富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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栞、ドライブ。

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 土曜日。
 栞が家に来た。

 「顕さん、元気そうでよかった」
 栞も毎日、顕さんの部屋へ行っている。
 最初はぎこちなかったが、次第に打ち解けて行った。
 奈津江の親友ということで、顕さんは栞が来ると、本当に喜んだ。

 「響子ちゃんや、亜紀ちゃんたちと楽しそうに話してて。奈津江も喜んでいるでしょうね」
 「そうですね」
 そうだといいと、思った。

 「今日も六花と出掛けるの?」
 「いえ、今日は家にいますよ」
 「じゃあ、ちょっと飲みに行かない?」
 「いえ、それは」
 俺は顕さんと、顕さんが飲めるまで自分も酒を断つと約束したことを話す。

 「そうなんだー」
 栞は残念そうに言った。


 「じゃあ、ちょっとドライブにでも行きますか」
 「ほんと!」
 「どこか行きたい所はありますか?」
 「うーん。あ、横浜のマリーナがいいな!」
 なんで、よりによって。

 「あそこはちょっと」
 「どうしたの?」
 「鷹とこないだ行ったばかりで」
 「……」
 どうして栞は鷹とこうもぶつかるのか。
 しかも負けてばかりなのか。

 「じゃあ、反対方面へ!」
 「反対って、埼玉とかですよ?」
 「埼玉って、悪いわけじゃないけど、やっぱり海がいいな」
 どうしてみんな海がいいのか。

 「どれじゃ、湾を挟んで、沼津にでも行きますか」
 「あ、それ採用!」
 俺たちは昼食を食べて、沼津へ出掛けた。
 今日はベンツだ。

 「今日はフェラーリじゃないの?」
 「最近、こっちを転がしてないですからね」
 「鷹はフェラーリだったんでしょ?」
 「そうですが」
 「なんか、負けた気がする」

 俺はベンツAMG GTロードスターの素晴らしさを説明する。
 俺はトップを開放した。
 屋根が素晴らしい動きで後ろに回収される。

 「ほら! こんなことフェラーリじゃできないでしょう!」
 「うん!」

 栞はニコニコしている。
 単純な人で良かった。




 俺はいつものカザールのサングラスをかけている。
  栞は俺が前にプレゼントした、ジャックマリーマージュのダコタを掛けている。
 ドライブに行くと決まってから一度家に戻り、着替えてそのサングラスをかけてきた。
 栞の日本的な美しい顔に、ハードなデザインのダコタがよく似合う。

 「しかし、花岡さんと鷹ってぶつかりますねぇ」
 東名高速をぶっ飛ばしながら、俺が言った。

 「別にそんな」
 「鷹は嫌いですか?」
 「そんなことないんだけど、なんだか挑戦されてるような気がする」
 俺は笑った。
 先日、鷹とドライブに行った時に、栞の話になったことを教える。

 「え、そんなこと話してたの?」
 「鷹は別に花岡さんのことが嫌いなわけじゃないけど、どうも嫉妬するようで」
 「そうなんだ」
 「俺と仲良しなのが嫌みたいですよ」
 「そうなんだ!」
 栞がなんだか喜んでいた。

 俺は昼の明るい海は好きではない。
 沼津に着いて、俺たちは「深海水族館」に入った。

 「なんだか、ちょっとコワイね」
 「人類が棲息できない場所だからですかね」
 深海魚は見慣れない、というだけではない、人間を恐怖させる異形を見せている。
 深海生物のために、照明はかなり落としている。
 栞は俺の腕にしがみついている。
 ヤクザの集団を瞬時に倒せる女が、ちゃんと恐怖心を持っている。

 「あそこにさっきから、ボウっと見える女の人って」
 「やめてよー!」
 栞がさらに身体を密着させる。
 俺は柔らかな感触を楽しんだ。

 「うわー、なにこれ」
 ダイオウグソクムシのケースの前で栞が言った。
 三十センチ以上のダンゴムシという感じだ。
 目の縁に独特の盛り上がりがあり、サングラスをかけたようなクールな顔だ。

 「ああ、これ。前に患者さんから送られたことがあるんですよ」
 「えぇー!」
 「食べられるらしいんです」
 「そうなの!」
 「でかい発泡スチロールの箱の中で、まだ生きてて」
 「いやー」
 今見ているものよりも、ちょっと小さかったと話した。

 「それを石神くん、食べたの?」
 「いや、さすがに。でも捨てるわけにもいかずに」
 「どうしたの?」
 「一江にやりました」

 二人で笑った。
 俺が頂き物を大量に貰うことは栞も知っている。
 以前はよく部下たちに配っていたことも。

 「一江は大森と一緒に食べたらしいですよ」
 「やだー」
 「意外に美味かったそうです」
 「でも」
 「冗談半分にやったんですけどねぇ」
 また二人で笑った。





 俺たちは、海に近いカフェに入った。
 明るい店内で、天井に面白い意匠がある。
 コーヒーとケーキを頼んだ。
 俺はガトーショコラを。
 栞はパンナコッタを。

 「顕さん、響子ちゃんと仲がいいよね」
 「ええ」
 「あんなに仲良くなるなんて、思わなかった」
 「顕さんが本気で可愛がっていますからね」
 「そうなんだ」
 「多分、奈津江の子どもの頃を思い出したんじゃないかと思いますよ」
 「そうなんだ」

 二人で、徐々に日が翳っていく景色を眺めた。

 「顕さんから前に聞いたんです。母親が亡くなって、顕さんしか家にいなくて」
 「うん」
 「奈津江が寂しがると思って、よく一緒に遊んでやったらしいです」
 「うん」

 「だから奈津江も本当に顕さんにべったりで。仕事で遅くなっても、いつも起きて待ってたそうですよ」
 「小学生が、一人でいたんだよね」
 「ええ。今の響子と同じです」
 「そうね」

 夕暮れが美しくなってきた。
 俺たちは持ち帰りのコーヒーを新たにもらい、店を出た。

 俺たちは港口公園を抜け、水門の展望台へ上った。

 「綺麗……」
 栞が口にした。
 本当に綺麗だった。

 湾岸の夜景の向こうに、煙るような富士山の影が見える。
 俺たちは自然に肩を寄せた。

 「か、勝ったぁー!」

 




 栞、台無しだぜ。
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