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第43話:異動前ラスト1日“会えない時間”が想いを試す
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今日が──誠さんの“異動前ラスト1日”。
朝のオフィスに入った瞬間、
胸の奥がぎゅっと縮まった。
(……これで本当に、同じフロアで働けるのは最後なんだ)
昨日までと同じ景色なのに、
全然違う場所みたいに見える。
成田がコーヒーを置きながら言った。
「真由、顔こわいぞ。大丈夫か?」
「だ、大丈夫……なはず……」
「“なはず”って時点で大丈夫じゃないんだよなぁ」
ニヤッと笑う成田。
でもその目はいつもより優しかった。
「……まぁ、今日は特別だよ。な?」
「……うん」
本当に今日は、特別だ。
背後から低い声が落ちてきた。
「藤原」
ビクッと肩が跳ねる。
振り向くと──誠さん。
スーツの襟を整えながら、
いつも通りの落ち着いた表情で立っていた。
「おはようございます、課長」
「誠、だ」
「だから業務中は……」
「“今日までは”業務中だが、今日が最後だ」
「っ……!」
やめて。
ほんとに泣きそうになるから、そんな言い方。
誠さんは少しだけ歩み寄り、
聞こえるか聞こえないかの声で言った。
「……後で、話したい。時間、確保してある」
「……はい」
それだけで胸が熱くなるのに、
その横顔はいつもよりどこか切なくて。
(……ダメだ。最後まで泣かないって決めたのに……)
⸻
午前中は会議が詰まっていて、
誠さんの姿がすぐに扉の向こうへ飲まれていった。
資料を印刷している時、
ふとモニター画面が視界に入る。
《ブランド統括室・メンバー一覧(新設)》
そこには、
【統括責任者:柊 誠】
の文字。
(……本当に行っちゃうんだな)
胸がきゅっとする。
そんな時、隣から美咲が声をかけてきた。
「真由ちゃん、今日……泣く?」
「な、泣きません! わざわざ仕事中に!」
「まぁ泣くよね。女だからじゃなくて、あれは泣く案件だもの」
「案件とか言わないでください!」
美咲は腕を組んで言った。
「でもさ、距離できるって“悪いこと”じゃないよ?」
「……?」
「近くにいた時には気づかなかったこと、距離あくと見えてくるから」
それは、すごく優しい言葉で。
そして少し怖い言葉でもあった。
⸻
昼休み。
カフェテリアはざわざわしていた。
「柊さん、今日で最後なんでしょ? こっちのフロア」
「統括室って別館だからねぇ……遠いよね」
「藤原さん、大丈夫? 離れ離れ~って感じじゃない?」
(……周り、ほんと容赦ない……!)
成田がポテトをつまみながら言った。
「まぁでも真由、週1ルールあるんだろ?」
「っ……ちょっと、なんで知ってるの!?」
「誠さんが朝、俺に“藤原を週一確保する”って言ってた」
「やめてよぉぉぉぉ!!!!!」
今日、心臓なんこ壊れるの?
成田はわざとらしく咳払いした。
「まぁ、とりあえず……行ってこいよ」
「……え?」
成田が視線で示す先には──
カフェテリアの入口でこちらを見る誠さん。
(……なんでそんなタイミングよく……)
誠さんは軽く顎で“外に出ろ”と合図をしてきた。
(……もぉ……ほんとに反則……)
⸻
ビルの外。
春の風が少しだけあたたかい。
誠さんが隣に並ぶ。
「うるさかっただろ、昼」
「うるさかったです……いろいろ……!」
「だろうな」
その横顔が、やけに柔らかい。
(……“最後の日”だから?)
