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第五章:「真の敵」
第74話:セリナの犠牲
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夜の帳が、ゆっくりと降りていた。
空には星がなく、世界そのものが呼吸を止めたかのような静寂。
聖都ルミナから北へ――その果てに、黒い亀裂のように口を開ける大地があった。
《断層地帯ルシエラ》。
かつて、世界を二分した大陸戦争の跡地。
深さは測れず、底では空間そのものが歪み、魔力が暴走している。
その中央に立つのは、塔――いや、女神アリアの残骸である“虚数演算塔”。
そこから漏れ出る光が、夜空を照らしていた。
蓮は崖の上からその光を見下ろす。
「まるで……世界がまだ神を欲してるみたいだな。」
隣に立つセリナが頷く。
「人は弱いものです。
神を失っても、恐怖の中で“何か”を信じようとする。」
リアが苛立ち混じりに吐き捨てた。
「信じるんなら、自分の手でなんとかしろってんだ。」
「リア。」
蓮が静かに言う。
「怒る気持ちは分かる。でも、恐怖に抗うには時間がかかる。」
リアは唇を噛み、拳を握った。
「……分かってる。だけど、見てるとイラつくんだ。」
蓮は微笑んだ。
「お前がそう言うなら、それでいい。怒りもまた、生きる力だ。」
⸻
一行は、夜明けを待って断層地帯へと降りた。
地面には黒い砂が広がり、魔力の流れが乱れている。
玲奈が杖を構え、空間の波を読み取った。
「……魔力の流れが異常。
たぶん、ここに残ってる“アリアの演算体”がまだ稼働してる。」
セリナがうなずく。
「おそらく、アリアの“自動修復プログラム”です。
完全に破壊できていなかった……。」
リアが低く唸った。
「だったら、ぶっ壊せばいいだけだろ。」
蓮は首を振る。
「下手に壊せば、世界そのものが崩れる。
ここは“女神の中枢と地脈”が繋がってる。
下手に刺激したら、スキルシステムの残骸ごと爆発しかねない。」
玲奈が顔を曇らせる。
「じゃあ……どうするの?」
セリナが前に出た。
「私に任せてください。」
リアが振り返る。
「おい、セリナ。まさか――」
「解析と封印、両方行います。」
セリナは静かに答えた。
「私はエルフ族の中でも“封印術”の継承者。
女神の演算体と魔力回路を同調させ、暴走を止めることができます。」
蓮が眉をひそめる。
「危険すぎる。制御に失敗すれば――お前が吸収されるぞ。」
セリナは微笑んだ。
「ええ。でも、やる価値はあります。」
⸻
風が吹き抜ける。
砂の海の中心、虚数塔の足元で光が渦を巻いた。
セリナが両手を掲げ、詠唱を始める。
「古の名において――封ずるは虚、繋ぐは実。
我、断層を縫い、記録を止める。」
無数の魔導陣が展開し、塔の光を覆う。
まるで、世界が彼女の詠唱に応じて震えているようだった。
リアが叫ぶ。
「セリナっ! 魔力が持たねぇぞ!」
「構いません……! 今、もう少しで……」
塔の光が暴れた。
裂けた空間から、アリアの声が漏れる。
《不完全な封印。拒絶。再構築――開始。》
セリナの身体が後ろに弾かれる。
蓮が駆け寄り、抱きとめた。
「無茶するな!」
「大丈夫です……少し、魔力を吸われただけ……。」
玲奈が駆けつけ、治癒魔法を施そうとするが、セリナは手で制した。
「ダメです。私に干渉すると、同期が切れる。
……この封印、私ひとりでやるしかありません。」
リアが叫ぶ。
「ふざけんな! そんなの、死ぬための言い訳じゃねぇか!」
セリナは微笑む。
「死ぬためではありません。生かすためです。」
⸻
再び詠唱が始まる。
今度は、魔導陣が彼女の全身を包み、光の糸が空へと伸びていく。
塔の中枢とセリナの魔力が完全に同期し、
女神アリアの残骸が、まるで彼女自身の一部になっていく。
蓮は叫ぶ。
「やめろ、セリナ! それ以上は――!」
「蓮。あなたが“再生”を信じるように、
