332 / 3,215
栞、ドライブ。 Ⅱ
しおりを挟む
俺たちはゆっくりと歩いて、防波堤の先の灯台まで歩いてみた。
多くの釣り客が、途中で糸を垂らしている。
釣りの面白さは分かるが、俺はほとんどやらない。
子どもの頃はよくやった。
俺の食糧にするためだ。
でも今はいい服を着ていたい。
魚も喰いたければ喰いに行くか買えばいい。
まあ、もちろん釣りの楽しみは食べるためだけではないのは知っている。
俺の子どもの頃。
日本は世界最大のマグロの漁獲高を誇っていた。
伝説的な船頭や船舶会社の人間たちがいた。
日本の船は世界最高だった。
しかし、日本が豊かになるにつれ、漁船は減った。
一旦航海に出れば何か月も帰って来れない。
きつい毎日だ。
だから漁船は第三国に移り、日本は「買う」国に堕ちた。
まあ、俺が何か言うことでもないのだが。
そんなことを考えながら、釣り人に時々話しかけ、連れ具合を見せてもらった。
「ちょっと寒いね」
栞が俺にくっついてくる。
釣り客が、歩く俺たちを見ていた。
声を掛けると驚かれた。
灯台の下に着いた。
「私もね、ずっと嫉妬してたんだ」
栞が言った。
風が強かった。
俺たちは少し大きな声で話した。
「奈津江が羨ましかった」
「そうですか」
「石神くんは気づいてた?」
「さあ」
「うそ」
「……」
月光が海面に映えている。
波が穏やかで、月が浮かんでいるように見えた。
「奈津江は幸せよ」
「だった、じゃなくて?」
「だって、今でも石神くんの心を離さないんだもん」
栞は俺の前に回り、抱きしめてきた。
俺は腰に手を回した。
「私も今は幸せ」
「そうですか」
「石神くんは、いつも私の遠くにいるの」
「そんなことは」
「二十年だよ」
「?」
「二十年も、ずっと私は遠くの石神くんを見てた」
「はい」
「奈津江がもう一回生まれちゃうよ!」
「アハハハ」
俺は栞にキスをした。
「でも、今はちょっと近いかな」
「そうですか」
「うん」
俺は力を込めて、栞を抱きしめた。
愛おしい。
「石神くん」
「はい」
「好き!」
「俺も!」
離れた場所で拍手が沸いた。
釣り客たちが集まって俺たちを見ていた。
「うぉー! 映画みてぇだ!」
「あんちゃん、幸せにしてやれ!」
「いいもん、あんがとなー!」
俺と栞は肩を組み、笑顔を振りまいて退散した。
「誰かスマホで撮影とかしてました?」
「ううん、見てないけど」
「こんなのネットに上がったら大変だ」
「じゃあ、全員「虚震花」で」
「絶対やめてください」
俺たちは笑って戻った。
折角沼津に来たのだからと、俺たちは寿司屋に入る。
港の近くの寿司屋は大抵美味い。
カウンターで幾つか注文し、あとはお任せで頼む。
キンメダイの握りが美味かった。
俺が褒めると、大将が喜んだ。
この店の売りらしい。
「お腹空いてますか?」
大将に聞かれた。
「はい、結構」
桜エビのかき揚げが出てきた。
香りがよく、甘い味が口に拡がる。
大将は客を見る目がある人だった。
だからだろう、店は賑わっている。
俺たちの服装を見て、無理のない範囲でいい物を出そうとしてくれる。
本当に美味くて、栞と結構食べた。
「美味い店ですけど、子どもたちは連れてこれないですねぇ」
「ネタを喰い尽くしそうよね」
「マジデマジデ」
「お子さんは何人で?」
大将が話しかけてくる。
「四人です」
「エッ! こんな綺麗でお若い奥さんなのに?」
栞が大喜びした。
「大将! 一番高いネタを!」
「へい!」
大将が笑顔で返事した。
キンメダイが美味かったので、俺は煮物も頼む。
酒が欲しい。
煮物と、小さな茶碗が来た。
気の利く店だ。
栞が一口欲しいと言うので、箸を渡した。
「美味しい!」
「仲がよろしいんですね」
「大将! 一番高いネタを!」
「へい!」
俺たちは美味い飯の礼を言い、店を出た。
「あー、美味しかった!」
「そうですね」
「また来ようね!」
「はい」
「鷹とは何を食べたの?」
「ああ、ちょっとコーヒーを飲んだだけでした」
「か、勝ったぁー!!!」
俺は大笑いした。
