7 / 50
第7話:リツイートの告白
しおりを挟む
朝。
通勤電車の中。
車内アナウンスが遠くで流れる中、
真由はスマホの画面を見つめていた。
《@WORK_LIFE_BALANCE》
「“想い”は言葉にすれば届かないこともある。
けれど、黙っていても伝わる瞬間がある。」
「……また、これ」
まるで、昨日の会話をなぞったような投稿。
(“嘘も本音になる”って私が言った次の日に、これって……)
胸がドクドクする。
誰にも気づかれないように、指でそっと“リツイート”した。
(あの人も見てくれるかな……)
スマホを閉じて顔を上げると、
電車の向こうのドア付近に、見覚えのある後ろ姿があった。
黒のスーツ。
整った肩のライン。
あの姿勢。
(……うそ、課長?)
視線が合った。
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ。
柊は目を細めて、小さく会釈した。
(気づいた……?)
電車が揺れる。
心臓も揺れた。
⸻
オフィス。
出社すると、成田が走り寄ってきた。
「おい真由! “理想の上司”、またバズってるぞ!」
「え、また!?」
「今度の投稿、“リツイートの数が想いの数”とか言ってて、
リツイートした人たちを“ありがとう”って一斉にメンションしてんの!」
「……メンション!?」
慌ててスマホを開く。
通知が溢れている。
《@WORK_LIFE_BALANCEさんがあなたをメンションしました》
「“想い”を受け取った。ありがとう。」
「――っ!」
画面が熱い。
頬も、心臓も。
(なんで……名前出したの?)
(また噂になっちゃう……!)
成田がニヤニヤして覗き込む。
「おいおい、“まゆ”ってアカウント、課長に拾われてるじゃん!」
「ち、違う! たまたま!」
「偶然続きすぎだろ~? まさかホントに……」
「なにを話してる」
声が飛んだ。
氷のように冷たい、でもどこか落ち着いた声。
柊だった。
「課長っ!?」
「勤務中にスマホを見るな」
「す、すみません!」
そう言いながら、
彼の目が一瞬だけ真由の画面に向く。
そして小さく呟いた。
「……リツイート、ありがとう」
(――え?)
一瞬、息が止まった。
まるで別人のように柔らかい声。
そのまま彼は、何事もなかったかのように去っていった。
⸻
昼。
食堂の隅。
トレイを持った美咲が隣に座る。
「ねぇ、さっきの投稿。あなたでしょ?」
「えっ……?」
「課長の投稿に“ありがとう”って返された“まゆ”アカウント。
あれ、あなたの文体そっくり」
「そ、そんな……」
「安心して。誰にも言わない」
美咲はフォークを持ちながら、小さく笑った。
「ただ、気をつけて。柊はね、優しいけど――
本気で守ろうとすると、何でも抱え込むタイプだから」
「……本気で、守る……」
「そう。たとえば、“君のため”って理由で全部の罪をかぶる、とか」
「っ……」
冗談めかしていたけれど、
その言葉の重さに、真由は黙り込んだ。
(……そんなこと、しそう。課長なら。)
⸻
午後。
会議後、真由が資料を片付けていると、
柊がそっと声をかけてきた。
「……少し、いいか」
「はい」
二人きりの会議室。
閉じたドア。
空気が一気に静まる。
「……リツイートの件だが」
「す、すみません! あれ、反応しちゃって……!」
「いや。怒ってはいない」
少し笑う。
その笑顔が、いつもの“氷の柊”じゃなかった。
「君のリツイート、嬉しかった」
「……え」
「どんな言葉より、届いた気がした」
一歩近づく。
真由の心臓が鳴る。
「……でも、皆に見られたら……」
「構わない」
「えっ!?」
「もう、隠せるほど器用じゃない」
彼は、わずかに目を伏せた。
「“理想の上司”なんて言われてるが、俺はそんな人間じゃない。
でも――君が俺の言葉を信じてくれるなら、
それだけでいい」
真由の目が潤む。
「……課長、それって」
「リツイートの告白、ってやつだ」
(……言った)
彼が軽く笑った。
ほんの少し、照れたように。
その瞬間、心が完全に持っていかれた。
⸻
夜。
帰り道、スマホに通知。
《@WORK_LIFE_BALANCE》
「“理想の上司”なんていらない。
君が笑う、それが俺の答えだ。」
その投稿には、真由のリツイートが引用されていた。
“ありがとう”の絵文字付きで。
コメント欄には無数のハート。
でも、真由にはもう一人しか見えなかった。
(……課長、もう隠す気ないですよね)
その夜、真由の心は、静かに決まっていた。
明日、自分から伝える。
通勤電車の中。
車内アナウンスが遠くで流れる中、
真由はスマホの画面を見つめていた。
《@WORK_LIFE_BALANCE》
「“想い”は言葉にすれば届かないこともある。
けれど、黙っていても伝わる瞬間がある。」
「……また、これ」
まるで、昨日の会話をなぞったような投稿。
(“嘘も本音になる”って私が言った次の日に、これって……)
胸がドクドクする。
誰にも気づかれないように、指でそっと“リツイート”した。
(あの人も見てくれるかな……)
スマホを閉じて顔を上げると、
電車の向こうのドア付近に、見覚えのある後ろ姿があった。
黒のスーツ。
整った肩のライン。
あの姿勢。
(……うそ、課長?)