私も、“終わり”の先に再生があると信じています。」
「……!」
「あなたが示した道は、“壊して再び作る”という希望。
なら、私が壊れることにも意味があるでしょう?」
リアが歯を食いしばる。
「そんな意味、いらねぇよ!」
セリナは微笑みながら、そっと目を閉じた。
「……ありがとう、リア。あなたに出会えて、良かった。」
そして、最後の詠唱を口にする。
「“封印完結――世界に静寂を。”」
⸻
光が爆ぜた。
断層全体が振動し、塔の光が一瞬で消滅。
辺りに静寂が戻る。
リアが駆け出す。
「セリナ! セリナぁぁぁっ!!」
そこには、崩れた塔の中心に、静かに座り込む彼女の姿があった。
その身体は透け始め、まるで光に溶けていくように消えていく。
蓮が駆け寄り、彼女の手を掴んだ。
「セリナ、戻ってこい……!」
「蓮……これで、世界の演算は止まりました。
女神の残骸も、もう動かない。……あなたたちなら、次を作れる。」
玲奈が泣き崩れた。
「そんなの、やだよ……!」
セリナは微笑んだまま、薄く透き通っていく。
「“再生”とは、壊すことじゃなく、繋ぐこと。
私の魔力は、世界の一部に還ります。
またいつか……別の形で、会えるでしょう。」
蓮の手の中で、彼女は光となり――消えた。
⸻
残ったのは、風だけだった。
リアが膝をつき、地面を叩く。
「くそっ……! どうして……!」
蓮は拳を握りしめたまま、何も言わなかった。
彼の掌には、セリナが残した小さな光の結晶があった。
玲奈が震える声で問う。
「……それ、なに?」
蓮は答えた。
「彼女の“記憶”。
……《リサイクル》できる。」
リアが涙を拭い、顔を上げる。
「なら、絶対に無駄にすんなよ。
あたしたちは、セリナの分まで前に進むんだ。」
蓮は頷いた。
「――ああ。」
⸻
空が明けていく。
朝の光が断層の底を照らし、静かな風が吹き抜けた。
失われた命は戻らない。
だが、その犠牲が未来を繋いだ。
蓮は結晶を握りしめ、心の中で呟く。
「ありがとう、セリナ。
お前の“再生”は、俺が必ず――。」
空には星がなく、世界そのものが呼吸を止めたかのような静寂。
聖都ルミナから北へ――その果てに、黒い亀裂のように口を開ける大地があった。
《断層地帯ルシエラ》。
かつて、世界を二分した大陸戦争の跡地。
深さは測れず、底では空間そのものが歪み、魔力が暴走している。
その中央に立つのは、塔――いや、女神アリアの残骸である“虚数演算塔”。
そこから漏れ出る光が、夜空を照らしていた。
蓮は崖の上からその光を見下ろす。
「まるで……世界がまだ神を欲してるみたいだな。」
隣に立つセリナが頷く。
「人は弱いものです。
神を失っても、恐怖の中で“何か”を信じようとする。」
リアが苛立ち混じりに吐き捨てた。
「信じるんなら、自分の手でなんとかしろってんだ。」
「リア。」
蓮が静かに言う。
「怒る気持ちは分かる。でも、恐怖に抗うには時間がかかる。」
リアは唇を噛み、拳を握った。
「……分かってる。だけど、見てるとイラつくんだ。」
蓮は微笑んだ。
「お前がそう言うなら、それでいい。怒りもまた、生きる力だ。」
⸻
一行は、夜明けを待って断層地帯へと降りた。
地面には黒い砂が広がり、魔力の流れが乱れている。
玲奈が杖を構え、空間の波を読み取った。
「……魔力の流れが異常。
たぶん、ここに残ってる“アリアの演算体”がまだ稼働してる。」
セリナがうなずく。
「おそらく、アリアの“自動修復プログラム”です。
完全に破壊できていなかった……。」
リアが低く唸った。
「だったら、ぶっ壊せばいいだけだろ。」
蓮は首を振る。
「下手に壊せば、世界そのものが崩れる。
ここは“女神の中枢と地脈”が繋がってる。
下手に刺激したら、スキルシステムの残骸ごと爆発しかねない。」
玲奈が顔を曇らせる。
「じゃあ……どうするの?」
セリナが前に出た。
「私に任せてください。」
リアが振り返る。
「おい、セリナ。まさか――」
「解析と封印、両方行います。」
セリナは静かに答えた。
「私はエルフ族の中でも“封印術”の継承者。
女神の演算体と魔力回路を同調させ、暴走を止めることができます。」
蓮が眉をひそめる。
「危険すぎる。制御に失敗すれば――お前が吸収されるぞ。」
セリナは微笑んだ。
「ええ。でも、やる価値はあります。」
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風が吹き抜ける。
砂の海の中心、虚数塔の足元で光が渦を巻いた。
セリナが両手を掲げ、詠唱を始める。
「古の名において――封ずるは虚、繋ぐは実。
我、断層を縫い、記録を止める。」
無数の魔導陣が展開し、塔の光を覆う。
まるで、世界が彼女の詠唱に応じて震えているようだった。
リアが叫ぶ。
「セリナっ! 魔力が持たねぇぞ!」
「構いません……! 今、もう少しで……」
塔の光が暴れた。
裂けた空間から、アリアの声が漏れる。
《不完全な封印。拒絶。再構築――開始。》
セリナの身体が後ろに弾かれる。
蓮が駆け寄り、抱きとめた。
「無茶するな!」
「大丈夫です……少し、魔力を吸われただけ……。」
玲奈が駆けつけ、治癒魔法を施そうとするが、セリナは手で制した。
「ダメです。私に干渉すると、同期が切れる。
……この封印、私ひとりでやるしかありません。」
リアが叫ぶ。
「ふざけんな! そんなの、死ぬための言い訳じゃねぇか!」
セリナは微笑む。
「死ぬためではありません。生かすためです。」
⸻
再び詠唱が始まる。
今度は、魔導陣が彼女の全身を包み、光の糸が空へと伸びていく。
塔の中枢とセリナの魔力が完全に同期し、
女神アリアの残骸が、まるで彼女自身の一部になっていく。
蓮は叫ぶ。
「やめろ、セリナ! それ以上は――!」
「蓮。あなたが“再生”を信じるように、
私も、“終わり”の先に再生があると信じています。」
「……!」
「あなたが示した道は、“壊して再び作る”という希望。
なら、私が壊れることにも意味があるでしょう?」
リアが歯を食いしばる。
「そんな意味、いらねぇよ!」
セリナは微笑みながら、そっと目を閉じた。
「……ありがとう、リア。あなたに出会えて、良かった。」
そして、最後の詠唱を口にする。
「“封印完結――世界に静寂を。”」
⸻
光が爆ぜた。
断層全体が振動し、塔の光が一瞬で消滅。
辺りに静寂が戻る。
リアが駆け出す。
「セリナ! セリナぁぁぁっ!!」
そこには、崩れた塔の中心に、静かに座り込む彼女の姿があった。
その身体は透け始め、まるで光に溶けていくように消えていく。
蓮が駆け寄り、彼女の手を掴んだ。
「セリナ、戻ってこい……!」
「蓮……これで、世界の演算は止まりました。
女神の残骸も、もう動かない。……あなたたちなら、次を作れる。」
玲奈が泣き崩れた。
「そんなの、やだよ……!」
セリナは微笑んだまま、薄く透き通っていく。
「“再生”とは、壊すことじゃなく、繋ぐこと。
私の魔力は、世界の一部に還ります。
またいつか……別の形で、会えるでしょう。」
蓮の手の中で、彼女は光となり――消えた。
⸻
残ったのは、風だけだった。
リアが膝をつき、地面を叩く。
「くそっ……! どうして……!」
蓮は拳を握りしめたまま、何も言わなかった。
彼の掌には、セリナが残した小さな光の結晶があった。
玲奈が震える声で問う。
「……それ、なに?」
蓮は答えた。
「彼女の“記憶”。
……《リサイクル》できる。」
リアが涙を拭い、顔を上げる。
「なら、絶対に無駄にすんなよ。
あたしたちは、セリナの分まで前に進むんだ。」
蓮は頷いた。
「――ああ。」
⸻
空が明けていく。
朝の光が断層の底を照らし、静かな風が吹き抜けた。
失われた命は戻らない。
だが、その犠牲が未来を繋いだ。
蓮は結晶を握りしめ、心の中で呟く。
「ありがとう、セリナ。
お前の“再生”は、俺が必ず――。」
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