富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

文字の大きさ
2,475 / 3,215

蓮花研究所 防衛戦 エピローグ

しおりを挟む
 「ジェシカ! 急いで!」
 「はい!」

 虎蘭さんが運ばれて来た。
 重傷なのは分かっていた。
 《ロータス》は私に「絶対防衛施設」に入ることを勧めて来たが、私は負傷者が出ることを予期して、私とジェシカで医療施設で待機していた。
 石神家のみなさんは、必ず私たちを守って下さる。
 そう信じていた。
 それに、ブランたち、デュールゲリエたちも絶対に負けない。
 医療施設には医療技能のあるデュールゲリエも揃えている。
 デュールゲリエによってストレッチャーで運ばれて来た虎蘭さんは、やはり深刻な状態だった。
 既に意識はなく、全身に多くの裂傷を負っている。
 特に胸から下が深刻な状態だった。
 随分と深いものもあり、傷口が開いているものもある。
 すぐに全身麻酔をかける。

 「O型の輸血の準備!」
 「はい!」

 虎蘭さんの肌の色は白くなっている。
 失血が多く危険な状態だ。
 デュールゲリエたちが薬品と医療機器の準備をし、私と一緒に縫合していく。
 内臓に達した傷もあり、縫合の優先順序が重要だった。
 ジェシカは鼻からチューブを挿し込んで、胃に直接「エグリゴリΩ」と「オロチ」の溶液を流し込んだ。
 バイタルが上昇する。
 頼もしい「エグリゴリΩ」と「オロチ」の効果だ。

 「蓮花さん!」
 「ジェシカ! シリンジにロクロニウム(筋弛緩剤の一種)!」
 「はい!」
 
 「ラボナール3ミリを左太腿に! 裂傷が酷いわ!」
 「はい!」

 全身麻酔で眠っている虎蘭さんは、非常に美しい顔をしている。
 石神家の方々はみんなそうだが、特に虎蘭さんは石神様に似ていて一層美しい。
 鍛え上げられたお身体もそうだ。
 しかし、その綺麗なお顔にも、そして全身に恐ろしいほどの傷を負ってしまわれた。
 お身体の方は仕方がないが、絶対にこのお顔は何とかしたい。
 こんな綺麗な女性が。

 でも、多分虎蘭さんはお気になさらないのだろう。
 戦い、傷つくことは何とも思っていない。
 それは悲しいことだ。
 だから私が何とかしなければ。






 虎蘭さんのオペが終わると、戦闘は我々が優勢だった。
 最大の《地獄の悪魔》を、石神家の剣聖の方々が斃したのだ。
 私は《ロータス》から状況を常に聞いていた。
 石神家の剣士の方が3人亡くなった。
 戦場を観測していた《ロータス》から、ブランたちを守るために犠牲になったことを聞いている。
 本当にご立派な方々だった。
 ブランのミユキも大黒も傷を負ったが、大丈夫だ。
 負傷者はどんどん運ばれてくるが、虎蘭さんほど深刻な負傷は無かった。
 デュールゲリエたちが対応している。
 新たなゲートの出現にまだ備えているが、恐らくもう終わりだろう。
 一つの《ハイヴ》の全ての戦力が投入されたことが分かっている。
 その総数が送り込まれたことも、《ロータス》が分析して分かっている。
 だからもう今回の戦闘は終結するだろう。

 私は虎蘭さんのベッドの脇にいた。
 容態は安定している。
 オペは全て上手く行った。
 右の頬についた大きな傷跡。
 なんとか縫合したが、完全には消えない傷。
 誰も、本人でさえも気に掛けないその傷のことが、私には堪らなく悲しかった。
 きっと余計なお世話なのかもしれないが。
 虎蘭さんたちは、戦うために生きているのだ。
 私には、やはりそのことが悲しい。

 ベッドを離れ、幾つかの仕事をこなして夜の9時にまた虎蘭さんの病室に寄った。
 異常が無いことは《ロータス》が看ているので分かっている。
 私が病室に入ると、虎蘭さんは目を覚まされていた。

 「蓮花さん」
 「虎蘭さん、お加減はいかがですか?」
 「はい、問題ありません」

 無いわけはなかった。
 体温が39度になっている。
 縫合した幾つもの傷が炎症を起こしているのだ。
 敗血症の心配はなかったが、お身体は随分と辛いはずだった。
 私はベッド脇に腰かけて脈をとった。

 「蓮花さんが治療して下さったんですね」
 「ええ、どなたからか聞かれたんですか?」
 「いえ、ちょっと」
 「なんでしょうか?」
 「あの、こんな話は信じられないかもしれませんが」
 「なんでもお話しして? 何か重要なことかもしれないから」
 「いえ、そんなものではないのですが。実は自分には手術中の記憶があるのです」
 「手術中の?」
 「はい、私、自分の手術を見てました」
 「え?」
 「手術台の脇に立って。自分で「あー、酷い傷だなぁ」って思ってました」
 「……」

 幽体離脱をしていたというのか。
 でも、話には聞いたことはある。

 「蓮花さんは、この頬の傷を随分と熱心に縫合して下さってましたね」
 
 私は、虎蘭さんが幽体離脱をしていたということを、事実として信じた。
 もしかしたら、虎蘭さんの怪我は死に掛けるほどのものだったのかもしれない。
 臨死体験の一つなのだろうか。

 「ええ、虎蘭さんの美しいお顔に傷を遺したく無くて」
 「ありがとうございます」

 虎蘭さんがお辛い身体で頭を深く下げられた。
 もう少し聞いてみたかったのだが、その時、大勢の人間がやって来た。

 「おい、ちゃんと生きてるぜ!」
 「なんだ、良かったな!」

 石神家の皆さんだった。
 20人ほどがやって来た。

 「虎月、良かったな」
 「ああ、安心した。虎蘭なら大丈夫とは思ったが」
 「なんだよ、気がちいせぇな!」

 みんなが笑っていた。

 「虎月さん、みなさん」
 「おう、元気そうじゃねぇが、生きてるな」
 「はい!」
 「結構ひでぇ傷だったからよ。もしかしたらとは思ったんだ」
 「え、でもみなさんもう飲んでますよね」
 「当たり前だぁ! 酒飲むのは生きてる奴の権利だからなぁ!」
 「もう! 全然心配してないじゃないですか!」
 
 みなさんが笑っている。
 でも、安心していることが私にも伝わって来た。

 「まあよ、飲み始めたら虎月が暗くってよ」
 「おい!」
 「しょうがねぇから、見に行くかってなぁ」
 「生きてますよ」
 「そうだよな!」

 もちろん、私から皆さんに虎蘭さんがご無事なことはお伝えしている。
 それでも顔を見に来られたのだ。
 そろそろ目を覚ました頃をと思ってこの時間に来られたのだろう。
 廊下では一言も話されていなかった。
 もし虎蘭さんが眠っていれば起こさないようにと考えられて来たことが分かる。
 そういう方々なのだ。
 豪放磊落なようでいて、非常に繊細な方々。
 石神様と同じだ。

 「虎蘭、お前も飲むか?」
 「いいですよ! 今はそんなんじゃないですから!」
 「なんだよ、付き合えよ」
 「いい加減にして下さい!」

 虎水さんが虎蘭さんの傍に来た。

 「あんた、無茶して」
 「誰かがやらなきゃ。だったら私がやるよ」
 「次はあたしがやるからね」
 「アハハハハハハ!」

 虎蘭さんは大笑いして、傷がひきつって顔を歪ませた。

 「蓮花さん、こいつを助けてくれてありがとう」

 虎白さんが頭を下げてきた。

 「石神様のために、そしてこの研究所のために戦って下さる方々です。全力を尽くします」
 「そうか、ありがとう」
 
 虎蘭さんの様子を見て安心し、みなさんは出て行かれた。

 「素晴らしい方々ですね」
 「ええ。自慢の人たちです」
 「本当に」






 石神様は最後までいらっしゃらなかった。
 みなさんを信頼していらっしゃったのだろう。
 それに、多分石神様がいらっしゃれば、虎白様たちがお心を挫かれると思われたのだろう。
 御心配はしていらっしゃったが、ついにいらっしゃることは無かった。

 防壁が出来るまでしばらくかかりそうだ。
 だけど、石神家の方々がいらっしゃれば、何の不安も無い。
 何度敵が襲ってこようとも、必ず護って下さる。

 私は虎蘭さんにお休みになるように言い、私も部屋を出た。
 シャドウさんが廊下で待っていてくれた。
 きっと虎白さんたちと一緒に来たのだろう。
 シャドウさんも、虎蘭さんのことが心配だったのだ。

 「一緒に中へいらっしゃれば良かったのに」
 「いいえ、ネズミの私など鬱陶しいばかりでしょうから」
 「もう! 虎蘭さん! シャドウさんがおやすみを言いたいと!」
 「蓮花さん!」

 シャドウさんが慌てたが、部屋から虎蘭さんの明るい声が聞こえた。

 「シャドウさん、おやすみなさい! また明日!」
 「はい! 虎蘭さん、おやすみなさい! お大事に!」
 「ありがとうございます!」

 シャドウさんが嬉しそうに私を抱き上げた。
 
 「さあ、蓮花さんも急いでお休みにならないと」
 「ええ、走ってください、シャドウさん!」
 「はい!」

 シャドウさんが揺らさないように走ってくれた。
 私はその腕の中で大笑いした。
しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

付喪神狩

やまだごんた
キャラ文芸
古い道具には年月と共に人の情念が蓄積され、それが意思を持ったものが付喪神と呼ばれる。 容姿端麗だが口も性格も女癖も悪い大和御門は日本で唯一の付喪神狩として、付喪神を祓う能力者。 自分に取り憑いた大口真神を引き連れ、同居中の相方・棚橋亨と繰り広げる現代異能バトル

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写はすべて架空です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

『続・聖パラダイス病院』

菊池昭仁
現代文学
『聖パラダイス病院』の続編です。こんな病院なら入院生活も悪くはありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あやかし家族 〜五人の兄と愛され末妹〜

南 鈴紀
キャラ文芸
 妖狩りにより両親を奪われ、囚われの身となった半妖の少女・鈴音は浄化の狐火を利用するだけの道具のように扱われていた。呪いにより成長は止まり、容姿も思考も幼いまま、感情が消え失せてもなおただ生かされるままに生きていた。  しかし妖保護部隊本部第一部隊との出会いにより、鈴音の止まっていた時間が動き出す。  掴みどころはないが頼れる氏神・雅仁、兄には厳しいが弟妹には優しい狼の妖・千里、人間嫌いだが人当たりの良い振りが得意な人間・遥杜、可愛いもの好きで元気いっぱいの猫又・鴇羽、大人しいが思いやりに溢れる猫又・瑠璃。  五人の兄と過ごす時間の中で、無いものだらけだった鈴音にもやがて大切なものが増えていく。  妖×家族の心温まる和風ファンタジー。

処理中です...