上司がSNSでバズってる件

KABU.

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第32話:動き出す二つのチーム、離れる距離と埋まる距離

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異動発表の翌週。
オフィスは、春を待つようなそわそわした空気に包まれていた。

真由のデスクには、メールが次々と届く。

【件名:藤原さん、次の広報会議の資料について】
【件名:理想の上司PJ・現場窓口の件で相談】
【件名:来月以降の進行確認をお願いしたい】

(……ほんとに、“現場の顔”って感じになってきた……)

キーボードを叩きながら、思わず息をつく。

すると背後から声がした。

「藤原、進捗はどうだ」

「あっ、課……誠さん。来たんですか」

「顔を見に来ても不自然ではないだろう。この部署に在籍している間は」

「それ、自然な理由に聞こえません」

「自然だ」

「便利ワード!」

彼は隣の椅子に腰を下ろすと、モニターをのぞきこんだ。

「メールの量、増えたな」

「……はい。なんか、毎日“3倍”くらい増えてます」

「いいことだ」

「よくないです! 私のキャパ超えてます!」

「だが、お前ならできる」

真由は顔を上げる。

「……根拠、あるんですか」

「ある。俺が見ていた」

「……課長って、ほんとずるい言い方しますよね」

「誠だ」

「結局それ!」

(……でも、嬉しい)

そこへ成田が勢いよく駆け込んだ。

「ふじわらぁぁぁぁっ! 緊急だ!」

「うわっ、びっくりした! どうしたんですか!」

「外部メディアから、“続編取材”の依頼来たぞ!」

「続編……?」

「“理想の上司プロジェクト”の特集・第二弾だってさ。“柊課長の異動と、チームの新体制”を追うとかなんとか」

「え、そんな……!」

成田はニヤリと笑う。

「で、取材対象は――」

視線が真由に刺さる。

「……私?」

「そう。お前は“チームの顔”だからな」

(……ほんとに来た、“顔”仕事……!)

柊が口を開く。

「受けよう」

「課長!?」

「このタイミングで逃げるのは逆効果だ。“信頼”は見せなければ伝わらない」

「またそういう言い方……!」

成田が肘で真由をつついた。

「おい藤原、覚悟キメとけよ。“理想の上司の後継者”扱いされるぞ」

「後継者は無理ですから!」

「誠を超えればいい」

「絶対無理ですから!」

柊は何事もないようにPCを開きながら、

「不可能と決めるな。お前の声は、すでに組織を動かしている」

「……そんな言われ方……ずるいです」

また言ってしまった。

(ほんと……この人、言葉の選び方が反則すぎる)

午後。
取材を受けるため、真由は会議室へ呼び出された。

カメラマン、記者、広報チーム。
そこにいつも通りのスーツ姿で座る柊。

記者が言う。

「では今日は、“チームの現場を率いる藤原さん”についてお伺いしたいんですが……」

「り、率いる!?」

「はい。“理想の上司プロジェクト”の窓口といえば、藤原さんですから」

(そ、そんな大層な……!)

柊は黙って見ていたが、記者が質問を重ねる。

「柊さん。藤原さんは、どんな“後任”として見ていますか?」

「後任ではない」

即答。

「……では?」

「“相棒”だ」

会議室の空気が止まる。

記者もスタッフも、美咲さえペンを止めた。

真由は、心臓が一瞬にして跳ね上がる。

「か、課長……!」

「事実だ。俺が離れても、このプロジェクトを前に進めるのは彼女だ」

「そ、それは……!」

「君の強みは、“人の想いを拾える”ことだ。それは俺にはできない」

「ちょっと待ってください、そんな……!」

「だから、相棒だ」

周囲のスタッフが一斉に目を輝かせる。

「これは記事の見出し決まりですね」
「“理想の上司、後継者に相棒指名”!」
「強すぎる……!」

真由「やめてくださいってぇぇぇぇぇ!」

取材後、会議室を出る。

「……課長」

「誠だ」

「……誠さん。なんであんな“相棒”なんて言ったんですか」

「適切な言葉だからだ」

「そんな簡単に……!」

「あれは簡単ではない」

「え……?」

「“相棒”と言うのは、責任の半分を任せるということだ」

真由は口を閉じる。

(……半分)

自分が背負っているものが、小さくないと気づかされる。

柊は続ける。

「怖いか?」

「……はい。正直、めちゃくちゃ怖いです」

「逃げるか?」

「逃げません」

即答だった。

自分で驚くほど、迷わなかった。

柊の目が細くなる。

「……その返事を聞ければ十分だ」

「誠さんこそ、ちょっと寂しいんじゃないですか」

「寂しくないといえば嘘になる」

「素直……!」

「異動は事実だ。ただ――」

柊は歩き出し、真由を振り返る。

「距離は、離れても埋められる」

「……!」

「そのための“相棒”だろう?」

(またずるい……でも嬉しい……!)

仕事を終え、ビルを出た夜。
駅まで歩く道は、いつもよりゆっくりだった。

「……誠さん」

「ん」

「異動まで、あと三週間ですよね」

「ああ」

「その……私、ちゃんと強くなれますかね」

柊は立ち止まり、真由の肩にそっと手を置く。

「もう強い」

「……っ」

「足りないなら、俺が埋める」

「……じゃあ、私も誠さんの足りないところ、埋められますか?」

「当然だ」

少しだけ間があって。

「もう、埋めてもらっている」

言葉が、冬の夜気の中でゆっくり溶けていく。

真由は小さく笑った。

「……異動しても、私たち、チームですよね」

「チームだ」

「じゃあ……一つだけ約束してください」

「なんだ」

「“離れたら終わり”なんて絶対に言わないこと」

柊は迷わず答える。

「言わない」

「……ほんとに?」

「保証する」

真由は深呼吸して、一歩だけ彼に近づいた。

「じゃあ、私も約束します」

「?」

「離れても、ちゃんと追いつきます。
 ――誠さんの隣に、また立てるように」

柊の表情が、ほんのわずかに揺れた。

そして静かに言う。

「期待している」

真由の胸が、暖かく満たされていく。

離れていく距離が怖くなくなるほどに。

その夜。

《@WORK_LIFE_BALANCE》
「距離は“壁”じゃない。“進む方向”だ。」

《@mayu_worklife》
「なら私も、同じ方向へ進みます。」

通知の光が消える頃、
二人の距離は、前よりずっと近くなっていた。
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