英雄将軍の隠し子は、軍学校で『普通』に暮らしたい。~でも前世の戦術知識がチートすぎて、気付けば帝国の影の支配者になっていました~

ヒミヤデリュージョン

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第八章:雑兵だけで勝つ方法

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週末の朝。
アカデミアの学生寮は、いつもより静かだった。訓練に励む者、街へ遊びに出る者、部屋で休む者、それぞれが自由に過ごしている。
ヴァンは鞄を肩にかけ、部屋の扉を開けた。

「どこ行くんだ、兄貴?」

ローランがベッドの上から声をかけてくる。まだ寝巻き姿だ。

「今日は休みだぞ」

「家に帰る」

ヴァンは鞄の中身を確認しながら答えた。

「親父――院長のところに、食事に呼ばれてる」

「え、マジで?」

ローランは身を起こした。

「大丈夫なのか? あのエレナ、完全にお前のこと敵視してるぞ」

「約束したからな」

ヴァンは肩をすくめた。

「それに、断る理由もない」

「……まぁ、お前がそう言うなら」

ローランは再びベッドに倒れ込んだ。

「気をつけろよ。料理に毒が入ってるかもしれないぞ」

「縁起でもないこと言うな」

ヴァンは笑いながら部屋を出た。
廊下を歩き、階段を降りる。寮の玄関を抜けると、外には、シンカクが立っていた。
相変わらずの白い抑制面具。相変わらずの無表情。

「よう」

ヴァンは手を上げた。

「待ってたのか?」

「はい」

シンカクは短く答えた。

「一緒に行きます」

「……そうか」

ヴァンは少し考えた。

「お前も来るか? 別に、辺境で俺の世話してた女中ってことにすれば」

「行かない」

即答。
ヴァンは眉を上げた。

「なんでだよ。せっかくだから」

「途中まで送ります」

シンカクは淡々と言った。

「安全確保のため」

「……途中まで?」

「そう。着いたら、俺は別のことする」

「別のことって?」

「調査」

シンカクは少し間を置いた。

「フィロメラのこと。帝都には……何か、知ってる場所がある気がする」

ヴァンは思わず立ち止まった。

「知ってる場所? ……記憶、戻ったのか?」

「いいえ」

シンカクは首を振った。

「戻っていません。でも、歩いていると、何となく分かります。ここ、前に来たことがあるって」

「……」

「だから、調べます」

シンカクはヴァンを見た。面具の下の表情は見えないが、その声には、わずかな感情が込められていた。

「記憶を取り戻したいです」

ヴァンは黙って頷いた。

「……わかった。無理すんなよ」

「はい」

二人は並んで歩き始めた。帝都の朝。石畳の道に、朝日が差し込んでいる。



帝都の貴族街。整然と並ぶ屋敷。その一つが、ヴァレリアン家の邸宅だった。
高い塀。立派な門。広大な敷地。さすがは帝国軍の重鎮、ベルンハルト将軍の屋敷だけはある。

「ここか……」

ヴァンは門の前で立ち止まった。

「思ったより、でかいな」

「そう」

シンカクは無表情に答えた。

「じゃあ、ここまで」

「おい、待て――」

振り返った時には、もうシンカクの姿はなかった。まるで最初からいなかったかのように、消えていた。

「……相変わらず早ぇな」

ヴァンは苦笑した。
門には、門番が二人立っていた。ヴァンが近づくと、彼らは槍を交差させた。

「何用だ」

「ヴァン・フォン・ヴァレリアンだ」

ヴァンは答えた。

「院長に招待されてる」

門番たちは顔を見合わせた。そして、一人が邸内へ走っていく。しばらく待たされた後、門が開いた。

「……どうぞ」

中に入ると、そこは広大な庭園だった。
手入れされた芝生。色とりどりの花壇。噴水。そして、奥には、巨大な屋敷。
だが、出迎えに来たのは執事でも侍女頭でもなく、一人の幼い女中だった。十代前半くらいだろうか。おどおどとした様子で、深々と頭を下げた。

「あ、あの……ヴァン様、で、よろしいでしょうか……」

「ああ、そうだ」

「お、お待ちしておりました……こちらへ、どうぞ……」

少女は震える声で言った。周囲を見ると、他にも何人かの使用人がいたが、全員が遠巻きに見ているだけだ。誰も近づいてこない。誰も話しかけてこない。

(……ああ、そういうことか)

ヴァンは内心で苦笑した。

(歓迎されてないわけだ)

