英雄将軍の隠し子は、軍学校で『普通』に暮らしたい。~でも前世の戦術知識がチートすぎて、気付けば帝国の影の支配者になっていました~

ヒミヤデリュージョン

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第二章:取引と消えゆく意識

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泥にまみれた狼耳の少女は、獣のような瞳でヴァンを睨みつけていた。
だが、その凶暴な視線の奥底には、隠しきれない恐怖が滲んでいる。

「なんで……」
喉の奥から絞り出したような、掠れた声。
「なんで、オレだけ……生き残っちまったんだ」

ヴァンは表情を崩さずに答えた。
「さっき言っただろ。尋問には生き証人が要る」

「それに」
少年の黒い瞳が、わずかに細められる。
「お前みたいなガキが死んだら、俺の目覚めが悪くなる」

「……ッ!」
少女がギリリと奥歯を噛み締めた。
「同情なんかいらねぇ!」
「殺せよ……! オレは戦士だ! 捕虜になって恥を晒すくらいなら」

「じゃあ、さっさと喋れよ」
ヴァンが言葉を遮る。冷徹なナイフのように。
「全部吐いたら、逃がしてやる」

「……は?」
少女の思考が停止した。呆けた顔でヴァンを見上げる。

「聞こえなかったか? 『逃がす』って言ったんだ」
ヴァンは興味なさそうに欠伸を噛み殺しながら、立ち上がった。
「俺は尋問官じゃねぇ。陰湿な拷問趣味も持ち合わせてないんでね」

「……嘘だ」
少女が震える声で呟く。
「そんなの……信じられるわけねぇだろ」
「オレを逃がしたって……帰る場所なんかねぇ」
「任務に失敗した『道具』は……廃棄処分だ」

死んでるも同然だ。
そう言いかけて、少女は唇を噛んで押し黙った。

「信じなくていいさ」
ヴァンが肩をすくめる。
「でも、情報は聞かせてもらう」

「……は?」

「お前一人の判断で動いてたわけじゃないだろ?」
ヴァンが地図を指さす。
「この襲撃、計画性がある。背後に組織がいる」
「誰が? 目的は? 拠点は?」

少年の目が、鋭く光った。
「これは、お前個人の問題じゃない。帝国全体の問題だ」
「だから、聞かないわけにはいかないんだよ」

少女は
何も答えなかった。
ただ、絶望に濁った目で地面を見つめている。

「……そうかよ」
ヴァンがため息をついて、少女を拘束していた手を離した。

「え……?」

「シンカク」
ヴァンが背後に立つ仮面の少女を呼ぶ。

ザッ。
音もなく、シンカクが歩み寄ってくる。

少女の身体が、恐怖で硬直した。
(殺される!)
(用済みになったから、ここで始末する気だ……!)

「治療しろ」

「……え?」

「魔導回路が破損してる。このままじゃ後遺症が残る」
ヴァンが淡々と言った。
「応急処置だけでもしとけ」

「了解」
シンカクが少女の前に膝をつく。
そして、銀色の仮面越しに、少女の胸部を凝視した。

「……ッ、くるな!」
少女が身を竦める。

だが
シンカクが懐から携帯用の治療キットを取り出す。 手際よく止血剤を塗り、包帯を巻いていく。その動作は機械のように正確で、慈悲などないが、痛みも最小限だった

ジワァ……
傷から、淡い光が滲み出る。
焼き切れるような痛みが、嘘のように引いていく。

(……な、なんだこれ……)

少女は混乱した。
道具として扱われてきた記憶しかない。
壊れたら捨てられる。それが当たり前だった。
なのに

「……なんで」
少女が呟いた。
「なんで、敵のオレなんかを……」

「さっきも言っただろ」
ヴァンがあくびをした。
「お前みたいなガキが死んだら、俺の目覚めが悪いんだよ」

少女は
ゆっくりと、顔を上げた。

この男は、本気だ。
オレを『道具』じゃなく、『人間』として見ている。

(なら……)
(こいつになら、賭けてもいいのかもしれない)

「……わかった」
少女が決意を込めて口を開いた。

「話す。全部話す」
「隠し事も嘘も吐かねぇ。オレが知ってること、全部だ」

ヴァンが片眉を上げる。
「随分と素直になったな」

「その代わり、頼みがある」

少女がヴァンを見上げる。その目は必死だった。

「……頼み?」

「ああ」
少女がヴァンに詰め寄る。
「お前、さっき……オレの魔導回路を一撃で破壊しただろ」

「ああ」

「あれ、どうやったんだ?」
少女の目に、縋すがるような光が宿る。
「あの出力で……なんでオレは生きてるんだ?」 少女が信じられないという顔で自分の胸を触る。 「普通なら、心臓ごと吹き飛んでるはずだ。なのに、壊れたのは回路の中枢コアだけ……」 「お前、一体どんな『制御』をしてやがる?」

ヴァンが目を細める。
「……それがどうした」

「もしかして、その技術……」
少女の声が震えた。
「暴走してる回路を、止められるんじゃねぇか?」

ピタリ。
ヴァンの思考が、一点に収束する。

(暴走回路を止める……?)

「……可能性はある」
ヴァンが慎重に答えた。
「だが、保証はできない。失敗すれば即死だ」

「それでもいい!」
少女が叫んだ。

「オレの……妹を助けてくれ!」

「妹?」

「ああ。オレたちはノストラの『実験体』なんだ」
少女が早口でまくし立てる。
魔力欠乏症ゼロ・マナを強制的に発症させられて、その代わりに、外付けの魔導回路を埋め込まれた」

ヴァンの目が鋭くなった。
ノストラ、それは敵国の名。帝国の北方に座す、長年の宿敵である

ヴァンが黙り込むと、少女は焦ったように言葉を継いだ。

「妹の……ビリィは、オレより症状がひどいんだ!」
「あいつは、まだ八つなのに」

少女の声が、悲痛に歪む。

「魔導回路の適合率が低くて……いつも苦しんでる。吐血して、痙攣して、意識を失って……」
「このままじゃ、あいつは」

死ぬ。

少女の目から、涙が一筋、流れ落ちた。

ヴァンはまだ何も言わない。
ただ、静かに計算しているだけなのだが、少女にはそれが「拒絶」に見えたのかもしれない。

「頼む……! あいつは、いい奴なんだ!」
少女が地面に額を擦りつける。
なりふり構わない、土下座。

「金色の髪で……オレより背が低くて……昔はよく笑ってたんだ」
「でも、実験が始まってからは、もう……笑わなくなった」

泥水が涙と混ざり合う。

「オレはどうなってもいい! こき使われたって、殺されたっていい!」
「だから……ビリィだけは……!」

その慟哭は、ヴァンの心のどこかにある、古いスイッチを押した。

(……チッ)
(またこのパターンかよ)

心の中で盛大なため息をつく。
異世界転生の『お約束テンプレート』すぎて、頭が痛くなる。

(前世でこの手のシナリオ、何百回と見たっけな)
(「妹を助けて」→「はい仲間入り」→「ハーレム要員確定」……ベタすぎだろ)

だが
嫌いじゃない。

ヴァンは
ゆっくりと、しゃがみ込んだ。
そして、悪党のような、しかしどこか理知的な笑みを浮かべた。

「いいぜ。商談成立だ」
「だが、こっちも条件がある」

少女が顔を上げ、ゴクリと喉を鳴らす。

「お前の命、俺に売れ」

「……え?」

「一生、俺に仕えろ。命令には絶対服従だ」
ヴァンが少女の瞳を射抜くように見据える。
「その代わり、お前の妹は、俺が責任を持って助け出す」

「……それだけ、か?」
少女が信じられないという顔で呟いた。
「オレの命なんて……安いもんだ」

少女が震える手を差し出した。
「どうやら、とんでもない『不良債権』を掴まされたらしいな」
ヴァンが、少女の震える手を、自分の手で強く握り返す。

「契約成立だ。俺が妹を『治療』する。代わりに、お前は俺の『もの』だ。文句あるか?」

少女は
泥と血にまみれた手で、その手を強く握り返した。
その瞳には、もう迷いはなかった。

「……ねぇよ。ボス」

「名前は?」
ヴァンが問う。

「……アイリ」
少女が、いや、アイリが答えた。
「アイリだ」

「そうか。よろしく頼むぞ、アイリ」

---

「……ひとつ、聞いていいか」
ヴァンが立ち上がりながら言った。

「あ? なんだ?」

「お前……御者はできるか?」

「……は?」

「御者が逃げちまったんだよ」
ヴァンが親指で、街道の先を指す。
「さっきの戦闘で、真っ先にずらかりやがった」

アイリは
拍子抜けしたように、そして少しだけ救われたような顔で、鼻を鳴らして笑った。

「……できる。多分」

「多分?」

「やったことねぇけど、見たことはある」

ヴァンが深いため息をついた。
「……マジかよ」

「文句あんのか?」

「大ありだよ。命預けることになるんだぞ」

---

数日後。帝都への街道。

契約を交わしてから、三日が経過した。
アイリは約束通り、すべてを語った。
敵国ノストラの拠点。実験体の管理システム。そして、妹ビリィの居場所。

情報は十分。あとは帝都で手を打つだけだ。

だが

馬車の揺れが、激しすぎる。

「おいアイリ! もうちょっと丁寧に操縦しろ!」
ヴァンが車内から怒鳴った。

「うるせぇ! オレだって必死なんだよ!」
アイリの声が御者台から返ってくる。
「つーか、お前が手綱たづなを握れよ!」


ガタガタガタッ!!
馬車が大きく跳ねる。

「っ……マジで転ぶぞこれ」
ヴァンが額を押さえた。


---

そして
数日が経過した。

アイリの手綱さばきは、徐々に安定してきた。
街道も、だんだんと整備されてきている。

帝都が、近い。

だが

ズキッ。

胸の奥から、焼き付くような鈍痛が走る。

「……ッ」

バチバチッ……!
胸元の魔導回路マギ・サーキットが、不穏な光を放って明滅する。

(クソ……また暴走か)

高圧魔力の代償。
魔力を物理法則無視レベルで圧縮すれば、当然、生体回路への負荷は跳ね上がる。
使いすぎれば、回路が焼き切れ、廃人になる。

「ッ……ぐぅ」
ヴァンが口元を押さえる。

指の隙間から

鮮血が滲んだ。

「ヴァン?」
シンカクの声が、水の底から聞こえるように遠い。



だが、もう、何も聞こえない。

視界が
真っ白に染まっていく。

最後に見えたのは、
銀色の仮面と。

(……あー、マジで死ぬかもな、これ)

意識が
深い闇の中へと、沈んでいった。

【第二章・終】
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