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第33話:揺れる部署と離れられない距離
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朝。
オフィスの蛍光灯がつくと同時に、真由は深く息を吸った。
(……今日から、誠さんは“異動候補”として動き始める。
でも正式決定はまだ。
“離れても、距離は変わらない”って言ったけど……
仕事の距離は、やっぱり怖い。)
席に座ると、すぐに成田が転がり込んできた。
「真由ぃぃぃ! 聞いたか!? “営業×広報”の合同プロジェクト、再編かもしれないって!」
「……再編?」
「うん。なんか、“理想の上司シリーズ”が想定以上にバズりすぎたから、
上が“ブランディング統括室”っての作るとか作らないとか……!」
「ブランディング……統括室……?」
「まぁ噂だけどな! ただ――」
成田はチラッと、別の方向を見る。
そこには柊誠。
いつも通りの姿で資料をめくっているが、
“見れば見るほど、噂の中心”だ。
「アイツは確実に引っ張られるだろうな」
「っ……!」
(そうだよね。実績、影響力、信用、全部そろってる。
異動……というより“抜擢”。
わかってるけど……でも、嫌だ。)
成田がニヤついたまま肩をすくめる。
「まぁでも、離れたところで恋は止まらねぇだろ?
むしろドラマみたいで燃えるわ」
「燃やさないでください!」
その時だった。
「藤原」
ピシッ。
背筋が固まる。
振り返れば、いつも通りの柊だ。
「会議室Bに来てもらえるか。新規資料の確認だ」
「っ……はい!」
仕事モード。
だけど、その瞳だけが――ほんの一瞬だけ柔らかい。
⸻
会議室B。
ドアが閉まると、空気が変わった。
「……昨日のこと、まだ引きずってるな」
「へっ?」
「表情に出ている。君の良いところでもあり、危ういところでもある」
「……すみません。隠すの、苦手で」
「隠す必要はない」
柊は資料を机に置き、ゆっくりと目を合わせてきた。
「“異動”の件、確率は五分五分だ」
「五分……五分……!?」
「だが、俺はどちらでも動けるよう準備している。
離れた場合の業務フロー、残った場合の継続計画……全部だ」
(……ほんとにこの人は。
仕事が絡むと冷静で速いくせに、私の前ではこうやって……
安心させようとしてくる。)
「……もし異動したら、私、寂しいです」
「知っている」
「知ってるんですか!?」
「昨日の“声”でわかった」
「な、なんでそんな言い方……!」
柊の表情が少しだけ笑う。
「だが――離れても、繋がっている」
胸の奥が熱くなる。
「……恋の話してるのか、業務の話してるのか、どっちですか」
「どちらもだ」
「反則です!」
「また言われたな」
⸻
会議室を出る。
廊下で、美咲が腕を組んで待っていた。
「二人とも。ちょっと来て」
「えっ、またですか?」
「“ブランド統括室”立ち上げ案、正式に議題に上がったわ」
(やっぱり……!)
⸻
広報フロアの奥。
臨時の作戦会議が始まっていた。
部長、役員、そして広報メンバーが集まっている。
部長「今回の炎上とバズを踏まえ、新設室でブランド戦略を一括管理する案が出ている。
それに伴い配置換えが必要だ」
ざわつく空気。
美咲「で、候補が数名。
柊さん、あなたが最優先候補よ」
真由(……わかってた。けど、本当に言われると……苦しい)
部長が続ける。
「藤原さん、君にも話がある」
「……はい」
「“理想の上司シリーズ”の広報担当として評価が高い。
そのまま新体制でも継続してほしい、という声が多い」
「私、ですか……?」
「うん。だが……」
全員が息を呑む。
「“柊と組む”のは禁止になる」
(……来た。)
「結果として、広報と営業で別々になる可能性が高い」
胸がぎゅっと締めつけられた。
(わかってた。わかってたけど……
“禁止”って、そんな言い方……)
柊が静かに立ち上がった。
「部長。一つ質問があります」
「なんだね」
「“禁止”という言葉、業務上の命令として理解します。
だが――」
柊は迷いなく言った。
「“個人としての信頼関係”まで禁止されるわけではありませんよね」
部長「……もちろんだ。
プライベートには干渉しない。
ただ、公務上の線引きは必要だということだ」
柊「なら、問題ありません」
真由(……強い。
どうしてこんなに真っ直ぐ言えるの?
私、泣きそうなのに……)
美咲が優しい声で囁く。
「真由ちゃん、泣くのはまだ早いわよ」
「え……?」
「“別部署でも組める方法”、探すのが私の仕事でしょ?」
(……美咲さん……!)
⸻
会議後。
階段の踊り場。
誰もいない場所で、二人きり。
「……誠さん」
「ん」
「怖かったです。
“禁止”って言葉だけで、こんなに……胸が苦しくなって」
「それは普通だ」
「普通……?」
「大切なものほど失うことを考えてしまう。
だが――失わせない」
「……言い切りましたね」
「言い切れる。俺は、君を手放す気がない」
「……っ」
(ほんとに……なんでこの人は……
私の弱いところを全部見て、全部受け止めようとするの……)
「藤原」
「……はい」
「泣いてもいい」
「……泣きません。
泣くのは、“本当に離れる時”だけです」
「その時が来ないように、俺が努力する」
「……そういうとこです!」
「また言われたな」
「もう! 本当にずるい!」
彼がふっと笑う。
その笑顔が、涙を止めた。
⸻
夜。
Xに上がった投稿。
《@WORK_LIFE_BALANCE》
「“離れる”と“切れる”は違う。
距離が変わっても、絆は変わらない。」
《@mayu_worklife》
「じゃあ私は、絆を信じます。
あなたが“離さない”と言った言葉も。」
コメント欄には――
“この二人、どこまで信じ合ってるんだ……!”
“距離で揺れない関係、尊い”
“異動しても愛は異動しない”
真由は画面を見て、ふっと微笑む。
(離れたって関係ない。
私はもう、逃げない。)
(この恋は、仕事よりもずっと確かな――
私の“選んだ道”なんだから。)
オフィスの蛍光灯がつくと同時に、真由は深く息を吸った。
(……今日から、誠さんは“異動候補”として動き始める。
でも正式決定はまだ。
“離れても、距離は変わらない”って言ったけど……
仕事の距離は、やっぱり怖い。)
席に座ると、すぐに成田が転がり込んできた。
「真由ぃぃぃ! 聞いたか!? “営業×広報”の合同プロジェクト、再編かもしれないって!」
「……再編?」
「うん。なんか、“理想の上司シリーズ”が想定以上にバズりすぎたから、
上が“ブランディング統括室”っての作るとか作らないとか……!」
「ブランディング……統括室……?」
「まぁ噂だけどな! ただ――」
成田はチラッと、別の方向を見る。
そこには柊誠。
いつも通りの姿で資料をめくっているが、
“見れば見るほど、噂の中心”だ。
「アイツは確実に引っ張られるだろうな」
「っ……!」
(そうだよね。実績、影響力、信用、全部そろってる。
異動……というより“抜擢”。
わかってるけど……でも、嫌だ。)
成田がニヤついたまま肩をすくめる。
「まぁでも、離れたところで恋は止まらねぇだろ?
