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第一章:偽装難民と高圧魔力
しおりを挟む帝都への街道。
鼻をつくのは、濡れた土と鉄錆、そして、古血の匂い。
ヴァンは窓枠に肘をつき、退屈そうに外を流れる景色を眺めていた。
街道の向こう側を歩く、難民の列。
「なぁ、シンカク」
ヴァンが低い声で呟く。
「あの難民、妙だと思わないか?」
「……?」
シンカクが仮面の奥から視線を向ける。
「靴だ」
ヴァンが指差した。
「ここまで逃げてきたはずなのに、あいつらのブーツ、底がほとんどすり減ってねぇ。それに足取りが揃いすぎてる」
あれは難民じゃない。
獲物を狙うための、**偽装**だ。
「……厄介な予感しかしねぇな」
ヴァンは試しに、飲みかけの水筒を窓から落とした。
ポロッ。
その瞬間。
難民の一人が、泥道を転がる水筒を、見向きもせずに足の甲で完璧に受け止めた。
無意識の反射。
鍛え上げられた戦士の動き。
男と、ヴァンの視線が交錯した。
「チッ、勘のいいガキだ」
ヒュンッ!!
警告も怒号もなく、殺意だけが飛んできた
男が袖口を振るった瞬間、不可視の刃が空を切り裂く。
瞬発魔導による、風の魔弾。
ガッ!!
ヴァンの顔の横、馬車の窓枠に、見えないナイフが深々と突き刺さった。
あと数センチずれていれば、眼球を抉られていただろう。
「ッ!」
ヴァンが反射的に身を引く。
「やれ!!」
男が短く命じた。
バッ!
数人の男たちがボロ布を脱ぎ捨てる。
重い鎧ではない。
動きやすさを重視した革の装備、だが、その表面には高出力の魔導回路が禍々しく脈動していた。
「強化暗殺兵かよ……!」
ヴァンが舌打ちした。
「ただの野盗にしちゃ、手際が良すぎるだろ」
シンカクが音もなく立ち上がり、ドアに手をかける。
「敵性体、多数」
声に抑揚はない。
恐怖も、緊張もない。
ただの事実確認。
「排除します」
「あー、クソ。頼むわ」
ヴァンも続いて馬車から飛び降りた。
このまま逃げるのも手だ。
商隊を囮にしている間に、帝都へずらかることもできる。
だが、数が多すぎる。
完全にこちらを包囲する陣形だ。
「チッ……」
ザッ!!
刺客の一人が、爆発的な加速でヴァンに肉薄した。
魔力強化された脚力が、泥濘を深く抉る。
「ガキがっ!!」
「魔力もねぇくせに!」
「調子に乗るな!!」
拳が迫る。
殺気が肌を刺す。
ヴァンの魔力は、確かに弱い。
体表に浮かぶ魔導回路の光も、蛍火のように頼りない。
雑魚。
格下。
一撃で挽き潰せる。
刺客はそう確信し、油断した。
それが、命取り。
ゴッ!!
ヴァンの拳から、異常な密度の魔力が噴き出した。
「ッ!?」
刺客が目を見開く。
ドスッ!!
拳と拳の衝突。
激突の瞬間
ヴァンの拳から噴き出した魔力が、敵の護身障壁を砕き割った。
ガラスのように。
「が、ッ!?」
衝撃で硬直した一瞬。
ヴァンの身体が流れるように懐へ入り込む。
手首を掴み、関節を極め、投げる。
メキィッ!!
人体が地面に叩きつけられる、嫌な音が響いた。
ゴロン。
衝撃でフードが外れる。
露わになったのは、獣の耳。
「……亜人?」
ヴァンが目を細めた。
地面に押さえつけられているのは、少女だった。
狼の耳と尻尾。
野性的な顔立ちの、幼い少女。
ヴァンは内心で深いため息をついた。
(能ある鷹を気取るつもりはねぇんだがな……)
彼には、転生特典なんてない。
無詠唱? できない。
無限魔力? あるわけない。
システム? クソ食らえだ。
あるのは、母が遺した、一冊のノートだけ。
『高圧魔力』
『水鉄砲の水圧だって、極限まで圧縮すれば鉄板を貫ける』
『なら、魔力だって同じことでしょう?』
ドスッ!!
圧縮された魔力が、敵の障壁を紙のように貫いた。
「ぐっ……ぅ……!」
狼耳の少女が呻く。
刹那
カッ!!
少女の全身が、禍々しい赤色に発光した。
「ッ!?」
ヴァンの顔色が変わる。
「おい、嘘だろ、自爆術式!?」
バリバリバリッ!!
魔導回路が悲鳴を上げ、暴走を始める。
この距離だ。
発動すれば、ヴァンはおろか馬車ごと消し飛ぶ。
「させるかっ!!」
ゴゴゴゴゴッ!!
ヴァンの右手に、再び魔力が収束する。
圧縮。
圧縮。
さらに圧縮。
ハイ・プレッシャー、最大出力。
ドガァッ!!
拳が、少女の胸部、魔導回路の中枢に深々と突き刺さった。
バチバチバチッ!!
回路が寸断され、行き場を失った魔力が火花となって散る。
自爆の赤光が、フッ、と消え失せた。
「ッがはっ!!」
少女が大量の血を吐き、ぐったりと崩れ落ちる。
「っ……ハァ……ハァ……」
ヴァンは荒い息を吐きながら、拳を振って血を払った。
「危ねぇ……マジで死ぬとこだったぞ」
「ぐ……ぅ……」
少女はまだ意識を保っていた。
泥にまみれながら、獣のような目でヴァンを睨みつける。
「オレは……死んでも……捕虜には……なんねぇ……ッ!」
掠れた声で吼える。
再び魔導回路を起動しようと、力を込め
……シーン。
何も起きない。
「え……?」
少女の動きが止まる。
「回路が……動かねぇ……なんで……?」
彼女は信じられないものを見る目で、ヴァンを見上げた。
(こいつ……たった一撃で、中枢だけをぶっ壊しやがった……?)
「動くわけないだろ。壊したんだから」
ヴァンは冷たく言い放つと、少女の胸ぐらを掴んで引き起こした。
「さあ、質問の時間だ」
「お前は誰だ」
「目的は何だ」
「ッ……! 殺せよ!」
アイリは牙を剥き出しにして威嚇する。
「喋る舌なんか持ってねぇぞ! さっさと殺しやがれ!」
「安心しろ。殺しはしねぇよ」
ヴァンが口元を歪めた。
それは慈悲ではなく、合理性に基づいた冷酷な笑みだった。
「だって」
「生き残ったのは、お前だけだからな」
「……え?」
狼耳の少女は、ゆっくりと顔を上げた。
周囲を見渡す。
そこには、静寂があった。
さっきまで生きていた仲間たちが、全員、物言わぬ肉塊に変わっている。
悲鳴を上げる間もなかったのだろう。
その中心に、シンカクが立っていた。
銀色の仮面。
返り血一つ浴びていない。
「状況終了」
シンカクが歩み寄ってくる。
「あの自爆術式……私の処理速度では解除不可能でした。ヴァンがいなければ、全滅していました」
「へっ、買いかぶりすぎだ」
ヴァンは少女の胸ぐらを掴み、その華奢な体を片手で吊り上げる
「さあ、質問の時間だ」
「お前は、誰だ?」
【第一章・続く】
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