視線が合った。
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ。
柊は目を細めて、小さく会釈した。
(気づいた……?)
電車が揺れる。
心臓も揺れた。
⸻
オフィス。
出社すると、成田が走り寄ってきた。
「おい真由! “理想の上司”、またバズってるぞ!」
「え、また!?」
「今度の投稿、“リツイートの数が想いの数”とか言ってて、
リツイートした人たちを“ありがとう”って一斉にメンションしてんの!」
「……メンション!?」
慌ててスマホを開く。
通知が溢れている。
《@WORK_LIFE_BALANCEさんがあなたをメンションしました》
「“想い”を受け取った。ありがとう。」
「――っ!」
画面が熱い。
頬も、心臓も。
(なんで……名前出したの?)
(また噂になっちゃう……!)
成田がニヤニヤして覗き込む。
「おいおい、“まゆ”ってアカウント、課長に拾われてるじゃん!」
「ち、違う! たまたま!」
「偶然続きすぎだろ~? まさかホントに……」
「なにを話してる」
声が飛んだ。
氷のように冷たい、でもどこか落ち着いた声。
柊だった。
「課長っ!?」
「勤務中にスマホを見るな」
「す、すみません!」
そう言いながら、
彼の目が一瞬だけ真由の画面に向く。
そして小さく呟いた。
「……リツイート、ありがとう」
(――え?)
一瞬、息が止まった。
まるで別人のように柔らかい声。
そのまま彼は、何事もなかったかのように去っていった。
⸻
昼。
食堂の隅。
トレイを持った美咲が隣に座る。
「ねぇ、さっきの投稿。あなたでしょ?」
「えっ……?」
「課長の投稿に“ありがとう”って返された“まゆ”アカウント。
あれ、あなたの文体そっくり」
「そ、そんな……」
「安心して。誰にも言わない」
美咲はフォークを持ちながら、小さく笑った。
「ただ、気をつけて。柊はね、優しいけど――
本気で守ろうとすると、何でも抱え込むタイプだから」
「……本気で、守る……」
「そう。たとえば、“君のため”って理由で全部の罪をかぶる、とか」
「っ……」
冗談めかしていたけれど、
その言葉の重さに、真由は黙り込んだ。
(……そんなこと、しそう。課長なら。)
⸻
午後。
会議後、真由が資料を片付けていると、
柊がそっと声をかけてきた。
「……少し、いいか」
「はい」
二人きりの会議室。
閉じたドア。
空気が一気に静まる。
「……リツイートの件だが」
「す、すみません! あれ、反応しちゃって……!」
「いや。怒ってはいない」
少し笑う。
その笑顔が、いつもの“氷の柊”じゃなかった。
「君のリツイート、嬉しかった」
「……え」
「どんな言葉より、届いた気がした」
一歩近づく。
真由の心臓が鳴る。
「……でも、皆に見られたら……」
「構わない」
「えっ!?」
「もう、隠せるほど器用じゃない」
彼は、わずかに目を伏せた。
「“理想の上司”なんて言われてるが、俺はそんな人間じゃない。
でも――君が俺の言葉を信じてくれるなら、
それだけでいい」
真由の目が潤む。
「……課長、それって」
「リツイートの告白、ってやつだ」
(……言った)
彼が軽く笑った。
ほんの少し、照れたように。
その瞬間、心が完全に持っていかれた。
⸻
夜。
帰り道、スマホに通知。
《@WORK_LIFE_BALANCE》
「“理想の上司”なんていらない。
君が笑う、それが俺の答えだ。」
その投稿には、真由のリツイートが引用されていた。
“ありがとう”の絵文字付きで。
コメント欄には無数のハート。
でも、真由にはもう一人しか見えなかった。
(……課長、もう隠す気ないですよね)
その夜、真由の心は、静かに決まっていた。
明日、自分から伝える。
12
あなたにおすすめの小説
出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜
泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。
ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。
モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた
ひよりの上司だった。
彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。
彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……
可愛い女性の作られ方
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
風邪をひいて倒れた日。
起きたらなぜか、七つ年下の部下が家に。
なんだかわからないまま看病され。
「優里。
おやすみなさい」
額に落ちた唇。
いったいどういうコトデスカー!?
