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KABU.

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第42話:異動前ラスト2日“3分通話”と止められない熱

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翌日。

出社してすぐ、私はスマホを見た。

(……まだ来てない。今日の“3分通話”のお知らせ)

昨日の1分通話の破壊力が強すぎて、
“3分”と言われただけで緊張する。

(どうせまた……心臓に悪いこと言ってくるんだろうな……)

仕事に取り掛かろうとした時、

「おはよう、藤原」

(……っ!)

振り返ると、誠さんが立っていた。

スーツ姿でいつも通りなのに、
異動前だからなのか、ほんの少しだけ距離が違って見えた。

「誠さん……本社じゃないんですか?」

「午前は広報側で確認がある。
 “お前の顔”を先に見たかった」

「い、今なんて……?」

「聞こえただろう」

(反則だよ……朝からそんな直球……)

誠さんは小さな紙袋を渡してきた。

「これ。昨日の統括室の疲労回復に」

「……え、なにこれ」

「本社の近くで見つけた。“君が好きそうだと思った”」

開けると――おしゃれな蜂蜜レモンのキャンディ。

「……なんで私が好きって知ってるんですか」

「初めて会った頃から、君がよく舐めていた」

「覚えてたんですか!?」

「当然だ。
 ……俺は、君のことを忘れたことがない」

「ちょ、朝からそんなセリフ言わないでください……!」

誠さんは軽く笑い、広報フロアを見渡した。

「……さて、今日から“あと2日”だ」

「はい……」

「気を抜くなよ。
 離れる前に、まだやることがある」

「え……?」

「お前の不安を全部、消すことだ」

(もう……ほんとに……優しすぎる……)



午前11時。
広報部がざわつき始めた。

「藤原さん! 本社から連絡です!」

「えっ、また!?」

美咲がプリントを持ってくる。

「これね、統括室の依頼。
 “柊さんの作るブランド理念の草稿を広報側で補強してほしい”って」

「……それって……」

成田が言う。

「大抜擢じゃん。“柊ライン”を理解してるのは藤原だけだぞ」

「そうね。“信頼の言葉の使い方”も、
 藤原ちゃんは一番噛み合ってる」

(……そんなのって……)

胸がじんわりと熱くなる。

(誠さんが……私を“隣で働ける人”として見てくれてるってこと……だよね)

「やるよ。私がやります」

美咲がにっこり笑う。

「その意気。恋も仕事も、両方つかみなさい」

「恋の話はしなくていいです!」



お昼前。

スマホが震えた。

《誠:昼。電話ブースで待っていろ》

(来た……“3分通話”……)

緊張で喉が渇く。



昼休み。
私はブースで震える指で画面を開いた。

プルル……プルル……

『藤原』

「……誠さん」

『今日の声は緊張してるな』

「だって……“3分”って……」

『そんなに怖いか?』

「怖いです!」

誠さんが低く笑う。

『じゃあ、3分で“怖がる理由”を消してやる』

「ちょっ……!」

時計がスタートする。

——1分目。

『午前の資料、完璧だった。
 お前がいてくれて助かった』

「……そんな、大したこと……」

『大したことだ。
 俺ができない細かい部分を、全部補ってくれる』

(……補う……そんな……)

『俺はな、異動したくないと思ったのは人生で初めてだ』

「……!」

『理由は一つだ。
 “お前と離れたくない”』

(……やめて……涙出る……)

——2分目。

『昨日、お前が言っただろう。
 “誠さんの隣に立ちたいから、弱いとこ見せなかった”と』

「……はい……」

『それを聞いて思った。
 お前はもう、俺の“チーム”じゃなくて“相棒”なんだと』

「……さ、相棒……?」

『そうだ。
 俺が信頼して、頼れる唯一の人間だ』

(……ほんとに……心臓無理……)

『だから、お前が俺を支えてくれるなら……
 俺も全力で支える』

——3分目。

『藤原』

「……はい」

『離れたら不安だろう』

「……はい……」

『その不安を全部、俺が受け取る』

「え……?」

『お前は不安を持たなくていい。
 “俺がいる”ってだけ、覚えていればいい』

(……っ……!)

『それで十分だ』

呼吸が止まる。

本当に、泣いてしまいそうだった。

「……誠さん」

『まだ30秒ある。
 泣くなら聞いてやる』

「泣きません……!」

『強がるな』

「泣かせようとしないで……!」

『泣かせたい』

「なんでぇぇぇぇ!!」

『“泣けるほど想ってくれてる”のだとしたら、
 この上なく嬉しい』

「っ……!」

『3分だ。また夜に話す』

通話が切れる。

私は壁にもたれて座り込んだ。

(……こんなの……好きにならない方が無理だよ……)



午後。
仕事に集中しようとするほど、さっきの“3分”が支配してくる。

成田がのぞき込む。

「おーい真由ー? 顔真っ赤だぞ?」

「な、なんでもないです!!」

美咲がコーヒーを渡してくる。

「“3分の威力”ってやつね?」

「なんで知ってるんですかぁ!!」

「そりゃ柊さんが“今日3分”って言ってたもの」

「本人が言ったんですか!?」

「うん。“あいつは3分必要だ”って」

(……そんな宣言やめて……!)



夕方。

本社から連絡が来た。

《統括室:理念草稿共有。
 藤原さんの意見を反映させたいので、
 明日も本社に来てください。》

美咲が喜ぶ。

「真由ちゃんすごいじゃない!」

成田「広報の顔になってきたな~!」

(……そうじゃない。
 嬉しいのは……誠さんの隣に、仕事でも立てたこと……)

その時――

スマホが光った。

《誠:外に出ろ。ビルの前で待っている》

「えっ……!」



ビルの前。

夕暮れの空。

誠さんが、背中越しに振り向いた。

「……来たな」

「どうしたんですか、急に」

「お前の顔を見ないと、今日が終わらない」

(やめて……やめて……)

「少し歩くぞ」

「え、帰り……一緒に……?」

「当たり前だ。
 “会える日は会う”と決めただろう」

(決めたけど……!)



歩道。
二人並んで歩く距離は、昨日より近かった。

「……明日、本社ですよね。
 また会えますか?」

「もちろんだ」

横顔が静かに笑う。

「明日は“もっと近くにいる”。
 覚悟しておけ」

「な……なにする気ですか!」

「自然体だ」

「自然体禁止!!」

誠さんは立ち止まり、こちらを見る。

その目が、いつもよりも熱かった。

「藤原」

「……はい」

「異動前に、ひとつだけ約束しろ」

「……?」

「“俺から離れない”と」

「……っ……!」

息が、止まった。

誠さんは一歩近づいて言う。

「距離ができても、言葉があれば繋がる。
 信じられるなら、離れない」

「……離れません」

震える声で言った。

「絶対に、離れません」

誠さんが目を伏せて、静かに言った。

「……それが聞けて、安心した」

ビルの灯りが二人を照らし、
その距離はもう、誰にも切れなかった。



夜。

《@WORK_LIFE_BALANCE》
「“離れない”と言われた瞬間、人は強くなれる。」

《@mayu_worklife》
「離れたくないんじゃなくて、
 “あなたと歩きたい”だけです。」

数秒後。

《@WORK_LIFE_BALANCE》
「その言葉があれば、異動なんて怖くない。」

(……私も、怖くない。)
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