鷹の手料理を食べたことは黙っている。
駐車場で、しばらくエンジンの暖気を待っていた。
「ねえ、キスしよう」
栞が言う。
「今は魚臭いですよ」
どこかで歯を磨くと言って聞かない。
俺は仕方なくキスをした。
やっぱり、魚臭かった。
多くの釣り客が、途中で糸を垂らしている。
釣りの面白さは分かるが、俺はほとんどやらない。
子どもの頃はよくやった。
俺の食糧にするためだ。
でも今はいい服を着ていたい。
魚も喰いたければ喰いに行くか買えばいい。
まあ、もちろん釣りの楽しみは食べるためだけではないのは知っている。
俺の子どもの頃。
日本は世界最大のマグロの漁獲高を誇っていた。
伝説的な船頭や船舶会社の人間たちがいた。
日本の船は世界最高だった。
しかし、日本が豊かになるにつれ、漁船は減った。
一旦航海に出れば何か月も帰って来れない。
きつい毎日だ。
だから漁船は第三国に移り、日本は「買う」国に堕ちた。
まあ、俺が何か言うことでもないのだが。
そんなことを考えながら、釣り人に時々話しかけ、連れ具合を見せてもらった。
「ちょっと寒いね」
栞が俺にくっついてくる。
釣り客が、歩く俺たちを見ていた。
声を掛けると驚かれた。
灯台の下に着いた。
「私もね、ずっと嫉妬してたんだ」
栞が言った。
風が強かった。
俺たちは少し大きな声で話した。
「奈津江が羨ましかった」
「そうですか」
「石神くんは気づいてた?」
「さあ」
「うそ」
「……」
月光が海面に映えている。
波が穏やかで、月が浮かんでいるように見えた。
「奈津江は幸せよ」
「だった、じゃなくて?」
「だって、今でも石神くんの心を離さないんだもん」
栞は俺の前に回り、抱きしめてきた。
俺は腰に手を回した。
「私も今は幸せ」
「そうですか」
「石神くんは、いつも私の遠くにいるの」
「そんなことは」
「二十年だよ」
「?」
「二十年も、ずっと私は遠くの石神くんを見てた」
「はい」
「奈津江がもう一回生まれちゃうよ!」
「アハハハ」
俺は栞にキスをした。
「でも、今はちょっと近いかな」
「そうですか」
「うん」
俺は力を込めて、栞を抱きしめた。
愛おしい。
「石神くん」
「はい」
「好き!」
「俺も!」
離れた場所で拍手が沸いた。
釣り客たちが集まって俺たちを見ていた。
「うぉー! 映画みてぇだ!」
「あんちゃん、幸せにしてやれ!」
「いいもん、あんがとなー!」
俺と栞は肩を組み、笑顔を振りまいて退散した。
「誰かスマホで撮影とかしてました?」
「ううん、見てないけど」
「こんなのネットに上がったら大変だ」
「じゃあ、全員「虚震花」で」
「絶対やめてください」
俺たちは笑って戻った。
折角沼津に来たのだからと、俺たちは寿司屋に入る。
港の近くの寿司屋は大抵美味い。
カウンターで幾つか注文し、あとはお任せで頼む。
キンメダイの握りが美味かった。
俺が褒めると、大将が喜んだ。
この店の売りらしい。
「お腹空いてますか?」
大将に聞かれた。
「はい、結構」
桜エビのかき揚げが出てきた。
香りがよく、甘い味が口に拡がる。
大将は客を見る目がある人だった。
だからだろう、店は賑わっている。
俺たちの服装を見て、無理のない範囲でいい物を出そうとしてくれる。
本当に美味くて、栞と結構食べた。
「美味い店ですけど、子どもたちは連れてこれないですねぇ」
「ネタを喰い尽くしそうよね」
「マジデマジデ」
「お子さんは何人で?」
大将が話しかけてくる。
「四人です」
「エッ! こんな綺麗でお若い奥さんなのに?」
栞が大喜びした。
「大将! 一番高いネタを!」
「へい!」
大将が笑顔で返事した。
キンメダイが美味かったので、俺は煮物も頼む。
酒が欲しい。
煮物と、小さな茶碗が来た。
気の利く店だ。
栞が一口欲しいと言うので、箸を渡した。
「美味しい!」
「仲がよろしいんですね」
「大将! 一番高いネタを!」
「へい!」
俺たちは美味い飯の礼を言い、店を出た。
「あー、美味しかった!」
「そうですね」
「また来ようね!」