庭園を歩きながら、少女は小さな声で話し始めた。

「あの……ヴァン様、一つ、お伝えしておきたいことが……」

「何だ?」

「奥様と、エレナお嬢様は……その……」

少女は言葉を選びながら続けた。

「あまり、ヴァン様のことを……歓迎していらっしゃらないようで……」

「……ああ、そうだろうな」

「それで、私たち使用人も……その……関わると、巻き添えを食うかもしれないと……」

「だから、誰も近づいてこないわけか」

「申し訳ございません……」

少女は再び頭を下げた。

「でも、私、新人なので……押し付けられて……」

ヴァンは笑った。

「いいよ、気にすんな。お前のせいじゃない」

ヴァンは肩をすくめた。
自分は大元帥の私生児。
ベルンハルト将軍にとっては、上司の不始末を押し付けられた形だ。
家族や使用人からすれば、いい迷惑だろう。

屋敷の玄関前。
そこに、腕組みをした銀髪の少女が立っていた。

エレナは腕を組み、冷たい目でヴァンを見下ろしていた。

「……来ましたのね」

「よう」

ヴァンは手を上げた。

「呼ばれたから来たぞ」

「そうですか」

エレナは少女に視線を向けた。

「下がりなさい」

「は、はい!」

少女は慌てて頭を下げ、走り去った。
二人きりになった。沈黙が流れる。エレナは一切表情を変えず、ヴァンを見つめていた。

「……で?」

ヴァンは口を開いた。

「中に入れてくれないのか?」

「その前に」

エレナは冷たく言った。

戦棋クリークシュピール、持ってきましたの?」

「……は?」

「戦棋です」

エレナは繰り返した。

「約束したでしょう。新しいルールで対局すると」

「いや、持ってきたけどさ」

ヴァンは鞄を叩いた。

「まず飯食わせてくれよ。腹減ってるんだ」

「お食事は後です」

「後?」

「ええ」

エレナは踵を返した。

「家族でなければ、一緒に食事はできませんわ」

「……」

「まずは勝負です。もしあなたが勝ったなら、その時は、『家族』として迎えて差し上げます」

エレナは振り返り、冷たく微笑んだ。

「ですが、負けたなら、二度とこの家に足を踏み入れないでくださいまし」

ヴァンは深くため息をついた。

「……お前、本当に容赦ないな」

「当然です」

「わかったよ」

ヴァンは肩をすくめた。

「じゃあ、やろうか」



庭園の奥。白い石造りの東屋。
そこに、戦棋盤が置かれていた。エレナは既に席に座り、ヴァンを待っていた。
ヴァンは鞄から、いくつかの小さな箱を取り出した。

「これは?」

エレナが眉を上げた。

「拡張パックだ」

ヴァンは箱を開けた。

「新しいルールと、新しい駒」

箱の中には、見慣れない形の駒。そして、小さなトークン。様々な色。様々な形。
ヴァンはチップを盤面に広げた。

「今回追加するのは『補給線ロジスティクス』だ」

「補給線……?」

エレナが不審げにチップを拾う。

「そうだ。強い駒には、飯代がかかる」

ヴァンは説明を始めた。

維持費コスト

 Sランク:毎ターン 資源3 を消費。
 Aランク:毎ターン 資源1 を消費。
 Bランク以下雑兵:維持費ゼロ。

資源獲得:

 盤上の『補給拠点』を占領すると、毎ターン資源が得られる。

状態異常ペナルティ

 『補給不足』:『挟撃フランク』状態とみなす。
 『断糧』:『包囲サラウンド』状態とみなす。

エレナは盤面を見つめた。しばらく考え込んだ後。

「……なるほど。つまり、ただ強い駒を前に出すだけではなく、資源管理も重要になるわけですわね」

「その通り」

ヴァンは笑った。

「で、もう一つ」

「で、ハンデだ。俺は『Sランクなし、Aランクなし』で始める」

「は?」

エレナが目を見開いた。

「正気ですの? 私の手元にはSもAもありますわよ?」

「構わん。その代わり、俺は雑兵を倍の数配置する」

ヴァンは盤面に、大量のEランク駒を並べた。

「数だけの烏合うごうの衆……舐められたものですわね」

エレナは扇子を開いた。

「いいでしょう。その慢心、後悔させて差し上げますわ!」



対局が始まった。

序盤は、エレナの独壇場だった。
彼女のSランク駒は無敵の強さを誇り、ヴァンの雑兵たちを次々と薙ぎ払っていく。

「ふふっ! 脆い! 脆すぎますわ!」

エレナは快進撃を続けた。
だが――数ターン後。
彼女の表情が曇り始めた。

「……あれ?」

手元の資源チップが、急速に減っている。
Sランクの維持費は『3』。
毎ターン、莫大な資源が溶けていく。
エレナは資源を確保しようとするが、ヴァンの雑兵たちは邪魔をする。

ヴァンは正面から戦わず、ゴキブリのように散開し、盤上の『補給拠点』を次々と占領していたのだ。

「くっ……! ちょこまかと!」

エレナはSランクを動かして拠点を奪い返そうとする。
だが、Sランクは一度に一マスしか制圧できない。
その間に、ヴァンの雑兵たちは別の拠点を二つ制圧する。

「資源が……足りない……!」

ジリ貧だ。
このままではSランクが『兵糧切れ』状態になり、雑兵に食い殺される。

エレナは決断した。
本陣を守っていたAランクの防衛部隊を前に出し、強引に資源拠点を奪いに行く作戦に出たのだ。

「背に腹は代えられませんわ! 全軍、突撃!」

彼女の軍勢が前進する。
資源拠点を奪取し、なんとか維持費を確保した。

「ふぅ……これで持ち直しましたわ」

エレナが安堵した、その時。

ヴァンが小さく笑った。

「……空っぽだぜ、お姫様」

「え?」

ヴァンが指を弾く。
盤の端に隠れていたCランクの騎兵が、一気に敵陣深部へ走り込んだ。

エレナの本陣。
そこにはもう、守る駒はいなかった。
維持費のために、全軍を出払わせてしまったからだ。

カチャ。

ヴァンの薄汚い騎兵が、エレナの玉座を蹴り飛ばした。

「……チェックメイトだ」



沈黙。
庭園には、風の音だけが響いていた。

エレナは呆然と盤面を見つめていた。
最強のSランクを持っていた自分が、雑兵だけの相手に負けた。
それも、「餓死」寸前まで追い詰められた末に、本陣を落とされて。

「……負け、ましたわ」

絞り出すような声だった。
屈辱で肩が震えている。

ヴァンは立ち上がり、伸びをした。

「楽しかったか?」

「……は?」

エレナが顔を上げる。
ヴァンは笑っていた。
嘲笑ではない。
純粋な、遊戯を終えた後の笑顔だ。

「このルール、どうだった?」

「……悔しいですが、奥が深かったですわ」

エレナは素直に認めた。

「単なる武力だけでなく、兵站の管理……それがこれほど戦況を左右するとは」

「だろ? またやろうぜ」

ヴァンは鞄を肩にかけた。

「さて、飯だ飯。腹減って死にそうだ」

「……え?」

エレナは瞬きした。

「あ、あの……賭けは? 私に『お兄様』と呼ばせるのでは……?」

「ああ、それな」

ヴァンは振り返り、手をひらひらと振った。

「今日はいいや。無理やり言わせて、飯が不味くなったら最悪だろ?」

「……」

「ただ普通に、飯を食わせてくれ。それだけでいい」

そう言って、ヴァンは屋敷の方へ歩いていった。

取り残されたエレナは、一人、盤面を見つめていた。
自分のSランク駒。
強大だが、燃費が悪く、最後は身動きが取れなくなった獅子。
そして、ヴァンの雑兵たち。
弱いが、補給線を確保し、しぶとく生き残り、最後は勝利をもぎ取った群狼。

ふと、エレナの脳裏に、ある光景が蘇った。

幼い頃に聞いた、父・ベルンハルトの武勇伝。

【断罪谷の奇跡】

『あの日、大元帥閣下は数万の魔族に包囲され、絶体絶命だった』
『名門出身の将軍たちは、地図を見て逃げ道を探すばかり』
『だが、父上は違った』

当時、ただの『輸送兵』だった父は、地図を叩き割って怒鳴ったという。

「飯が食いたきゃ俺についてこい!」

父は炊事班と輸送部隊を率いて、包囲網の「補給の薄い箇所」を一点突破し、大元帥を救出した。

(……そうか)

エレナは戦棋盤に手を触れた。

(私は、父上のことを何もわかっていなかった)

父は「武」の人ではない。
「理」の人だったのだ。
そして、この目の前の盤面には、父の戦いそのものが再現されていた。

(……あの人は、それを知っていたの?)

エレナは屋敷の方を見た。
ヴァンの背中はもう見えない。

「……野良犬なんて言って、申し訳ありませんでした」

誰にも聞こえない声で、彼女は呟いた。
それから、エレナは立ち上がり、屋敷へと歩き出した。

【第八章・終】
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