上司がSNSでバズってる件

KABU.

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第45話:離れても“終わらない”を証明する初日

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翌朝。
異動初日のフロアは、昨日と同じはずなのに、全然違って見えた。

私の席からは、もう誠さんの背中が見えない。
(……これ、思ってた以上に寂しい……)

PCを立ち上げる手が少し震えた。
でも、昨日の言葉が胸の中でじんわり残ってる。

“会えない日は、次に会う日のために動いているだけだ”

(……ほんとズルい。あれ言われたら、今日絶対泣けないじゃん)

メールを見ていると、横から成田が顔を出した。

「……大丈夫か?」

「うん……たぶん?」

「“たぶん”って言ってる時点で大丈夫じゃねぇじゃん」

「ちが……昨日ちゃんと話したから……気持ちは落ち着いてるし……」

「はいウソ。表情に“誠不足”って書いてある」

「書いてない!」

「いや、もう心ここにあらずって感じ~」

美咲まで近づいてきた。

「まぁ、今日からは“離れても続く恋”の実験よね」

「実験って言わないでください!」

美咲は腕を組んで頷く。

「でも本当に、ここからが本番よ。
 二人が築いた信頼が、本物かどうかが試される時期」

(うん……それは、わかってる)

「……頑張ります。ちゃんと」

成田がガッと私の背中を叩いた。

「真由ならできるよ。あいつの相手なんて、お前じゃなきゃ務まんねぇよ」

「……成田さん、それ褒めてます?」

「当たり前だろ!」

(なんか……言い方は雑だけど、ちょっと元気になる)

そのとき、社内チャットが低く鳴った。

【柊 誠 → 藤原 真由】
《おはよう》

(……っ)

たった一言なのに、胸がきゅってなる。
返信しようとした瞬間、また通知。

《今日は一日会議が続く。
 だが、昼に三分だけ時間ができる。
 可能なら来てほしい》

(……三分!?)

でも、三分でも会えるなら、それは十分すぎる。

《行きます》

送った瞬間、手が熱くなった。



昼休み。
時計を何度も確認しながら、私は新設のブランド統括室へ向かった。

緊張しすぎて、歩くスピードが変になってる気がする。

統括室の前で深呼吸。ノックも忘れそうだった。

「……失礼します」

扉を開けると、誠さんがすぐにこちらを見た。
会議テーブルにはまだ資料が広がったまま。

「来てくれたか」

「三分って聞きましたけど……大丈夫でした?」

「大丈夫だ」

誠さんは時計を確認してから、私の前に立つ。

「……どうだ。初日は」

「……まだ、ちょっと慣れてません」

「そうか」

「でも……昨日の言葉、思い出しました」

誠さんの目が少しだけ柔らかくなる。

「なら、今日来てもらえてよかった」

「え?」

誠さんが少しだけ前に出る。
距離が詰まって、呼吸が浅くなる。

「“会えない”が続くと、不安になるだろう」

「はい……正直……」

「だから、こうやって短い時間でも顔を見れば、安心する」

「誠さんが……ですか?」

「もちろんだ」

胸の奥がじんわり熱くなる。

「藤原」

「はい」

「今日、君の顔を見れたから……あと五時間は仕事ができる」

「……五時間?」

「さすがに一日分は持たないな」

「えっ、それどういう意味ですか!?」

「つまり――」

誠さんは控えめに笑って、静かに言った。

「俺は、意外と君に依存している」

「……………………」

思考が止まった。
いや、止まるに決まってる。
そんなこと急に言われたら、フリーズしない方がおかしい。

「……依存?」

「悪い意味ではない。
 君を見れば、気持ちが安定する。
 それだけの話だ」

「……っ、そんなの……ずるすぎます……」

「ずるいか?」

「ずるいです。そんなこと言われたら……」

「言われたら?」

「今日、絶対泣けないじゃないですか……!」

誠さんの表情が、ふっと緩んだ。

「泣かせるつもりはない」

「もう泣きそうです……!」

「……あと二分しかない」

「まだ三分経ってません!?」

「君と話していると、体感が一瞬になる」

「そんな漫画みたいなこと……!」

「俺は本気だ」

(ああもう……ずるい、本当にずるい……)

気づけば涙がにじんでいた。
でも、それは寂しさじゃなくて、安心の涙。

誠さんはそっと私の頬を人差し指で拭った。

「泣くほど無理をするな。
 会いに行くと言っただろう」

「……はい」

「明日も来いとは言わない。
 ただ、辛い日は……迷わず呼べ」

「呼んで……いいんですか」

「当たり前だ」

三分が経とうとしていた。

誠さんは最後にもう一度、短く確かめるように言った。

「俺たちは終わらない。
 今日一日くらいで揺れる関係じゃない」

「……はい」

「行ってこい。頑張りすぎるな」

「……が、頑張りすぎます……!」

「それは問題だな」

微笑みながら、誠さんは扉の方へ促した。

私は深呼吸して、頭を下げ、扉へ向かった。

最後に振り返ると、誠さんもこちらを見ていた。

ほんの少しだけ、嬉しそうに。

(離れても……ちゃんと繋がってる)

扉を閉めたとき、胸が軽くなっていた。



デスクに戻ると、成田がすぐ寄ってきた。

「三分デートでもしてきたか?」

「してません!!」

「嘘つけ~。顔が元気になってるぞ」

「……っ、まぁ……少しだけ話しました」

美咲が腕を組んで言う。

「いいじゃない。“短くても会う”って大事よ」

「はい……」

(ほんとに……大事なんだって、今日わかった)

胸の奥が温かいまま、仕事に戻った。

その温かさは夜までずっと消えなかった。

(……明日もきっと、大丈夫)
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