自然と私も、少し近くに立ってしまう。
「藤原」
「はい」
「……君、今日……泣かないのか?」
「泣きません。絶対に」
「なぜだ」
「泣いたら……“離れる”って実感しちゃうから」
誠さんの視線が、静かに私を捉えた。
その目が──いつもよりずっと優しい。
「……そうか」
「……はい」
沈黙が落ちる。
風の音だけが聞こえる中、誠さんは続けた。
「泣かないようにしてくれているのは嬉しいが……」
「…………?」
「俺は、泣かれてもいいと思っている」
「……っ!」
「君がそれだけ“想ってくれている”ということだからな」
(ほんと……この人って……)
私が喋れなくなるのを見計らっているのかなって思うくらい、
タイミングが完璧すぎる。
誠さんは空を見上げて言った。
「これから、忙しさは今以上になる。
俺も、君も。
だから……“すれ違う時間”は必ず出てくる」
「……はい」
「その時、今日のことを思い出せ」
「今日の……?」
誠さんは、まっすぐ私を見た。
「“離れるのが怖いほど大切だと思える相手”に会えた日だ」
「……っ!!」
ダメだ。
その言葉はずるい。
泣けって言ってるようなもんじゃん……!
唇を噛んで上を向いた瞬間──
誠さんが、そっと手を伸ばし、髪を撫でた。
「泣いてもいい」
「……っ……!」
「今日だけは、許す」
涙が落ちる。
(もう……反則しかしてこない……!
なんで……なんでこんな日に優しいの……!)
でも。
泣いたのに、全然苦しくない。
不思議だった。
誠さんが、涙を指で拭う。
「……耳、赤いぞ」
「い、今それ言います!?」
「言う。言いたかった」
「もうっ……!」
風の中で笑い合った。
泣いたのに、笑えた。
これが、私たちの“最後の1日”なんだって思うと
鼻の奥がツンと痛んで、また涙が出そうになるけど……
誠さんがそっと言った。
「また会う。来週でも、明日でも、いつでもな」
「……はい」
「だから今日が“最後”なんじゃない」
「……?」
「今日から始まるんだ、“離れても支え合う関係”が」
胸が熱くなる。
誠さんは、少し照れたように微笑んだ。
「……これが俺の、異動前の最後の言葉だ」
「っ……誠さん……!」
思わず抱きつきそうになって踏みとどまる。
人目があるのにギリギリ気づいた。
誠さんは少しだけ離れた位置で、小さく囁く。
「あとで……屋上に来い。誰もいない時間にする」
「っ……!」
顔が一気に熱くなった。
(……やっぱり最後に反則してくるんだ、この人……)
朝のオフィスに入った瞬間、
胸の奥がぎゅっと縮まった。
(……これで本当に、同じフロアで働けるのは最後なんだ)
昨日までと同じ景色なのに、
全然違う場所みたいに見える。
成田がコーヒーを置きながら言った。
「真由、顔こわいぞ。大丈夫か?」
「だ、大丈夫……なはず……」
「“なはず”って時点で大丈夫じゃないんだよなぁ」
ニヤッと笑う成田。
でもその目はいつもより優しかった。
「……まぁ、今日は特別だよ。な?」
「……うん」
本当に今日は、特別だ。
背後から低い声が落ちてきた。
「藤原」
ビクッと肩が跳ねる。
振り向くと──誠さん。
スーツの襟を整えながら、
いつも通りの落ち着いた表情で立っていた。
「おはようございます、課長」
「誠、だ」
「だから業務中は……」
「“今日までは”業務中だが、今日が最後だ」
「っ……!」
やめて。
ほんとに泣きそうになるから、そんな言い方。
誠さんは少しだけ歩み寄り、
聞こえるか聞こえないかの声で言った。
「……後で、話したい。時間、確保してある」
「……はい」
それだけで胸が熱くなるのに、
その横顔はいつもよりどこか切なくて。
(……ダメだ。最後まで泣かないって決めたのに……)
⸻
午前中は会議が詰まっていて、
誠さんの姿がすぐに扉の向こうへ飲まれていった。
資料を印刷している時、
ふとモニター画面が視界に入る。
《ブランド統括室・メンバー一覧(新設)》
そこには、
【統括責任者:柊 誠】
の文字。
(……本当に行っちゃうんだな)
胸がきゅっとする。
そんな時、隣から美咲が声をかけてきた。
「真由ちゃん、今日……泣く?」
「な、泣きません! わざわざ仕事中に!」
「まぁ泣くよね。女だからじゃなくて、あれは泣く案件だもの」
「案件とか言わないでください!」
美咲は腕を組んで言った。
「でもさ、距離できるって“悪いこと”じゃないよ?」
「……?」
「近くにいた時には気づかなかったこと、距離あくと見えてくるから」
それは、すごく優しい言葉で。
そして少し怖い言葉でもあった。
⸻
昼休み。
カフェテリアはざわざわしていた。
「柊さん、今日で最後なんでしょ? こっちのフロア」
「統括室って別館だからねぇ……遠いよね」
「藤原さん、大丈夫? 離れ離れ~って感じじゃない?」
(……周り、ほんと容赦ない……!)