篠崎優里
32歳
独身
3人編成の小さな班の班長さん
周囲から中身がおっさん、といわれる人
自分も女を捨てている
×
加久田貴尋
25歳
篠崎さんの部下
有能
仕事、できる
もしかして、ハンター……?
7つも年下のハンターに狙われ、どうなる!?
******
2014年に書いた作品を都合により、ほとんど手をつけずにアップしたものになります。
いろいろあれな部分も多いですが、目をつぶっていただけると嬉しいです。
ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない
絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。
恋は襟を正してから-鬼上司の不器用な愛-
プリオネ
恋愛
せっかくホワイト企業に転職したのに、配属先は「漆黒」と噂される第一営業所だった芦尾梨子。待ち受けていたのは、大勢の前で怒鳴りつけてくるような鬼上司、獄谷衿。だが梨子には、前職で培ったパワハラ耐性と、ある"処世術"があった。2つの武器を手に、梨子は彼の厳しい指導にもたくましく食らいついていった。
ある日、梨子は獄谷に叱責された直後に彼自身のミスに気付く。助け舟を出すも、まさかのダブルミスで恥の上塗りをさせてしまう。責任を感じる梨子だったが、獄谷は意外な反応を見せた。そしてそれを境に、彼の態度が柔らかくなり始める。その不器用すぎるアプローチに、梨子も次第に惹かれていくのであった──。
恋心を隠してるけど全部滲み出ちゃってる系鬼上司と、全部気付いてるけど部下として接する新入社員が織りなす、じれじれオフィスラブ。
10 sweet wedding
國樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様
ワケあり上司とヒミツの共有
咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。
でも、社内で有名な津田部長。
ハンサム&クールな出で立ちが、
女子社員のハートを鷲掴みにしている。
接点なんて、何もない。
社内の廊下で、2、3度すれ違った位。
だから、
私が津田部長のヒミツを知ったのは、
偶然。
社内の誰も気が付いていないヒミツを
私は知ってしまった。
「どどど、どうしよう……!!」
私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?
おじさんは予防線にはなりません
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「俺はただの……ただのおじさんだ」
それは、私を完全に拒絶する言葉でした――。
4月から私が派遣された職場はとてもキラキラしたところだったけれど。
女性ばかりでギスギスしていて、上司は影が薄くて頼りにならない。
「おじさんでよかったら、いつでも相談に乗るから」
そう声をかけてくれたおじさんは唯一、頼れそうでした。
でもまさか、この人を好きになるなんて思ってもなかった。
さらにおじさんは、私の気持ちを知って遠ざける。
だから私は、私に好意を持ってくれている宗正さんと偽装恋愛することにした。
……おじさんに、前と同じように笑いかけてほしくて。
羽坂詩乃
24歳、派遣社員
地味で堅実
真面目
一生懸命で応援してあげたくなる感じ
×
池松和佳
38歳、アパレル総合商社レディースファッション部係長
気配り上手でLF部の良心
怒ると怖い
黒ラブ系眼鏡男子
ただし、既婚
×
宗正大河
28歳、アパレル総合商社LF部主任
可愛いのは実は計算?
でももしかして根は真面目?
ミニチュアダックス系男子
選ぶのはもちろん大河?
それとも禁断の恋に手を出すの……?
******
表紙
巴世里様
Twitter@parsley0129
******
毎日20:10更新
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる