英雄将軍の隠し子は、軍学校で『普通』に暮らしたい。~でも前世の戦術知識がチートすぎて、気付けば帝国の影の支配者になっていました~

ヒミヤデリュージョン

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第一章:難民の皮を被れ

雨上がり。
帝都へ続く街道を、馬車がガタガタと音を立てて進んでいく。
ヴァン・ラークは窓枠に肘をつき、懐のボロボロのノートを指でなぞりながら、外の景色を眺めていた。

灰燼城での三日間——あの戦果で、あの「怪物」院長直筆の招待状を手に入れた。これで帝都の中枢に足を踏み入れる切符は揃った。
(帝都か……学院の寮があれば、最低限の飯と寝床は保証される。あとは適当に単位を取って、適当に卒業して、適当に生きていく。悪くない)

彼は頭の中で、勝手に未来の設計図を描く。
辺境の浮浪児が、帝国の正式な学院生になる。それだけで、明日の心配をせずに済む日々が手に入る。—— だが、そのためには、学院の中で「邪魔されないだけの箔」が必要だ。
俺には貴族の後ろ盾も、軍部のコネもない。辺境のガキがただ招待状を持って行ったところで、いいように使われて捨てられるだけだ。

俺には転生特典も、便利なシステムも、無限の魔力もない。あるのは、母が遺したこのノートと、血反吐を吐いて磨き上げた『高圧魔力』だけだ。

「おい、御者。馬車を止めろ」
ヴァンが声をかけると、雇われの御者が慌てて手綱を引いた。

「は、はい! どうしました、旦那様?」

彼は怯えた様子で振り返る。無理もない。こんな辺境で、不気味な護衛を連れた少年を乗せているのだから。

「反対側から来る難民の列、見えるだろ?」

街道の向こうから、数百人規模の集団が近づいてくる。灰燼城がある辺境へ、帝都とは逆方向へ向かう列だ。

「本来なら無視して昼寝でも決め込むところだが……」
ヴァンは目を細め、獲物を品定めするように呟いた。

「向こうは戦いが終わったばかりなのに、なぜそこに人を送り込むんだ?」

「ああ」

ヴァンは指で隊列の特徴を叩いていく。

「第一、ブーツの底がすり減ってない。何十日も歩いてきた難民の足じゃない」

「第二、隊列が整いすぎてる。バラバラになるはずの難民が、まるで軍隊のように間隔を揃えて歩いてる」

そして——ヴァンの視線が、隊列の最後尾に止まる。
一瞬だけフードの下から覗いた、獣のような鋭い瞳。

(……なんだ、あれは?)

彼の本能が警鐘を鳴らした。ただの工作員じゃない。もっと異質な、金になりそうな匂いがする。

(帝都でデカい顔をするなら、箔がつくものは多いほうがいい)

「……一番後ろのガキを『生け捕り』にしろ」

黒い瞳に、狩人のような冷徹な光が宿る。

「一番後ろのガキを生かせ」

「工作員の隊列に子供を混ぜるのは、使い捨ての囮か、脅されて連れてこられた現地調達だ。どっちにしろ、あれが一番口を割る」

シンカクは無言で頷き、淡々と確認する。

ヴァンはニヤリと笑い、馬車のドアを蹴り開けた。
仕掛ける時が来た。
隊列が馬車の真横まで近づいた瞬間。

ヒュッ!

風を切る音と共に、シンカクが飛び出した。
無詠唱、無音。殺気すらなく、無機質に工作員たちをなぎ倒す。
悲鳴が上がる間もなく、次々と地面に沈む男たち。

「襲撃だ!!」

隊列が崩れる。
男たちがボロ布を脱ぎ捨て、表面に魔導回路が脈打つ革装備を露わにした。
強化暗殺兵——ノストラの暗部。

その混乱の中、ヴァンは馬車から飛び降り、最後尾の少女に突っ込んだ。

少女がフードを跳ね飛ばす。狼の耳。獣のように猛る瞳。
全身の回路が赤熱し、魔力を込めた拳がヴァンの顔面に迫る。
ランクC相当の身体強化。常人なら頭が吹き飛ぶ威力だ。

「ガキがっ! 邪魔するな!!」

だがヴァンは一歩も引かず、逆に間合いを詰める。

予想より、ずっと速い。
ヴァンは舌打ちした。こんな小さな体で、あれほどの魔力出力がある。——やっぱり、こいつを選んで正解だった。これだけの実力があるなら、知っている情報もデカい。

「ッ! なんでよけられるんだ!!」

魔力強化の拳を、最小の動きで——ただの読み合いで避けやがった

狼耳の少女の拳が空を切る。

ヴァンは懐に入り込み、拳を少女の胸元に突きつけた。

手のひらから、異常な密度の魔力が噴き出す。

極限まで圧縮された高圧魔力——母が遺した理論を基に、彼が十数年間磨き上げてきた力だ。

ゴッ!!

拳と拳が衝突する。

その瞬間、相手の体表に走る回路が、ヴァンの高圧魔力に触れて——バチバチッ、と光点を散らした。

(……!?)

想定外の反応に、ヴァンの眉が動く。
困惑が一瞬、脳裏をよぎる。

(もしかして——母さんの研究と、関係があるのか?)

その可能性が、胸の奥に棘のように刺さった。

「があっ!!」
狼耳の少女が衝撃で吹き飛び、地面に叩きつけられる。

ヴァンは即座に手首を掴み、関節を極めて動きを封じた。

次の瞬間、少女の全身が禍々しい赤色に発光した。

「自爆するなら、もっと早くやるべきだったな」

ヴァンは冷たく言い放つが、额には冷や汗が滲んでいた。
この距離で爆発すれば、俺も馬車ごと消し飛ぶ。

逃げる時間はない。
なら、やることは一つだ。

根拠は、それだけだ。
圧縮。圧縮。さらなる圧縮。

ドガァッ!!
拳が、少女の胸部、魔導回路の中枢に深々と突き刺さった。
光点が散る——赤光が揺らぎ、フッと消えた。

(……通った)
息を吐く。自分でも気づかないうちに、止めていたらしい。

「っがはっ!!」

狼耳の少女が大量の血を吐き、ぐったりと崩れ落ちる。

「ぐ……ぅ……」
少女はまだ意識を保っていた。
泥にまみれながら、獣のような目でヴァンを睨みつける。

ヴァンは荒い息を吐きながら、少女の胸ぐらを掴んで引き起こした。

周囲は静まり返っている。

「終わりました。生き残りは、この子だけです」

数秒で全工作員を排除したシンカクが、返り血一つ浴びずに戻ってくる。

彼女は少しだけ視線を逸らし、ぶっきらぼうに続けた。

「あの自爆、私には止められませんでした。すみません」

ヴァンは手を振って「気にするな」と呟き、再び狼耳の少女に視線を戻した。

獣のような瞳は、朦朧としながらも、まだ意識を保っていた。

その時、狼耳の少女が掠れた声で呟いた。

「……なんで、オレの回路サーキットが……壊れたんだ……?」

ヴァンは答えない。ただ見下ろす。

(俺も、それが知りたい)

「ッ……! 殺せよ!」
狼耳の少女は牙を剥き出しにして威嚇する。
「喋る舌なんか持ってねぇぞ! さっさと殺しやがれ!」

彼は問いかけた。

「お前の魔導回路、強制的に埋め込まれたものだな?」

ヴァンは鼻で笑い、少女をぞんざんと地面に放り投げた。

「殺す? 面倒くさい」

彼は踵を返し、馬車の方へ歩き出しながら、背中越しに呟いた。

「尋問するには、生きてる方が都合がいい。それに……」
少年の声が、風に乗って少女の耳に届く。
「お前みたいなガキが、こんな道端で死んだら、俺の目覚めが悪くなる」

西日が沈み、街道に影が伸びる。

少女は地面に突っ伏したまま、少年の背中を、ぎらついた瞳で見つめ続けた。

ヴァンは懐のノートを強く握りしめる。

この少女の口を割らせること。
母の遺した研究の謎を解くこと。

この二つが、帝都に行く前に、絶対に片付けるべきことだった。




【第一章・終】

感想 1

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