英雄将軍の隠し子は、軍学校で『普通』に暮らしたい。~でも前世の戦術知識がチートすぎて、気付けば帝国の影の支配者になっていました~

ヒミヤデリュージョン

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第九章:静かな夜は、だいたい静かじゃない

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屋敷の食堂は、静謐で重厚な雰囲気に包まれていた。長いテーブルの中央には、豪華な料理が並んでいる。ローストチキン、温野菜のグリル、魚のポワレ、色とりどりのサラダ、どれも一流の料理人が作ったものだろう。

テーブルの上座には、ベルンハルト将軍が座っていた。その隣には、彼の妻――フリーダ。四十代半ばくらいだろうか。上品な顔立ちだが、その目には冷たい光が宿っている。

そして、エレナは父の対面に座り、ヴァンはその隣に座らされた。

フリーダはヴァンを一瞥し、すぐに視線を逸らした。明らかに不快そうな表情だ。

実際、彼女はこの「隠し子」が家に来ることを快く思っていなかった。娘のエレナと共に、この辺境出身の少年を追い出すつもりでいたのだ。

だが、状況は、彼女の予想とは全く違った。

「エレナ、これ食べろ」
ヴァンは自分の皿から焼き野菜を一つ取り、エレナの皿に置いた。
「栄養バランス考えろよ。肉ばっかじゃ体に悪い」

エレナのフォークが止まる。
一瞬、場の空気が凍りついた。
フリーダが目を見開く。

(何をしているの、この野良犬……! エレナがそんなことを許すはずが……)

ヴァンは次に、反対側のフリーダの皿にも野菜を置いた。

「フリーダさんもどうぞ。ここのシェフ、野菜の扱いが上手いですね」

「……っ」

フリーダは引きつった笑みを浮かべる。拒否したい。だが、夫の手前、そして娘が受け入れた手前、騒ぐわけにもいかない。

「……あ、ありがとう……存じますわ」

ベルンハルト将軍はワイングラスを傾けながら満足げに笑った。

「ふむ。仲良くやってるようで何よりだ」
ヴァンは肩をすくめる。
「ええ。妹も継母さんも、とても素直でいい人たちですよ」

エレナの手がピクリと震えたが、彼女は何も言わず、ただ黙々と野菜を咀嚼していた。


食事が終わった後、ベルンハルトはヴァンを書斎に呼んだ。

重厚な木製の机。壁には無数の書籍と戦場の記録。窓からは庭園が見える。

「座れ」

ベルンハルトは椅子を指差した。

ヴァンは素直に座る。

ベルンハルトは酒瓶を取り出し、二つのグラスを用意した。

「飲むか?」

「いえ、遠慮します。明日、二日酔いになりたくないんで」

「そうか」
ベルンハルトは笑いながら、自分のグラスだけに酒を注いだ。
「若いのに堅いな。まぁ、それもいいか」

一口飲み、満足そうに息を吐く。

「それにしても、驚いたぞ」

「何がですか?」

「エレナのことだ」
ベルンハルトは笑った。
「あいつ、つい二日前まではお前のことを憎んでたんだぞ? それが今日は、まるで別人だ」

「……まぁ、色々ありまして」

「色々、ねぇ」

グラスが傾く。

「お前、何をした?」

「戦棋で勝っただけですよ」

「……それだけか?」

「それだけです」

少しの沈黙。

やがて、ベルンハルトは大声で笑った。
「ハハハ! なるほどな! あいつ、負けず嫌いだからな。負けを認めたら、それはそれで潔いってわけか」

「多分、そうだと思います」

「いいぞ、ヴァン」
ベルンハルトは立ち上がり、ヴァンの肩を叩いた。
「これからも、あいつをよろしく頼む」

「はい」

「じゃあ、俺は飲むから。お前は部屋に戻れ。疲れただろ」

「お休みなさい」
ヴァンは一礼し、書斎を後にした。



ヴァンに割り当てられた部屋は、清潔で広々としていた。新しく整えられたベッド。窓からは庭園が見える。

そして、部屋の前には、数人の使用人が待機していた。

「あの、ヴァン様」

一人の若い女中が緊張した様子で声をかけてきた。


「何かご用はございますか? お茶をお持ちしましょうか?」

「いや、大丈夫だ」
ヴァンは手を振った。
「もう寝るから」

「で、では、お着替えのお手伝いを」

「それも要らない」
ヴァンは苦笑した。
「一人で大丈夫だから、みんな下がってくれ」

使用人たちは顔を見合わせた。
明らかに戸惑っている。

一人の年配の侍女が小声で囁いた。

「でも……奥様とお嬢様の態度が急に変わって……もしかして、これも試されてるのでは……?」

「いや、本当に大丈夫だから」
ヴァンは適当な理由を思いつき、真面目な顔で言った。

「実は、これから軍務の研究をするんだ。機密事項だから、人がいると困る」

「軍務……ですか?」

「そう。だから、誰も部屋には入れない。頼むよ」

使用人たちは納得したように頷いた。

「わかりました。では、失礼いたします」

彼女たちが去った後

「……やっと一人になれた」

ガタッ。

窓の鍵が外れる音がした。

「……鍵くらい開けといてやればよかったか」

窓から飛び込んできたのは――狼耳の少女、アイリだった。

「……誰もいねぇな」
「当たり前だ。追い出したんだから」

「で、何の用だ?」 
「何の用って、決まってるだろ。ビリィのことだ」 アイリはヴァンに詰め寄った。 「いつ救出すんだ? もう一週間経ってるぞ」

アイリの目が鋭く光る。焦り。苛立ち。妹を思う姉の必死さが滲み出ている。

「わかってる。だから、準備してるんだ」 「準備? 何を――」

その時、コンコン。 ノックの音。

「ヴァン様? 起きてますか?」

扉の向こうから、エレナの声。

(……マズい)

