生涯こんな日々が続くのだと、そう思っていた。
俺の唯一。透き通った美しい魂を持った、あの方に出会うまでは。
初めてあの魂を見たのは、公爵邸に訪れて直ぐ。使用人としての仕事内容を覚える為に、叔父と庭園を進んでいる時のことだった。
ふと子息たちの声がした。魔術の才覚を持ったディラン様と、剣術の才覚を持ったガイゼル様。度を越したブラコンだと聞かされていた双子は、何やら小さな幼子と共に花々を鑑賞していた。
双子に関してはとんだじゃじゃ馬の問題児たちだと聞いていたが、花を慈しむ心はあったのか。そんなことを思いながら視線を移した時、突如とんでもない衝撃が全身に走った。
『副団長……あの方は……?』
『ん?あぁ、あの可愛らしい方はフェリアル様だよ。あのディラン様とガイゼル様が骨抜きになっている公爵家の天使だ』
公爵家の、天使?そうか、天使か。天使ならば、あの神々しさも納得だ。
あの時の俺は、本気でその小さな存在を天使だと認識した。
何処か仄暗い色を滲ませる瑠璃色の瞳、感情が欠落したかのような無表情、敵に向けるような視線を兄達に向ける何処か違和感のある危うさ。
それらを全て澄んだものに見せてしまう、透き通った美しい魂。
無色の世界に鮮やかな色が灯る。染まる。
その瞬間から、俺はあの方の……フェリアル様の虜だった。全ての感情はフェリアル様に支配され、全身があの方に忠誠を誓いたいと叫んだ。
たった一種のものではない。全てだ。俺の中にある全ての忠誠心が、愛情が、フェリアル様の前に跪いた。
家族愛、友愛、親愛、主従愛……それ以外も全て、全て。
俺にとってフェリアル様との関係は、健全に見守り合う家族同然で、何でも共有し合える気さくな友で、唯一無二の理解者で、死すら共にする絶対的な主従で、そしてきっと、それ以外も……──。
そんな複雑に全てが絡み合う愛情を、フェリアル様も俺に向けてくれていたはずだ。
だが、どうしても未来は変わる。関係に不変は存在しない。俺とフェリアル様との絶対的な関係に変化が生まれることは、とうに悟っていた。
恋情。フェリアル様が唯一俺への愛から外したもの。
全てを共有し合うはずの俺とフェリアル様。だがフェリアル様の感情のうち一つは、俺のものではなくなってしまった。
それが寂しくて、何処か切なくて。これを親離れした子を見送る家族の心情と言うのか、友と距離が離れた時の侘しい心情と言うのか……まぁ、何にせよ全てだろう。
平等に全てを愛するフェリアル様が選んだ『唯一無二』、それが公子だ。
だからきっと、俺でなくていい。俺でなくていい部分が、フェリアル様の中に生まれてしまった。それが、そう……寂しかったのだ。仮にも侍従の立場で何を傲慢な、と傍からは思われてしまうだろうが。
この世に変わらないものはない。
分かっていても、いざ変わると受け入れがたいものだ。
変わらなければならない時が来たのだと、そう悟った。
フェリアル様に『唯一無二』が出来たのなら、それだけを背負ってほしい。重荷はなるべく背負わず。
その為の誓約の破棄。まずは俺の命という重荷を下ろして、公子の愛を受け取る余裕を作って貰いたかった。フェリアル様の中で俺の存在はあまりに大きい。それを自覚しているからこその、身勝手で傲慢な願い。
それを伝えたかったのだが、どうやら俺は言葉を、行動を誤ったらしい。
何やら色々と誤解を生んでいそうな予感。公子とフェリアル様の表情を見て、それを察した。
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