上司がSNSでバズってる件

KABU.

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第8話:課長、好きです

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朝。
いつもの通勤電車。
けれど今日の真由は、心臓の音がいつもよりずっと速かった。

(……今日こそ言う)
(もう、隠したままじゃいられない)

昨日の投稿が何度も頭をよぎる。

《@WORK_LIFE_BALANCE》
「“理想の上司”なんていらない。
 君が笑う、それが俺の答えだ。」

彼の“答え”。
その言葉に背中を押された。



会社。
朝礼前の静かなフロア。
柊課長のデスクに、まだ彼はいない。

真由は書類を整理しながら、
自分の指が微かに震えているのを感じていた。

「……緊張しすぎ」

つぶやいた瞬間、後ろから声。

「何がだ?」

「っ!」
振り向くと、いつの間にか柊が立っていた。

「か、課長……!」
「おはよう。顔が赤いな。熱か?」
「ち、違います! その……あのっ……!」

言葉が喉で詰まる。
言いたいことがありすぎて、
何から出していいかわからない。

彼はいつもの無表情で、
机の上にコーヒーを置いた。

「今日も一日、頼むぞ」
「……はいっ」

一瞬の会話。
それだけで胸が苦しくなる。

(今日こそ、言わなきゃ……!)



昼。
社食。
成田が隣の席にどかっと座る。

「真由~。また“理想の上司”バズってるぞ!」
「え、また!?」
「“俺は理想なんかじゃない。人を好きになるただの男だ”だって!」

「……っ!」
箸が止まる。

(……それ、もう完全に)

「なぁ、これってもしかして……恋愛宣言?」
「さ、さぁ!? 知らないです!」
「藤原、お前、顔真っ赤だぞ」
「う、うるさい!」

そこへ、廊下から柊が通りかかった。
すれ違いざま、目が合う。

彼の視線が一瞬だけ止まった。
そのまま、何も言わずに去っていった。

(……絶対、わかってる)



午後。
プレゼン資料の修正を頼まれ、会議室で二人きりになった。
沈黙。
マウスのクリック音だけが響く。

「藤原」
「……はい」
「昨日のリツイートの件、皆に何か言われたか?」
「少し、からかわれました」
「気にするな」
「でも……課長の方こそ、大丈夫なんですか?」

「俺は、構わない」
「“人を好きになるただの男だ”って……投稿、見ました」

彼の指が止まる。
ゆっくり顔を上げる。

「……そうか」
「課長……あれ、本当ですか?」

沈黙。
長い、深い息。
彼は、目を逸らさずに言った。

「本当だ」

「っ……!」

「けど、立場上……」
「関係ありません!」

真由の声が少し震える。
「誰を好きになっても自由です。
 私は――」

一歩近づく。
机の上の資料が微かに揺れた。

「私、課長のことが好きです」

空気が止まる。
心臓の音が、二人の間に響く。

柊は驚いたように目を見開き、
それから小さく息を吐いた。

「……やっぱり、君は真っ直ぐだな」

「……すみません、職場でこんなこと」
「謝るな。……俺の方こそ、隠していた」

(“隠していた”……やっぱり)

彼はゆっくりと視線を落とす。

「君の投稿、最初に見たとき。
 “頑張ってるのに報われない人”って言葉に、
 心を掴まれた。
 いつの間にか、目で追うようになってた」

「課長……」
「でも、俺は上司だ。君を守る立場だ」
「私だって、もうただの部下じゃいられません」

その瞬間、彼の表情が崩れた。
微かに笑って、でも寂しそうで。

「君は危なっかしい」
「よく言われます」
「……そのままでいい」

(今、確かに届いた)



夜。
ビルを出る。
街のネオン。
風が少し冷たい。

スマホが震える。

《@WORK_LIFE_BALANCE》
「“好き”って言葉は、職場よりも風の方が早く届くらしい。」

ふっと笑って、指で“いいね”を押す。

(もう、隠さなくていいや)

画面を閉じて、空を見上げた。
その空の向こうにも、きっと彼がいる。
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