「はい」
「鷹とは何を食べたの?」
「ああ、ちょっとコーヒーを飲んだだけでした」
「か、勝ったぁー!!!」
俺は大笑いした。
鷹の手料理を食べたことは黙っている。
駐車場で、しばらくエンジンの暖気を待っていた。
「ねえ、キスしよう」
栞が言う。
「今は魚臭いですよ」
どこかで歯を磨くと言って聞かない。
俺は仕方なくキスをした。
やっぱり、魚臭かった。
3
あなたにおすすめの小説
付喪神狩
やまだごんた
キャラ文芸
古い道具には年月と共に人の情念が蓄積され、それが意思を持ったものが付喪神と呼ばれる。
容姿端麗だが口も性格も女癖も悪い大和御門は日本で唯一の付喪神狩として、付喪神を祓う能力者。
自分に取り憑いた大口真神を引き連れ、同居中の相方・棚橋亨と繰り広げる現代異能バトル
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
あやかし家族 〜五人の兄と愛され末妹〜
南 鈴紀
キャラ文芸
妖狩りにより両親を奪われ、囚われの身となった半妖の少女・鈴音は浄化の狐火を利用するだけの道具のように扱われていた。呪いにより成長は止まり、容姿も思考も幼いまま、感情が消え失せてもなおただ生かされるままに生きていた。
しかし妖保護部隊本部第一部隊との出会いにより、鈴音の止まっていた時間が動き出す。
掴みどころはないが頼れる氏神・雅仁、兄には厳しいが弟妹には優しい狼の妖・千里、人間嫌いだが人当たりの良い振りが得意な人間・遥杜、可愛いもの好きで元気いっぱいの猫又・鴇羽、大人しいが思いやりに溢れる猫又・瑠璃。
五人の兄と過ごす時間の中で、無いものだらけだった鈴音にもやがて大切なものが増えていく。
妖×家族の心温まる和風ファンタジー。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
診察室の午後<菜の花の丘編>その1
スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。
そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。
「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。
時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。
多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。
この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。
※医学描写はすべて架空です。
Lucia(ルシア)変容者たち
おまつり
恋愛
人は、ときに自分の中に「もう一人の自分」を抱えて生きている。
それがもし、感情の揺らぎや、誰かとの触れ合いによって、男女の姿を入れ替える存在だったとしたら――。
カフェ『リベラ』を営むリアと、雑誌編集者の蓮。
二人は、特定の感情を抱くと性別が変わる「性別変容者」だった。
誰にも明かせない秘密を抱えながら生きてきた彼らは、互いの存在に出会い、初めて“同類”として心を通わせていく。
愛が深まるほど、境界は曖昧になる。
身体と心の輪郭は揺らぎ、「自分とは何者なのか」という問いが、静かに迫ってくる。
一方、過去に囚われ、自分自身を強く否定し続けてきたウェディングプランナー・景子と、まっすぐすぎるほど不器用な看護学生・ユウ。
彼らもまた、変容者として「変わること」と「失うこと」の狭間で、避けられない選択を迫られていく。
これは、誰の記憶にも残らないかもしれない“もう一人の自分”と共に生きながら、
それでも確かに残る愛を探し続けた人々の、静かなヒューマンドラマ。
※毎日20時に1章ずつ更新していく予定です。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる