上司がSNSでバズってる件

KABU.

文字の大きさ
36 / 50

第36話:はじまった“最後の一週間”と触れられない距離の近さ

しおりを挟む
月曜日の朝。

異動発表から一夜明けた会社は、いつもと同じように見えて、どこか違っていた。

(……今日から、“最後の一週間”なんだ)

正確には、まだ正式に席が移るわけじゃない。
誠さんが新しい“ブランド統括室”の準備に入るだけで、
仕事場はまだ同じフロアにある。

それなのに――

“距離が変わる”っていう事実だけで、
空気って、こんなに変わるんだ。

デスクに座ると、成田がすぐ覗き込んできた。

「真由……いよいよだなぁ……」

「その言い方やめて……ドラマの最終回前みたい……」

「だって最終回前だろ。部署的な意味で」

「たしかにそうだけど!」

他の席からも、ちらちらと視線が飛んでくる。

「藤原さん、大丈夫かな……」
「柊さんいなくなったら、広報どうなるんだろ」
「いや藤原さんなら平気でしょ~」

(……そう言ってもらえるのは嬉しい。
 でも、寂しいのは事実だよ……)

そんな中――

「藤原」

その声だけで、体温が一度上がる。

振り返ると、誠さんが資料を片手に立っていた。

スーツの色も、表情も、いつも通りなのに――
まるで“向こう側の人”になっていくみたいで。

「……おはようございます、誠さん」

「おはよう。今日、統括室の準備で席を空けることが多い」

「はい。気をつけてくださいね」

誠さんは小さく頷く。

「無理はするなよ。今日、仕事多いだろ」

「……なんでわかるんですか」

「顔に書いてある」

「書いてません!」

「書いてる」

(……ほんと、人の顔読むの上手いんだから……)

誠さんは去る直前、低い声でだけ呟いた。

「――会えない時間より、仕事に集中しろ。
 その方が“次に会う時”、胸を張れる」

「……っ」

(あぁもう……反則……)



午前10時。

案の定、仕事は山積みだった。
BRIDGEの案件、広報誌の改訂、新広告のチェック、
そして誠さんが抜ける前に共有していた進行表の確認。

(……全部回せる気がしない)

そんな時。

「藤原さん、大変大変!」

営業の若手・三浦くんが飛び込んでくる。

「BRIDGEのクライアントから、修正依頼きてます!
 “資料とプレゼンが違う”って!」

「え!? 違わないはず……!」

急いで資料を開く。

……違っていた。

厳密には、土曜日の時点でクライアントの仕様変更が入っていたのに、
私の方の反映が追いついていなかった。

(しまった……!)

「謝罪メール送って、15時までに修正版作るから、
 三浦くんはクライアントの時間だけ押さえて!」

「了解です!」

ドアが閉まる。

(……やるしかない)

画面に向かい、息を整えて作業に没頭する。

でも――

頭の片隅には“異動”の文字がずっと残っていた。

(……誠さんがいたら、絶対すぐ気づいてくれてたな……)

そう思うのは甘えだってわかってるのに、
脳が勝手に比較してしまう。



午後。

「藤原、大丈夫そうか?」

突然、隣の席から声がした。

「っ……誠、さん……?」

誠さんだった。
統括室の準備の合間に戻ってきたらしい。

「焦った顔してたからな」

「……見てたんですか」

「君の席が視界に入る位置にある」

「それって……ずるいです」

「また言ったな」

誠さんは資料を横から覗き込む。

「修正、俺も手伝う」

「えっ!? だめです、これは私のミスで――」

「仕事を分担するのは当然だ。
 恋人だからじゃない。チームだからだ」

(……っ……!
 なんでそんなに自然に、そういうこと言えるの……)

「……じゃあ、少しだけお願いします」

「任せろ」

二人並んでキーボードを叩く。

距離はいつもより近いのに、
触れられない。

(……もうすぐ、本当にこの席で並べなくなるんだ)

そんな事実が押し寄せてきて、
少しだけ胸の奥がチクっとした。



15時ギリギリで資料が完成し、
謝罪と説明も無事に通った。

ふぅ、と息を吐いた瞬間。

「お疲れ」

ぽん、と頭に手が置かれた。

「ひっ……か、課長……!」

「誠、だ」

「業務中です!!」

「誰も見てない」

「見てるかもしれない!」

「見られて困ることはしてない」

「いや今してます!!」

誠さんは小さく笑って、手を離した。

「ミスは悪いことじゃない。
 それを隠そうとしなければ、な」

(……ほんと、この人、タイミング完璧)



夕方。

誠さんは再び統括室へ戻り、
フロアからいなくなった。

ミーティングも全部別室だし、
数十メートルしか離れてないのに、
“全く会えない”。

(……こんなにすぐ距離ってできるんだ)

ほんの少しの会えなさが、
こんなに胸に残るなんて。



夜。

帰り際、エレベーターに向かって歩いていると、

「藤原」

後ろから呼ばれる。

振り返ると、ネクタイを緩めた誠さんがいた。

「……帰るの?」

「はい。誠さんは?」

「今日はもう終わりだ。一緒に帰る」

(……よかった。今日はこのまま会えないのかと思ってた……)

エレベーターに乗り、二人きり。

「今日、大変だったな」

「……見てました?」

「見なくてもわかる。
 君の“肩の上がり方”で全部わかる」

「そんな分析しないでください!!」

「プロファイリングの基本だ」

「怖いですって!」

エレベーターが降りるにつれ、
二人の距離が自然に近づく。

でも、触れない。

(……今触れたら、泣きそうだから)

外に出ると夜風が冷たくて、
二人の距離がほんの少し縮まった。

「……誠さん」

「ん?」

「今日……すごく忙しかったけど、
 “会えたこと”だけで、なんか救われました」

「それはよかった」

「……誠さんは?
 今日、私に“会えなくて”どうでした?」

誠さんは少しだけ視線を落とす。

「……正直に言うと――」

「はい」

「落ち着かなかった」

「……!」

「視界の端に君がいないだけで、
 仕事のリズムが違う」

「そ、それは……誠さんが依存――」

「してる。認める」

「即答!?!?」

誠さんは横を向いて、小さく笑った。

「でも、それでいい。
 依存じゃなくて“習慣”だ。
 君がいるのが、俺の仕事の形になってる」

(……また反則言った……)

歩幅が揃う。
会話が自然に繋がる。

たったそれだけなのに、

“離れ始めた距離が、すぐそばへ戻る”

そんな感覚になった。



別れ際。

誠さんが少し近づいて、言った。

「週一のルール、守るぞ」

「はい」

「でも、週一じゃ足りない気がする」

「……っ」

「君に会う理由なら、いくらでも作れる」

「だ、だめです!
 仕事サボってまで来たりしたら――」

「しない。
 ただ、“会う努力”は惜しまないと言ってるだけだ」

(……努力なんて言葉、ここで使わないで……!
 本気になっちゃうじゃん……)

「じゃあ……私も努力します」

「どんな?」

「誠さんに“会いたい”って思ったら、
 ちゃんと伝える努力」

一瞬だけ、誠さんの目が大きく見開いた。

「……藤原」

「なにか……まずかったですか?」

「いや」

誠さんは少しだけ息を吸ってから、言った。

「それを聞けただけで、今日の疲れが全部消えた」

夜風が、ふっと優しく通り抜けた。

(あぁもう……この人ほんとに……
 なんでそんな言葉ばっかり……)



その夜。

寝る前にスマホが震えた。

《@WORK_LIFE_BALANCE》
「“会いたい”が素直に言える関係は、離れても壊れない。」

真由は笑って返す。

《@mayu_worklife》
「じゃあ、これからいっぱい言います。
 “会いたい”って。」

(――離れていくはずなのに、
 なんで、こんなに近く感じるんだろう。)

その理由はきっと、

“離れない覚悟を互いに持っているから”。

そう思えた夜だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜

泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。 ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。 モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた ひよりの上司だった。 彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。 彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……

可愛い女性の作られ方

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
風邪をひいて倒れた日。 起きたらなぜか、七つ年下の部下が家に。 なんだかわからないまま看病され。 「優里。 おやすみなさい」 額に落ちた唇。 いったいどういうコトデスカー!? 篠崎優里  32歳 独身 3人編成の小さな班の班長さん 周囲から中身がおっさん、といわれる人 自分も女を捨てている × 加久田貴尋 25歳 篠崎さんの部下 有能 仕事、できる もしかして、ハンター……? 7つも年下のハンターに狙われ、どうなる!? ****** 2014年に書いた作品を都合により、ほとんど手をつけずにアップしたものになります。 いろいろあれな部分も多いですが、目をつぶっていただけると嬉しいです。

10 sweet wedding

國樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

ワケあり上司とヒミツの共有

咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。 でも、社内で有名な津田部長。 ハンサム&クールな出で立ちが、 女子社員のハートを鷲掴みにしている。 接点なんて、何もない。 社内の廊下で、2、3度すれ違った位。 だから、 私が津田部長のヒミツを知ったのは、 偶然。 社内の誰も気が付いていないヒミツを 私は知ってしまった。 「どどど、どうしよう……!!」 私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

おじさんは予防線にはなりません

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「俺はただの……ただのおじさんだ」 それは、私を完全に拒絶する言葉でした――。 4月から私が派遣された職場はとてもキラキラしたところだったけれど。 女性ばかりでギスギスしていて、上司は影が薄くて頼りにならない。 「おじさんでよかったら、いつでも相談に乗るから」 そう声をかけてくれたおじさんは唯一、頼れそうでした。 でもまさか、この人を好きになるなんて思ってもなかった。 さらにおじさんは、私の気持ちを知って遠ざける。 だから私は、私に好意を持ってくれている宗正さんと偽装恋愛することにした。 ……おじさんに、前と同じように笑いかけてほしくて。 羽坂詩乃 24歳、派遣社員 地味で堅実 真面目 一生懸命で応援してあげたくなる感じ × 池松和佳 38歳、アパレル総合商社レディースファッション部係長 気配り上手でLF部の良心 怒ると怖い 黒ラブ系眼鏡男子 ただし、既婚 × 宗正大河 28歳、アパレル総合商社LF部主任 可愛いのは実は計算? でももしかして根は真面目? ミニチュアダックス系男子 選ぶのはもちろん大河? それとも禁断の恋に手を出すの……? ****** 表紙 巴世里様 Twitter@parsley0129 ****** 毎日20:10更新

処理中です...