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第37話
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洞窟に、静けさが戻った。
さきほどまで交錯していた足音も、刃が擦れる音も、今はない。
湿った空気の中に残っているのは、かすかな焦げた匂いと、岩肌を伝う水滴の音だけだった。
ライトは剣を下げ、浅く息を整える。
腕は重い。だが、限界というほどではない。
身体の奥に残る熱と緊張が、まだ完全には抜けきっていなかった。
「……逃げたか」
倒れた者はいない。
だが、外套の連中は確実に引いた。様子見ではない。撤退だ。
ミリュウが肩の上で、周囲を警戒するように首を巡らせる。
「ミリュ……」
「もう大丈夫だと思う。けど、しばらくここには留まらない方がいいな」
洞窟の奥に進む理由は、もうない。
むしろ、これ以上ここにいれば、相手の増援を呼び込む可能性が高い。
ライトは踵を返し、来た道を戻り始めた。
歩きながら、頭の中で先ほどのやり取りを反芻する。
自分を狙っていた。
偶然居合わせた相手ではない。
竜を連れていることを、最初から知っていた。
しかも、この洞窟の奥にいることまで。
(誰かが、俺の動きを流してる)
ギルドか。
それとも、別の筋か。
考えを巡らせていると、洞窟の出口から、外の光が見えてきた。
夕暮れが近い。赤みを帯びた光が、岩壁を柔らかく照らしている。
外へ出た瞬間、ひんやりとした風が頬を撫でた。
「……空気が違うな」
洞窟の中とは比べものにならないほど、外は静かだった。
だが、その静けさが、逆に不安を煽る。
ミリュウが、ライトの胸元に移動し、小さく鳴く。
「ミュー」
「分かってる。街に戻ろう」
このまま野営するのは危険だ。
今夜は、確実に人のいる場所へ戻るべきだった。
街へ向かう道すがら、すれ違う冒険者の数が増えていく。
その中の何人かが、ライトとミリュウを見て、視線を留めた。
隠しているつもりはない。
だが、注目されることには、まだ慣れない。
「……竜、か?」
「小さいな。でも……」
ひそひそとした声が、背後から聞こえる。
ライトは足を止めなかった。
聞こえないふりをして、まっすぐ歩く。
ギルドの建物が見えたとき、胸の奥にわずかな安堵が広がった。
扉を押し開けると、いつもの喧騒が迎えてくる。
依頼書の前で議論する冒険者、酒を煽る者、受付に列を作る者。
だが、ライトの姿を見つけた瞬間、ミィナがすぐに気づいた。
「ライトさん!」
駆け寄ってきた彼女は、ミリュウを見るなり、ほっと息を吐く。
「ミリュウちゃん、無事だったんですね」
「はい。ちょっと……厄介なことはありましたけど」
「お怪我は?」
「大丈夫です」
ライトは簡潔に答えた。
だが、ミィナは表情を曇らせる。
「洞窟の調査、でしたよね。もしかして……」
「人に襲われました」
はっきりと言うと、ミィナは言葉を失った。
「そんな……。この街の近くで?」
「はい。しかも、偶然じゃない」
ミィナは周囲を見回し、声を落とす。
「……ギルドマスターに、すぐ伝えた方がいいです」
「俺も、そのつもりです」
二人で奥の部屋へ向かう途中、ホールの一角が、妙にざわついているのに気づいた。
「聞いたか?」
「本当かよ……」
低い声が飛び交っている。
ミィナが小さく眉を寄せた。
「……最近、噂が増えてるんです」
「噂?」
「はい。国の方から、特別なパーティが動いているって」
ライトの足が、一瞬だけ止まる。
「特別なパーティ?」
「勇者パーティ、だそうです」
その言葉が、胸の奥に静かに沈んだ。
忘れたつもりはない。
だが、思い出さない日は、増えてきていた。
「……もう、動いてるんですか」
「はい。各地の異変を調査しているって話です」
ライトは、それ以上何も言わなかった。
ただ、胸の奥で、何かがわずかに軋む音がした。
奥の部屋の扉をノックすると、低い声が返る。
「入れ」
ライトは一歩、踏み出す。
ミリュウが胸元で、小さく鳴いた。
「ミリュ」
「大丈夫だ」
自分に言い聞かせるように、そう呟いてから、扉を開けた。
知らなかったはずの歯車が、静かに噛み合い始めている。
その予感だけが、はっきりと胸に残っていた。
さきほどまで交錯していた足音も、刃が擦れる音も、今はない。
湿った空気の中に残っているのは、かすかな焦げた匂いと、岩肌を伝う水滴の音だけだった。
ライトは剣を下げ、浅く息を整える。
腕は重い。だが、限界というほどではない。
身体の奥に残る熱と緊張が、まだ完全には抜けきっていなかった。
「……逃げたか」
倒れた者はいない。
だが、外套の連中は確実に引いた。様子見ではない。撤退だ。
ミリュウが肩の上で、周囲を警戒するように首を巡らせる。
「ミリュ……」
「もう大丈夫だと思う。けど、しばらくここには留まらない方がいいな」
洞窟の奥に進む理由は、もうない。
むしろ、これ以上ここにいれば、相手の増援を呼び込む可能性が高い。
ライトは踵を返し、来た道を戻り始めた。
歩きながら、頭の中で先ほどのやり取りを反芻する。
自分を狙っていた。
偶然居合わせた相手ではない。
竜を連れていることを、最初から知っていた。
しかも、この洞窟の奥にいることまで。
(誰かが、俺の動きを流してる)
ギルドか。
それとも、別の筋か。
考えを巡らせていると、洞窟の出口から、外の光が見えてきた。
夕暮れが近い。赤みを帯びた光が、岩壁を柔らかく照らしている。
外へ出た瞬間、ひんやりとした風が頬を撫でた。
「……空気が違うな」
洞窟の中とは比べものにならないほど、外は静かだった。
だが、その静けさが、逆に不安を煽る。
ミリュウが、ライトの胸元に移動し、小さく鳴く。
「ミュー」
「分かってる。街に戻ろう」
このまま野営するのは危険だ。
今夜は、確実に人のいる場所へ戻るべきだった。
街へ向かう道すがら、すれ違う冒険者の数が増えていく。
その中の何人かが、ライトとミリュウを見て、視線を留めた。
隠しているつもりはない。
だが、注目されることには、まだ慣れない。
「……竜、か?」
「小さいな。でも……」
ひそひそとした声が、背後から聞こえる。
ライトは足を止めなかった。
聞こえないふりをして、まっすぐ歩く。
ギルドの建物が見えたとき、胸の奥にわずかな安堵が広がった。
扉を押し開けると、いつもの喧騒が迎えてくる。
依頼書の前で議論する冒険者、酒を煽る者、受付に列を作る者。
だが、ライトの姿を見つけた瞬間、ミィナがすぐに気づいた。
「ライトさん!」
駆け寄ってきた彼女は、ミリュウを見るなり、ほっと息を吐く。
「ミリュウちゃん、無事だったんですね」
「はい。ちょっと……厄介なことはありましたけど」
「お怪我は?」
「大丈夫です」
ライトは簡潔に答えた。
だが、ミィナは表情を曇らせる。
「洞窟の調査、でしたよね。もしかして……」
「人に襲われました」
はっきりと言うと、ミィナは言葉を失った。
「そんな……。この街の近くで?」
「はい。しかも、偶然じゃない」
ミィナは周囲を見回し、声を落とす。
「……ギルドマスターに、すぐ伝えた方がいいです」
「俺も、そのつもりです」
二人で奥の部屋へ向かう途中、ホールの一角が、妙にざわついているのに気づいた。
「聞いたか?」
「本当かよ……」
低い声が飛び交っている。
ミィナが小さく眉を寄せた。
「……最近、噂が増えてるんです」
「噂?」
「はい。国の方から、特別なパーティが動いているって」
ライトの足が、一瞬だけ止まる。
「特別なパーティ?」
「勇者パーティ、だそうです」
その言葉が、胸の奥に静かに沈んだ。
忘れたつもりはない。
だが、思い出さない日は、増えてきていた。
「……もう、動いてるんですか」
「はい。各地の異変を調査しているって話です」
ライトは、それ以上何も言わなかった。
ただ、胸の奥で、何かがわずかに軋む音がした。
奥の部屋の扉をノックすると、低い声が返る。
「入れ」
ライトは一歩、踏み出す。
ミリュウが胸元で、小さく鳴いた。
「ミリュ」
「大丈夫だ」
自分に言い聞かせるように、そう呟いてから、扉を開けた。
知らなかったはずの歯車が、静かに噛み合い始めている。
その予感だけが、はっきりと胸に残っていた。
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