上司がSNSでバズってる件

KABU.

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第46話:離れても“週1”が守れない夜

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朝のオフィスは、昨日までとまったく同じ景色なのに、
隣の席に誠さんがいないだけで、別の世界みたいに静かだった。

(……今日から、本当に“別フロア”なんだな)

広報部のざわざわした空気の中に、ひとりだけぽつんと取り残された感じ。

周りはいつも通りなのに、感覚だけが変わる。

「真由~~、顔死んでるけど?」
成田が缶コーヒーを持って近づいてくる。

「……死んでない。ちょっと眠いだけ」

「はい嘘。わかりやす~~い“恋患い”な」

「やめて……その言い方ほんと刺さるから」

成田はにやりと笑いながら席に戻る。
慣れてるのが本当にムカつく。

(……でも、ほんとのことなんだよね)

昨日の夜、誠さんと“週1会うルール”を決めた。

離れたくない。
でも、離れても揺れないように――
あの約束は、お守りみたいなものだった。

胸の奥が少し温かくなる。

(……会える。週に一度は、絶対に)

そう思った瞬間。

ピコン、とスマホが震えた。

《誠:今日は挨拶回りが多い。昼は顔を出せない。夕方も難しいかもしれない》

(……えっ。)

まだ始まったばかりの“離れた日常”なのに、いきなり壁が落ちてきた。

すぐ返す。

《真由:大丈夫です。仕事優先してくださいね。》

送信して、胸にズキッと痛みが走る。

(大丈夫って言ったけど……本当は全然大丈夫じゃない)



昼。

広報フロアで、美咲が声をかけてきた。

「真由ちゃん、大丈夫? 表情が“繋がらないWi-Fi”みたいよ」

「例えが切実すぎます……」

「まぁ離れたばっかりだしね。慣れるまでは揺れるわよ。
 でも、誠さんなら大丈夫でしょ。あの人、恋に関して真面目すぎるくらい真面目なんだから」

「……そうですね」

(わかってる。わかってるけど……)

スマホを見ても通知はない。



15時。

《誠:ミーティングが連続してる。少し返信できない》

たった一文なのに、胸の奥がぎゅっと縮む。

(あ……ほんとに忙しいんだ)

私は仕事を続けているけど、文章は全部頭の上を通り過ぎていく。
集中しなきゃって思うほど、胸のモヤモヤが増える。

――そして、17時。

最後のメール。

《誠:今日はもう帰れなそうだ。週1の約束、初週から守れずすまない》

(……っ)

“すまない”じゃない。

会いたいって気持ちだけが、胸に張りついて痛い。



夜。

オフィスはほとんど人がいなくなった。
パソコンの光が少しだけ寂しさをごまかす。

成田が上着を持って帰り支度をしている。

「真由、帰らないのか?」

「……もうちょっと残ってます」

「そっか。無理すんなよ?」

「うん。ありがとう」

成田が去ると、急に静かになる。

(……この静けさ、いつもなら誠さんがいた場所だった)

椅子の横に置かれた空の席を見つめる。

寂しいなんて、言えない。
言わないって決めたのに。

でも、心はちゃんと痛い。

(……会いたい)

そう思った瞬間。
ポンッとスマホが光った。

画面には――

《誠:まだ会社にいるのか》

(……え?)

すぐ返す。

《真由:います。今日は帰るタイミング逃しました》

すぐに既読がつく。

《誠:5分だけ、顔を見せてほしい》

(……っ!!)

心臓が跳ねた。



エレベーターで別フロアに着くと、
廊下の奥に、疲れたスーツ姿の誠さんが立っていた。

「……誠さん」

「来てくれたか」

声が少しだけ掠れている。
目の下のクマ。ネクタイは少し乱れている。

仕事で戦ってきたんだって、一目でわかる顔。

「……ごめんな。約束、守れなかった」

「そんな……謝らないでください……」

「いや。今日は“最初の週1”だったのに」

「でも、来てくれましたよね。
 時間なんて関係ないです。……会えたから」

誠さんが、静かに目を細めた。

「……そう言われると、救われる」

そして、少し歩み寄った。

「真由」

「……はい」

「来い」

その一言だけで、心が全部ふわっと溶けた。

気づけば腕の中に引き寄せられていた。

ぎゅ、と。

背中に回された手の温度が、
今日のモヤモヤを全部溶かしていく。

「……会えなくて、苦しかった」

「誠さん……」

「本当は、今日……
 “離れても大丈夫だ”って証明する日だったのにな」

「……証明できてますよ」

顔を上げると、誠さんは驚いたように目を見開いた。

「だって、離れてても……
 ちゃんと、想ってくれてるのが伝わるから」

誠さんが、ほんの少しだけ笑った。

「……お前には敵わないな」

「知らないです」

額と額が触れる距離で、
互いの呼吸が混ざる時間がしばらく続いた。



別れ際。

「次の“週1”は、俺が必ず守る」

「はい」

「……離れたからこそ、もっと大切にする」

「……私もです」

エレベーターの扉が閉まる直前。

「真由」

「?」

「好きだ」

「……っ」

扉が閉まり、声はそこで途切れた。

でも胸の鼓動は、
その一言ひと言で満たされていく。



夜。

スマホが震えた。

《@WORK_LIFE_BALANCE》
「“離れているほど、想いが強くなる”というのは本当らしい。」

その投稿に、私はこう返した。

《@mayu_worklife》
「だから、次の“会える日”を信じて待ちます。」

送ったあと、胸があたたかくなった。

(離れても、大丈夫。
 だって――待ちたいと思える人がいるから。)
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