余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない

上総啓

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フェリアル・エーデルス

361.もしもの世界

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 ここは下界と神界の狭間。リベラ様と初めて出会った時、そしてその頃に夢の中で来ていた場所と似たような空間らしい。だから、ギリギリの所で時空の歪みが無い。逆に時間の流れが少し遅くなるみたい。
 体はそのまま下界にあって、魂だけが呼ばれた状態。だから突然僕が消えたと周囲に勘付かれる心配もない。

 本題を初めに聞いて呆然とする僕にゼウス様がさらっと語ったこの空間の情報。説明してくれたのはありがたいけれど、正直頭には入っていない。本題の衝撃が凄まじくて。
 そういえば最近はマーテルのことをあまり考えないようにしていたから、余計に。無意識に彼の記憶を拒絶してしまっていたのだろうか。
 これまでたくさんのことがあって、何度もマーテルに苦しめられたのに。それでもその記憶さえ考えないようにと仕舞い込んでしまうほど、それほどの影響を彼から受けていたのか。


「マーテルの最期をお前にも見せてやりたかったんだけれどね」


 ゼウス様が微かに表情を歪ませる。裁きは全て神界で行われるから、以前のように時空の歪みを気にしなければならない。あの時と同じようなことが起こらないように、僕を呼ぶことは出来なかったらしい。

 マーテルの最期。もしそれを目の当たりに出来る状況にあったなら、僕は喜んでその瞬間に立ち会えただろうか。それとも恐れただろうか、それとも……。
 何にせよ。もう既に全てが終わった。ゼウス様とリベラ様はその報告でわざわざ僕に会いに来てくれたみたい。


「マーテルは……なにか、言ってましたか?」


 半ば無意識の問い。小さく発したその声に、二人は何やらぴくっと肩を揺らした。
 沈んだ表情のまま顔を上げる。正面に座るゼウス様はちょっぴり躊躇うような様子を見せて、けれど直ぐにふわりと微笑んだ。


「──……いや、特に何も」


 その言葉に浮かんだのは安堵なのか、拍子抜けした別の感情なのか。
 どちらにせよ体から一気に力が抜けて、あぁそうかと息を吐く。ずっと微かにあった震えが完全に止んで、硬い表情もふにゃりと緩んだ。


「よかった」


 マーテルはもういない。その実感がじわじわと湧き上がる。
 この先の人生も、そして来世から続く全く新しい人生も。きっと僕を愛してくれる人たちの中に、彼の干渉は一切入らない。そう思うと、さっきとは別の感情で体が微かに震え始めた。

 静かに俯く僕を見て何を思ったのか、ふとゼウス様が躊躇いがちに語った。


「……お前が望むなら、全てを正しいものに戻してやる。マーテルの魂が存在しない、本来あるべきだった世界にお前を送ってやれる」


 その言葉に息を呑む。
 マーテルの魂が存在しない、本来あるべきだった世界。マーテルの脅威も、後悔と苦痛に満ちた前世を思い出すこともなく、生涯幸福を享受するだけの世界。
 初めから家族と全力で関わり合って、何の葛藤も無いまま愛情を受け取って、渡して。僕が望みさえすれば、そんな夢のような人生をやり戻せる。


 ……でも、そこに僕が愛した今世の皆はいない。


 真の意味で分かり合えた、マーテルを倒す為に心を通わせた今世の皆じゃない。今の僕には百回分の人生の苦痛と後悔があるけれど、そこにはなくて……でも、それは本当に僕という存在だと言えるのかな。

 幼少期、あの僕だったからこそ兄様達は深く僕を愛してくれた。お父様やお母様だってきっとそう。
 例の火事がなければ、レオと個人的に出会うことは無い。僕にとってレオは完璧な皇太子でしかなくて、レオにとっても僕は公爵家の令息でしかなくなる。
 シモンはどうだろう。前世の苦しみを共有したからこそここまで深い関係まで達せられた。けれど、きっとその世界ではシモンは周りと特に変わらない侍従でしかなくなるんじゃ……?

 ローズもそうだ。きっとローズやトラードは今のように関係を広げることもなく、ずっと殺しを続けていくだろう。アップルパイだって、純粋な気持ちで食べられる日は訪れないはず。
 魔塔の人たちとも、きっと関わる機会すら訪れない。ということは魔石に出会うこともないから、ウサくんやクマくんとも一緒にお話しすることは出来なくて……。

 そして、ライネスも。シモンの一言がなければ、そもそもあの出会いはない。けれど、火事が万が一起こらないなら、シモンは僕の侍従にはならない。だから、その一言も聞くことはなくて。
 そうなると、そこから分岐を間違え続ければ、ライネスと僕はただの他人でしかなくなるのだ。
 パパとだって、大公妃さまとだって。出会う日は訪れなくて、あの花火をライネスと一緒に見ることさえ叶わなくて……。


「僕は……」


 僕は、僕が望む世界は、ずっと歩いてきたこの道そのものだ。
 何か一つでも変わっていたら、大切な人達と出会うことすらできなかった。そう考えると何だかとっても怖くて、呼吸がちょっぴり浅くなる。
 あんなに憎んだマーテルが今は少しだけ好きかもなんて。皮肉なことに、きっと彼無しではこの幸福な人生を手に入れることは出来なかったのだ。



「僕は、このままがいい。今が好き」



 百回分の人生の後悔と苦痛。何事もなかったかのように投げ出してしまいたい気持ちと、全部忘れたくないという気持ち。複雑だけれど、僅差で後者が勝った。
 この気持ちを全部背負って今世を歩みたい。そう言うと、ゼウス様もリベラ様も眉を下げて微笑んだ。予想通りの答えだったのか、何だかちょっぴり仕方なさそうな、そんな表情だ。


「……そうか。それなら、もう何も言うことはないよ」


 あれ、と不意に抱いた違和感。何だか突然眠くなってきた。つい数秒前まで、あんなに目が覚めていたのに。
 重い瞼を上げようとするけれど、どうしても眠気に逆らえない。瞳を背後から大きな手に覆われて、その暗さと温もりに更に微睡みが深くなっていった。



「──……フェリアル。どうか幸せに」


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