上司がSNSでバズってる件

KABU.

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第7話:リツイートの告白

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朝。
通勤電車の中。
車内アナウンスが遠くで流れる中、
真由はスマホの画面を見つめていた。

《@WORK_LIFE_BALANCE》
「“想い”は言葉にすれば届かないこともある。
 けれど、黙っていても伝わる瞬間がある。」

「……また、これ」
まるで、昨日の会話をなぞったような投稿。

(“嘘も本音になる”って私が言った次の日に、これって……)

胸がドクドクする。
誰にも気づかれないように、指でそっと“リツイート”した。

(あの人も見てくれるかな……)

スマホを閉じて顔を上げると、
電車の向こうのドア付近に、見覚えのある後ろ姿があった。

黒のスーツ。
整った肩のライン。
あの姿勢。

(……うそ、課長?)

視線が合った。
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ。
柊は目を細めて、小さく会釈した。

(気づいた……?)

電車が揺れる。
心臓も揺れた。



オフィス。
出社すると、成田が走り寄ってきた。

「おい真由! “理想の上司”、またバズってるぞ!」
「え、また!?」
「今度の投稿、“リツイートの数が想いの数”とか言ってて、
 リツイートした人たちを“ありがとう”って一斉にメンションしてんの!」

「……メンション!?」

慌ててスマホを開く。
通知が溢れている。

《@WORK_LIFE_BALANCEさんがあなたをメンションしました》
「“想い”を受け取った。ありがとう。」

「――っ!」

画面が熱い。
頬も、心臓も。

(なんで……名前出したの?)
(また噂になっちゃう……!)

成田がニヤニヤして覗き込む。
「おいおい、“まゆ”ってアカウント、課長に拾われてるじゃん!」
「ち、違う! たまたま!」
「偶然続きすぎだろ~? まさかホントに……」

「なにを話してる」

声が飛んだ。
氷のように冷たい、でもどこか落ち着いた声。
柊だった。

「課長っ!?」
「勤務中にスマホを見るな」
「す、すみません!」

そう言いながら、
彼の目が一瞬だけ真由の画面に向く。
そして小さく呟いた。

「……リツイート、ありがとう」

(――え?)

一瞬、息が止まった。
まるで別人のように柔らかい声。
そのまま彼は、何事もなかったかのように去っていった。



昼。
食堂の隅。
トレイを持った美咲が隣に座る。

「ねぇ、さっきの投稿。あなたでしょ?」
「えっ……?」
「課長の投稿に“ありがとう”って返された“まゆ”アカウント。
 あれ、あなたの文体そっくり」
「そ、そんな……」
「安心して。誰にも言わない」

美咲はフォークを持ちながら、小さく笑った。

「ただ、気をつけて。柊はね、優しいけど――
 本気で守ろうとすると、何でも抱え込むタイプだから」

「……本気で、守る……」

「そう。たとえば、“君のため”って理由で全部の罪をかぶる、とか」
「っ……」

冗談めかしていたけれど、
その言葉の重さに、真由は黙り込んだ。

(……そんなこと、しそう。課長なら。)



午後。
会議後、真由が資料を片付けていると、
柊がそっと声をかけてきた。

「……少し、いいか」
「はい」

二人きりの会議室。
閉じたドア。
空気が一気に静まる。

「……リツイートの件だが」
「す、すみません! あれ、反応しちゃって……!」
「いや。怒ってはいない」

少し笑う。
その笑顔が、いつもの“氷の柊”じゃなかった。

「君のリツイート、嬉しかった」
「……え」
「どんな言葉より、届いた気がした」

一歩近づく。
真由の心臓が鳴る。

「……でも、皆に見られたら……」
「構わない」
「えっ!?」
「もう、隠せるほど器用じゃない」

彼は、わずかに目を伏せた。

「“理想の上司”なんて言われてるが、俺はそんな人間じゃない。
 でも――君が俺の言葉を信じてくれるなら、
 それだけでいい」

真由の目が潤む。

「……課長、それって」
「リツイートの告白、ってやつだ」

(……言った)

彼が軽く笑った。
ほんの少し、照れたように。
その瞬間、心が完全に持っていかれた。



夜。
帰り道、スマホに通知。

《@WORK_LIFE_BALANCE》
「“理想の上司”なんていらない。
 君が笑う、それが俺の答えだ。」

その投稿には、真由のリツイートが引用されていた。
“ありがとう”の絵文字付きで。

コメント欄には無数のハート。
でも、真由にはもう一人しか見えなかった。

(……課長、もう隠す気ないですよね)

その夜、真由の心は、静かに決まっていた。
明日、自分から伝える。
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