公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓

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29,兄と弟

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 何度目かの魔力暴走の日。
 シルがまだ、言葉を話すことすらままならないほど幼い頃のことだ。
 あの日はいつもと違った。
 何と言っても、私が初めてシルに魔力を注いだ日だったのだから。

 シルの胸元から浮き上がってきた光のオーブ。
 それを反射的に両手に閉じ込めて部屋を出ると、私はすぐに自室へ戻った。
 それが何なのかを調べるためだ。シルの体内から浮き上がってきたことはこの目で見たのだから、危険なものだったら処理する必要がある。

 そう思い両手に閉じ込めていたオーブを取り出そうと手を開くと、それはふわっと光を放ち、そのまま私の心臓の辺りに沈んでいってしまった。
 慌ててオーブを体外に戻そうとしたが、何をしても……というより、何もすることが出来なかった。
 痛みも苦しみも何もなかったし、もしかしたらそれほど危険なものではないのかもしれない。そんなことさえ思い込むほどに。

 今思えば、オーブの力なのか何なのか分からないが、きっと何かの人智を超えた力に軽く洗脳されていたのではないか、なんて。
 シルの体内から得体の知れない光が浮き上がってきたことだけでも一大事だというのに、私はそれを驚くほど冷静に受け止めていた。
 全ては、あの光のオーブが私の中に紛れ込んでから。


「そ、そのオーブってなんなのです?あのとき僕の中に入ってきましたよね。兄様が、入れてました、よね……?」

「……うん、入れていたね。入れたと言うより、戻したんだ。アレは元々シルのもので、シルの命のようなものだったから」

「僕の、命?」


 シルがきょとんと首を傾げる。
 その無垢な表情が歪められていないことに安堵して、まだ私の話の意味を理解していないからだと冷静に思い知った。
 全て話せば、シルはきっと……


「人が必ず持っている、核というものを知っているね?」

「もちろんっ。魔力を循環させるとっても大切なものです!命と同じようなもの、です!」

「うん、その通り。シルは賢いね」

「へへっ」


 無邪気に笑う姿が微笑ましい。
 今のうちに堪能させてもらおう、なんて打算的に考えてシルの頬を撫でた。
 こうすると気持ち良さそうに擦り寄ってくるのだ。この顔がまた、愛らしい。


「それで……えっと、オーブはもしかして、僕の核?」

「っ……!本当に、シルは賢いね……」


 結論を言うことに躊躇っていた。
 時間稼ぎのようにシルの頬や頭を撫でていた手がピタリと止まる。
 遠慮がちに聞いてきたシルだったが、視線を合わせてハッとした。
 美しい金色の瞳が、硝子玉みたいに純粋な光を放っていたから。

 誤魔化すことは許されない。
 どうしてか、そう思った。


「……そうだよ。賢いシルならもう察しているだろうけど、シルは本当ならいずれ健康になるはずだった。死の恐怖を抱く必要なんてなかった。それなのに魔力暴走が続いたのは、私がシルの核を奪っていたから……!」


 俯いて、膝の上で拳をギュッと強く握る。
 表情が酷く歪んでいることを自覚していたから、決して顔を上げることはしなかった。
 それだけでなく、シルの表情も、見たくなくて。

 一息で言い切ったそれは、後半に続くにつれ切羽詰まった怒号のような声になる。湧き上がる怒りは……全て自分自身に向けられたもの。

 滑稽なものだ。
 守ると誓ったのに、守るどころか傷を与えていたなんて。
 害のあるものは害が出る前に消すべきだと思っていた。実際今も思っている。
 そして今なら、分かるのだ。最も排除すべき害は、私自身だったということが。


「ごめんね、シル……私はっ、私はどう償えばいいのか……!」

「……どうして」

「言いたいことは分かるよ、けど私も本意じゃなかった……シルを死なせようなんて思ったこと……──!」


 "どうして"。きっと続く言葉は罵りだ。
 どうしてそんなことをしたのか、命を奪うような真似をしたのか。
 そう思って身構えていたのに。深く頭を下げて漏れそうな嗚咽を堪えていたのに。
 シルの口から小さく零れたのは、予想していたものとは随分違う言葉だった。


「どうして、兄様は僕に頭を下げているのでしょう?」

「……え?」


 思わず顔を上げて、呆然としたままシルの瞳と視線を合わせてしまう。
 私を罵る気配など微塵も感じない、ただ凛とした瞳に固まった。
 その瞳はやがて光を抑えて、心底理解が出来ないとでも言うように困惑に染まる。
 きょとんと首を傾げたシルに瞬いた。


「うぅん?うーん……?よく、わからないです。なにをどう考えても、兄様が謝罪する理由が思いつきません……」


 面目ない……と続けてしょんぼりと肩を落としたシルに、私は何も言えずに目を見開いたままだった。
 口も間の抜けた開き方をしていたかもしれない。


「い、いや……シル?私はシルの核を奪って……」

「奪ったんじゃなくて、勝手に兄様の中に入っちゃったんでしょ?むしろ僕の方がごめんなさい……よくわかんないけど、だいじな核をほいほい外に出しちゃって。本当に兄様の体に異常はなかったんですか?」

「え、あぁ……うん、それは大丈夫だけど……けど!本意でなかろうがシルの命を脅かしたのは事実で──」

「なかろうがとか関係ないです。兄様に僕を殺す意思はなかったんだから、脅かした事実とかどうでもいいです。結果よければすべてよし、ですよ兄様!別に僕死んでないし!」

「いや、え、えぇ……?」


 にこにこ笑って言い切るシル。
 初めは私に気を遣っているのかと思っていたが、瞳を見るとその言葉に嘘などないのだとすぐに分かった。
 本当に……心の底から、シルは私を責めてなどいなかった。


「ていうか兄様!僕って助かったんですよね??もう魔力暴走なんて起きないんですよね?ねっ!?」

「あ、あぁ……うん、そうだよ。シルはもう健康体だ。と言っても体が弱いのは生まれつきで変わらないから、今まで通り無理はせずに──」

「やったぁ!!」


 突然の質問に困惑しながらも答えていると、言葉を遮ってシルが飛びついてきた。
 まだ本調子でないシルの体が床に打ち付けられでもしたら大変だ、とすかさず小さな体を抱きとめる。
 腕の中でモゾモゾと楽しげに……?嬉しげに、動くシルに混乱した。

 バッ!と顔を上げたシルの表情があまりに嬉しそうに輝いていたものだから、思わず体から力が抜けそうになった。


「やったぁ!やったね兄様!これからもずーっと一緒にいられるってことですよ!僕がおっきくなっても、兄様とずっと一緒に遊べるってことです!」

「っ……!!」


 シルが、大きくなっても?

 考えたら辛くなるからと、今までなるべく想像しないようにしていたシルの成長した姿。
 幼いシル、少年のシル、青年のシル、大人のシル。
 もう……もう思い描いても、未来は閉ざされていないということか。


「……」

「……兄様?兄様、泣いてるの……?」

「っ……泣いてなど、いないよ。シル。私の、可愛いシル……!」

「わっ!兄様!?」


 抱き締めていたシルをそのまま抱き上げ、私はそのままその場に立ち上がってクルリと回った。
 反射的にだろう、私の肩にしがみついていたシルは、やがて顔を上げて私を見る。くりくりとした大きく丸い目が、やっぱりやけに輝いて見えた。

 あぁシル、これからも、今よりもっと大きくなって……成長していけるんだね。


「……兄様、兄様は悪くないです。兄様の弟は、兄様に決して嘘をつきません。だから僕の言葉はぜんぶほんとのことです。僕は兄様が大好きで……兄様はなんにも悪いことなんてしてないんです」

「っ、あぁ……しる、シル…ッ!」


 その幼い声音はともすれば、捻くれ者の私よりも大人びて聞こえた。
 まるで私よりももっと歳上の人間が、子供に言い聞かせるような……。

 そんなまさかと思いながらも、考え出すと止まらない。私は抱えたシルの体を、それ以上に強く抱き締めた。
 今まで未来に抱いていた絶望も、その原因が自分自身だった事実への虚無感も、全て抱えて罪を償うつもりだった。
 それなのに、だと言うのに……。


「恨むなんてとんでもない。僕は兄様のこと、今日も明日もこの先も、ずっと大好きなんだから」


 私の全てであるシルが、そう言うのだ。

 シルは私の肩に顔を埋めているから気が付いていないはずだ。
 ……いや、気付いていない、フリをしてくれるはずだ。
 けど安心して欲しいと告げたい。頬を伝うものは、絶望とか失望とか、そんな感情が込められたものではないから。


「ごめんねシル……愛してるよ」

「……ん、僕も兄様だいすきですっ!」


 これから先抱えるはずだったものを、シルの言葉が全て消し去ってくれたように思えた。
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