成田がポテトをつまみながら言った。
「まぁでも真由、週1ルールあるんだろ?」
「っ……ちょっと、なんで知ってるの!?」
「誠さんが朝、俺に“藤原を週一確保する”って言ってた」
「やめてよぉぉぉぉ!!!!!」
今日、心臓なんこ壊れるの?
成田はわざとらしく咳払いした。
「まぁ、とりあえず……行ってこいよ」
「……え?」
成田が視線で示す先には──
カフェテリアの入口でこちらを見る誠さん。
(……なんでそんなタイミングよく……)
誠さんは軽く顎で“外に出ろ”と合図をしてきた。
(……もぉ……ほんとに反則……)
⸻
ビルの外。
春の風が少しだけあたたかい。
誠さんが隣に並ぶ。
「うるさかっただろ、昼」
「うるさかったです……いろいろ……!」
「だろうな」
その横顔が、やけに柔らかい。
(……“最後の日”だから?)
自然と私も、少し近くに立ってしまう。
「藤原」
「はい」
「……君、今日……泣かないのか?」
「泣きません。絶対に」
「なぜだ」
「泣いたら……“離れる”って実感しちゃうから」
誠さんの視線が、静かに私を捉えた。
その目が──いつもよりずっと優しい。
「……そうか」
「……はい」
沈黙が落ちる。
風の音だけが聞こえる中、誠さんは続けた。
「泣かないようにしてくれているのは嬉しいが……」
「…………?」
「俺は、泣かれてもいいと思っている」
「……っ!」
「君がそれだけ“想ってくれている”ということだからな」
(ほんと……この人って……)
私が喋れなくなるのを見計らっているのかなって思うくらい、
タイミングが完璧すぎる。
誠さんは空を見上げて言った。
「これから、忙しさは今以上になる。
俺も、君も。
だから……“すれ違う時間”は必ず出てくる」
「……はい」
「その時、今日のことを思い出せ」
「今日の……?」
誠さんは、まっすぐ私を見た。
「“離れるのが怖いほど大切だと思える相手”に会えた日だ」
「……っ!!」
ダメだ。
その言葉はずるい。
泣けって言ってるようなもんじゃん……!
唇を噛んで上を向いた瞬間──
誠さんが、そっと手を伸ばし、髪を撫でた。
「泣いてもいい」
「……っ……!」
「今日だけは、許す」
涙が落ちる。
(もう……反則しかしてこない……!
なんで……なんでこんな日に優しいの……!)
でも。
泣いたのに、全然苦しくない。
不思議だった。
誠さんが、涙を指で拭う。
「……耳、赤いぞ」
「い、今それ言います!?」
「言う。言いたかった」
「もうっ……!」
風の中で笑い合った。
泣いたのに、笑えた。
これが、私たちの“最後の1日”なんだって思うと
鼻の奥がツンと痛んで、また涙が出そうになるけど……
誠さんがそっと言った。
「また会う。来週でも、明日でも、いつでもな」
「……はい」
「だから今日が“最後”なんじゃない」
「……?」
「今日から始まるんだ、“離れても支え合う関係”が」
胸が熱くなる。
誠さんは、少し照れたように微笑んだ。
「……これが俺の、異動前の最後の言葉だ」
「っ……誠さん……!」
思わず抱きつきそうになって踏みとどまる。
人目があるのにギリギリ気づいた。
誠さんは少しだけ離れた位置で、小さく囁く。
「あとで……屋上に来い。誰もいない時間にする」
「っ……!」
顔が一気に熱くなった。
(……やっぱり最後に反則してくるんだ、この人……)
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