上司がSNSでバズってる件

KABU.

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第37話:近くて遠い距離と“届けられなかった言葉”

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翌朝。

(……異動まで、あと4日。)

オフィスに着くと、すでに空気が張りつめていた。
広報BRIDGEでは、来週に控える“新ブランド合同発表”の準備で全員がバタバタしている。

「藤原さん、この数値レポートチェックお願いします!」
「藤原、素材データこっちに来てるから確認して!」
「藤原ちゃん、例の記者から追加質問来てるわ!」

「は、はい! 順番で対応します!」

(……うぅ……なんか今日、特に忙しい……!
 誠さんが異動したら、たぶん毎日これになるんだよね……
 ちゃんとやらなきゃ……!)

デスクに座り直すと、社用チャットに通知が届いた。

《柊:今日の昼、10分だけ時間くれないか》

(え――)

すぐに返事を打つ。

《藤原:大丈夫です!》

でも送信直後に、別の通知が重なる。

《柊:すまない。会議がひとつ増えた。
   ……また連絡する》

(……そっか……統括室の準備、もう始まってるんだ……)

胸が少しだけ締めつけられる。

「藤原、顔色悪いぞ?」
成田が横からのぞきこんだ。

「だ、大丈夫です! 仕事詰まってるのはいつものことです!」

「そっちじゃなくて、“課長ロス”の方な」

「な、なんですかそれ!」

「だってお前……柊さんからメッセ来るときだけ、声のトーン変わってるし」

「変わってません!」

(……変わってるのかな……)

美咲も近づいてきて肩をすくめる。

「まあ、あれだけの人が異動するんだからね。
 真由ちゃんが不安になるのも当たり前よ」

「美咲さん……」

「でも、仕事で忙しい時ほど、彼は必ず“隙間時間”に支えてくれるタイプよ」

「……支えて……くれる?」

美咲は自信満々に言った。

「だってアイツ、恋も仕事も器用に見えて不器用なんだから。
 “時間を作る”っていう努力、それしかできないのよ」

(……そう、なのかな)



午前中は怒涛のスケジュール。
修正、確認、差し戻し、また修正。

そして昼。

(誠さん……連絡、来てない……
 会議が長引いてるのかな……)

すると、机の端でスマホが震えた。

《柊:今からなら、5分だけ話せる。ロビー前に》

(っ……!)

慌てて席を立とうとした瞬間、

「藤原さん!! 今すぐ資料の訂正お願いします!
 記者から“掲載内容の差し替え”の連絡来ました!!」

「えぇっ!? ま、待って……っ、すぐやります!」

(……行けない……!)

急いで机に戻り、資料を開く。

(誠さん……ごめんなさい……
 “5分でもいい”って言ってくれたのに……
 行けなくて……)

胸にひりつく痛みが残った。



午後も激務が続いた。

「藤原、例の案件のプレゼン案、今日中に形にしたい。いけるか?」
「……やります!」

(誠さんの異動で、人が少なくなる前に……
 私が動けるようにならないと……!)

必死でキーボードを叩き、視線を行き来させる。

数時間後。

ようやくひと段落したころ、またスマホが震えた。

《柊:昼は来れなかったな。……忙しかったのか?》

(……ちゃんと気づいてる……
 “来なかったこと”にも……
 理由まで……)

真由は深呼吸をして、返事を書いた。

《藤原:すみません……行きたかったんですけど、
    急ぎの案件で離れられませんでした……》

すぐに返信が来た。

《柊:謝るな》
《柊:……無理に時間作るな。俺は大丈夫だ》

(……“大丈夫”って、なんでそんなに言えるんだろう……
 私が会えなくて寂しいのに……
 私が“行けなかった”ことで胸が痛んでるのに……)

《藤原:……でも、行きたかったです》

数秒、返信が止まる。

(……あれ、これ……まずかったかな……
 重いって思われたらどうしよう……)

2分後。

《柊:……俺もだ》

ただその一文で、息が軽くなる。

(……もう……ずるい……)



しかし、その“温度”を感じた直後。

社内で妙な噂が流れ始めた。

「ねぇ聞いた? 柊さん、異動先で女性メンバーと組むらしいよ」
「しかもその人、美人でめちゃ仕事できるらしい」
「“統括室の顔”になるって噂」

(……っ)

急に心臓が冷たくなった。

「藤原、大丈夫か?」
成田が声をかけてくれた。

「だ、大丈夫です……!」

「まぁ噂なんて噂だから。
 でもさ、もし気になるなら、柊さんに聞けばいいんじゃね?」

聞けるわけがない。
自分が子どもみたいに見えるのが怖くて。

でも気になる。

でも聞けない。

そのジレンマが胸の奥をぎゅっと締めつける。



定時後。

珍しく、誠さんから電話ではなく“会議室への呼び出しメッセージ”が届いた。

《柊:会議室C、来られるか?》

(……さっきの噂……本当なんだろうか……)

不安のまま会議室に向かった。

扉を開ける。

「藤原」

誠さんは資料をまとめながら、私の方に視線を向けた。

「今日……昼来れなかったな」

「……すみません」

「違う。“来れなかった理由”を知りたいんじゃない」

「……え?」

誠さんは、少し迷ったように言葉を探した。

「……居場所を作れていないのは、俺の方だと思った」

「……っ」

「部署が離れる今、
 君が俺のところに“来づらい空気”を作ってしまっているんじゃないかと……」

(……そんなわけない……そんなわけないよ……!)

「そ、そんなことないです!」

思わず声が上ずる。

「むしろ……私が勝手に……
 “離れていく準備されてる”みたいに思って……
 不安になってただけで……!」

「準備……?」

誠さんが驚いたように目を細める。

「……噂、聞こえたんです。
 異動先で、同じチームになる女性の方がいるって……」

沈黙。

誠さんは数秒の間だけ表情を動かさず、
そのあと――少しだけ苦笑した。

「……なるほどな。噂は早い」

「本当……なんですか?」

真由の声が震えた。

誠さんはゆっくり、まっすぐ言う。

「“女性がいる”のは事実だ。
 ただし――」

そして静かに続けた。

「俺の“隣に並べる”のは、君だけだ」

(……)

「どれだけ忙しくても、離れても、部署が変わっても。
 そこだけは変わらない」

胸の奥で、何かが溶けていく。

「……誠さん」

「ん?」

「今日……行きたかったです。
 でも仕事があって……
 また“すれ違った”みたいで……」

誠さんは一歩近づいた。

「すれ違ったんなら、
 こうして“会いに行けばいい”だけだ」

顔が熱くなる。

(……ほんとに……ずるい……)

「藤原」

呼ばれる。
名前だけで、こんなに心が揺れるなんて。

「来週からはもっと忙しくなる。
 それでも……」

手が伸びる。
指先がそっと触れた。

「君が寂しくならないように、
 “会いに行く努力”はやめない」

「……はい」

「だから――」

触れた指が、そっと絡む。

「今日の“5分”、また今度くれ」

(……うん……そんなの……言われたら……)

「……いくらでも……渡します」



夜。帰り道。

《@WORK_LIFE_BALANCE》
「“距離”は壁じゃない。
 越えるたびに、絆が強くなる。」

《@mayu_worklife》
「じゃあ、私も越えてみます。
 何度でも。」

スマホの光が、夜風の中で静かに揺れた。

そして――
二人の“一週間前”が、本当の意味で始まろうとしていた。
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