アイリが舌打ちし、ヴァンのベッドへ潜り込もうとする。

「おい! ベッドはダメだ!」

ヴァンは小声で叫び、窓を指差した。

「外だ! 窓から」

ガチャ。

間に合わなかった。

エレナは待たずに扉を開けた。
そして、部屋の中の光景を見て、固まった。

ヴァンが椅子に座っている。そして、その隣には、狼耳の亜人少女が立っている。明らかに怪しい雰囲気。
「……っ!」

エレナの目が鋭くなった。

「何者ですの!」

彼女の手に、魔力が集まり始める。
青白い光。
魔導回路が発動しようとしている。

「テメェ――!」

アイリも即座に身構えた。
低く唸るような声。まるで獣のように。

「待て、二人とも!」
ヴァンは二人の間に飛び込んだ。
「落ち着け!」

「落ち着けですって!?」
エレナは叫んだ。
「亜人が部屋にいるのに! しかも、こんな夜中に! スパイか刺客に決まって」

「違う!」
ヴァンは両手を広げた。
「こいつは敵じゃない!」

「じゃあ何ですの!」

「……俺の部下だ」
ヴァンは深く息を吐いた。
「帝都に来る途中でスカウトした。今は俺の部下だ」

「部下……?」
エレナは疑わしそうな目をした。
「本当ですの?」

「本当だ」
ヴァンはアイリを指差した。
「こいつはアイリ。元ノストラの諜報員だった。今はうちの味方だ」

「……」

エレナはアイリを見つめた。
アイリも睨み返している。
緊張が走る。

「……わかりましたわ」
エレナは魔力を解除した。
「信じます。ですが」

彼女は冷たく言い放った。

「使用人に見つかったら、私は知りませんからね」

「おう、ありがとな」

エレナは疑わしげな目でアイリを見た。
アイリも「何見てんだコラ」とばかりに睨み返す。

「……ふん」

エレナは鼻を鳴らした。

「まあ、ヴァン様の……ご趣向には口を出しませんが」

「違うと言っている!」

「この家で、獣のような行為は慎んでいただけます? 品位が疑われますので」 
「おい待て、誤解だ!」
「失礼します」 

バタン。

エレナは冷たく言い放ち、用件だけ伝えてドアを閉めた。
足音が遠ざかっていく。

ヴァンは深くため息をついた。

「……マジかよ」

(父親が隠し子作ったから、俺もそういうタイプだと思われてるのか……?)
内心で呟く。(いや、俺はそんなことしないっての……)


「……なんだったんだ、今の」
アイリが不満そうに言った。

「気にすんな」
ヴァンは椅子に座り直した。
「それより、話を戻そう」

「ああ」

「ビリィの救出だが――」
ヴァンは懐から、黒いバッジを取り出した。
「これで、人手を動かせるようになった」

「これ?」
アイリはバッジを見た。
蜘蛛の紋章。黒光りする金属。
「何だこれ」

「特別監察官のバッジだ」
ヴァンは説明した。
「軍情局の権限がある。これで、スパイたちを指揮できる」

「軍情局……」
アイリは少し考えた。
「聞いたことある。確か、オレたちが行動する前に警告されたんだ。『軍情局に捕まったら、死ぬより酷い目に遭う。見つかったら即座に自爆しろ』って」

「……そうか」

「だから、こいつらを使うのか?」

「ああ。明日、軍情局の部長たちと会って、作戦を練る。リスクを最小限に抑えて、ビリィを救出する」

アイリはバッジを手に取った。
じっくりと眺める。
そして、クンクン。

「……何してんだ?」

「匂い嗅いでる」
アイリは真剣な顔で言った。
「これ、どこかで嗅いだことある気がする」

「どこで?」
「わかんねぇ。でも――」
アイリはさらに匂いを嗅いだ。
そして、その目が、見開かれた。

ガシャン!

バッジを床に叩きつけた。

「うおっ!?」
ヴァンは驚いた。
「何すんだ!」

「テメェ……!」

アイリは後退し、身構えた。
完全に敵を見る目だ。
牙を剥き、低く唸る。

「それ、どこで手に入れた!」

「は?」

「そのバッジだ!」
アイリは叫んだ。

「オレ、見たことあんだ! オレたちが閉じ込められてた場所で、あそこを管理してた奴が持ってた! そいつは、そのバッジを見せることで命令してたんだ!」



【第九章・終】
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