むしろドラマみたいで燃えるわ」
「燃やさないでください!」
その時だった。
「藤原」
ピシッ。
背筋が固まる。
振り返れば、いつも通りの柊だ。
「会議室Bに来てもらえるか。新規資料の確認だ」
「っ……はい!」
仕事モード。
だけど、その瞳だけが――ほんの一瞬だけ柔らかい。
⸻
会議室B。
ドアが閉まると、空気が変わった。
「……昨日のこと、まだ引きずってるな」
「へっ?」
「表情に出ている。君の良いところでもあり、危ういところでもある」
「……すみません。隠すの、苦手で」
「隠す必要はない」
柊は資料を机に置き、ゆっくりと目を合わせてきた。
「“異動”の件、確率は五分五分だ」
「五分……五分……!?」
「だが、俺はどちらでも動けるよう準備している。
離れた場合の業務フロー、残った場合の継続計画……全部だ」
(……ほんとにこの人は。
仕事が絡むと冷静で速いくせに、私の前ではこうやって……
安心させようとしてくる。)
「……もし異動したら、私、寂しいです」
「知っている」
「知ってるんですか!?」
「昨日の“声”でわかった」
「な、なんでそんな言い方……!」
柊の表情が少しだけ笑う。
「だが――離れても、繋がっている」
胸の奥が熱くなる。
「……恋の話してるのか、業務の話してるのか、どっちですか」
「どちらもだ」
「反則です!」
「また言われたな」
⸻
会議室を出る。
廊下で、美咲が腕を組んで待っていた。
「二人とも。ちょっと来て」
「えっ、またですか?」
「“ブランド統括室”立ち上げ案、正式に議題に上がったわ」
(やっぱり……!)
⸻
広報フロアの奥。
臨時の作戦会議が始まっていた。
部長、役員、そして広報メンバーが集まっている。
部長「今回の炎上とバズを踏まえ、新設室でブランド戦略を一括管理する案が出ている。
それに伴い配置換えが必要だ」
ざわつく空気。
美咲「で、候補が数名。
柊さん、あなたが最優先候補よ」
真由(……わかってた。けど、本当に言われると……苦しい)
部長が続ける。
「藤原さん、君にも話がある」
「……はい」
「“理想の上司シリーズ”の広報担当として評価が高い。
そのまま新体制でも継続してほしい、という声が多い」
「私、ですか……?」
「うん。だが……」
全員が息を呑む。
「“柊と組む”のは禁止になる」
(……来た。)
「結果として、広報と営業で別々になる可能性が高い」
胸がぎゅっと締めつけられた。
(わかってた。わかってたけど……
“禁止”って、そんな言い方……)
柊が静かに立ち上がった。
「部長。一つ質問があります」
「なんだね」
「“禁止”という言葉、業務上の命令として理解します。
だが――」
柊は迷いなく言った。
「“個人としての信頼関係”まで禁止されるわけではありませんよね」
部長「……もちろんだ。
プライベートには干渉しない。
ただ、公務上の線引きは必要だということだ」
柊「なら、問題ありません」
真由(……強い。
どうしてこんなに真っ直ぐ言えるの?
私、泣きそうなのに……)
美咲が優しい声で囁く。
「真由ちゃん、泣くのはまだ早いわよ」
「え……?」
「“別部署でも組める方法”、探すのが私の仕事でしょ?」
(……美咲さん……!)
⸻
会議後。
階段の踊り場。
誰もいない場所で、二人きり。
「……誠さん」
「ん」
「怖かったです。
“禁止”って言葉だけで、こんなに……胸が苦しくなって」
「それは普通だ」
「普通……?」
「大切なものほど失うことを考えてしまう。
だが――失わせない」
「……言い切りましたね」
「言い切れる。俺は、君を手放す気がない」
「……っ」
(ほんとに……なんでこの人は……
私の弱いところを全部見て、全部受け止めようとするの……)
「藤原」
「……はい」
「泣いてもいい」
「……泣きません。
泣くのは、“本当に離れる時”だけです」
「その時が来ないように、俺が努力する」
「……そういうとこです!」
「また言われたな」
「もう! 本当にずるい!」
彼がふっと笑う。
その笑顔が、涙を止めた。
⸻
夜。
Xに上がった投稿。
《@WORK_LIFE_BALANCE》
「“離れる”と“切れる”は違う。
距離が変わっても、絆は変わらない。」
《@mayu_worklife》
「じゃあ私は、絆を信じます。
あなたが“離さない”と言った言葉も。」
コメント欄には――
“この二人、どこまで信じ合ってるんだ……!”
“距離で揺れない関係、尊い”
“異動しても愛は異動しない”
真由は画面を見て、ふっと微笑む。
(離れたって関係ない。
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