135 / 276
第三部
34 エレナと異世界の編み機
しおりを挟む
お兄様を探すために別荘内を歩き回る。
殿下を追いかけてきた騎士や役人の人数がどんどん増えてきた。
まあ、アイラン様もいらっしゃるし警護が万全になるに越したことはないけど……
いろんな部屋のドアを開けたいけど、人目が気になってお兄様を探しづらい。
諦めて、わたしがお借りしている部屋に向かうと、お兄様はアイラン様とお茶を飲んでキャッキャしていた。
お兄様は自分が殿下のヒロインだという自覚はないのかしら。
「あ! エレナ! いいところに! 編み機を持ってきてもらったからエレナも見せてもらいなよ」
別荘に人が増えたのは、アイラン様の輿入れ道具の一部をこの屋敷に運ばせているからもあるみたい。
数日でも過ごすなら使い慣れた日用品や衣装は自分のものを使いたいものね。
『ぜひ、編み機をみてみたいわ。どちらに置かれてるんですか』
領地でみんなが使ってる足踏み式の機織り機はかなりの大きさがある。
編み機だってそれなりの大きさなはずなのに、見回しても編み機らしきものは見当たらない。
アイラン様はフフンと笑って、奥の文机を指し示す。
『あそこに置いてあるわ』
確かに机には何か物が置かれた上に布が被されている。
わたしは近づき、布をはがす。
え? うそ。
これって……
見慣れた言葉が記された、見慣れない装置に心臓が飛び出そうになる。
知ってるけれど、知らない素材でできた装置は、異質を放つ。
まるで、場違いな工芸品。
固まっているわたしの後ろでお兄様の笑い声が漏れる。
「これって……」
「これじゃあイスファーン王国で大切にしてるものだから輸出できないって言われるよね。異世界から渡ってきたものなんて」
──異世界。
わたしはその言葉に思い切り振り返る。
「何十年も前にイスファーン王国に家屋ごと異世界から渡ってきたんだって。そこの家屋に住んでいた人が、この機械をたくさん持ってたんだってさ」
机の上に鎮座するこの編み機は、プラスチックと金属でできている。
本体部分には前世の家庭科の授業で使ったミシンと同じメーカー名がアルファベットで記され、ボタンやツマミの下には日本語が書かれていた。
お兄様は、なんてことないように受け入れている。
異世界から、人やもの、それに家屋まで異世界から転移してくるなんてこと、この世界では当たり前なの?
アイラン様もネネイも大したことがないようなそぶりだ。
家まで異世界に飛ばされるなんて話なら、なんか、思い出せそうな気がする。
絶対に知ってる。
なんて題名の話だったかしら。
あ。オズの魔法使い⁈
ううん。確かにオズの魔法使いは竜巻で家ごと異世界に飛ばされるけど……
知る限りこの世界には、喋るカカシもライオンもブリキのきこりもいるなんて聞いたことないし、エメラルドの都も聞いたことない。
やっぱり、全然思い出せない……
「とりあえず、仕組みはこないだイスファーンにいる時に見せてもらってわかったから、素材にこだわらずに作らせてみたらいいかなって思って。木製とかでもいけそうじゃない? なんなら金属製の大きな機械にして、工場を作ってもいいと思うんだよ。人力で動かす部分も機構を巨大化させて水力でいけそうじゃない? せっかく領地の河川は護岸整備済みなんだから、大きな工場建てたかったんだよね」
お兄様はお金儲けの算段でもしてるのか、ホクホク顔だ。
ちょっと前まで無駄にアンニュイで色気を振り撒きまくっていたとは思えない。
「ね! エレナもそう思うでしょ」
「そっ……そうね」
「だから、エレナはアイラン様に使い方教えてもらって、どんな物が作れそうか考えてね」
いつも通り自分のしたいことに人をどんどん巻き込んでいくお兄様を、冷めた目で見つめ返す。
「……お兄様はご自身で使い方覚えないの?」
「エレナ。いい? 適材適所って知ってる? こういうのは、エレナが覚えて、考えるのが一番だって」
そうだ。適材適所で思い出した。
「お兄様。では、適材適所でわたしが編み機の操作方法を覚えて、何を作るか考えますので、お兄様は殿下の手助けをなさってきてください」
「え。何急に」
「殿下に届いたイスファーン語の書類を翻訳してきてください」
「なんで僕が。僕は文官じゃないよ」
「王立学園の学生は役人見習いの立場ですから、お兄様がお仕事されるのは問題ないはずですわ。お兄様は貴重なイスファーン語の翻訳ができる人材なんですから、適材適所でがんばってらしてください」
ヒロインのお兄様がそばにいらっしゃればきっと殿下も喜ばれるに違いないわ。
文句を言おうとするお兄様の背中を押して、殿下の元へ向かうように促した。
殿下を追いかけてきた騎士や役人の人数がどんどん増えてきた。
まあ、アイラン様もいらっしゃるし警護が万全になるに越したことはないけど……
いろんな部屋のドアを開けたいけど、人目が気になってお兄様を探しづらい。
諦めて、わたしがお借りしている部屋に向かうと、お兄様はアイラン様とお茶を飲んでキャッキャしていた。
お兄様は自分が殿下のヒロインだという自覚はないのかしら。
「あ! エレナ! いいところに! 編み機を持ってきてもらったからエレナも見せてもらいなよ」
別荘に人が増えたのは、アイラン様の輿入れ道具の一部をこの屋敷に運ばせているからもあるみたい。
数日でも過ごすなら使い慣れた日用品や衣装は自分のものを使いたいものね。
『ぜひ、編み機をみてみたいわ。どちらに置かれてるんですか』
領地でみんなが使ってる足踏み式の機織り機はかなりの大きさがある。
編み機だってそれなりの大きさなはずなのに、見回しても編み機らしきものは見当たらない。
アイラン様はフフンと笑って、奥の文机を指し示す。
『あそこに置いてあるわ』
確かに机には何か物が置かれた上に布が被されている。
わたしは近づき、布をはがす。
え? うそ。
これって……
見慣れた言葉が記された、見慣れない装置に心臓が飛び出そうになる。
知ってるけれど、知らない素材でできた装置は、異質を放つ。
まるで、場違いな工芸品。
固まっているわたしの後ろでお兄様の笑い声が漏れる。
「これって……」
「これじゃあイスファーン王国で大切にしてるものだから輸出できないって言われるよね。異世界から渡ってきたものなんて」
──異世界。
わたしはその言葉に思い切り振り返る。
「何十年も前にイスファーン王国に家屋ごと異世界から渡ってきたんだって。そこの家屋に住んでいた人が、この機械をたくさん持ってたんだってさ」
机の上に鎮座するこの編み機は、プラスチックと金属でできている。
本体部分には前世の家庭科の授業で使ったミシンと同じメーカー名がアルファベットで記され、ボタンやツマミの下には日本語が書かれていた。
お兄様は、なんてことないように受け入れている。
異世界から、人やもの、それに家屋まで異世界から転移してくるなんてこと、この世界では当たり前なの?
アイラン様もネネイも大したことがないようなそぶりだ。
家まで異世界に飛ばされるなんて話なら、なんか、思い出せそうな気がする。
絶対に知ってる。
なんて題名の話だったかしら。
あ。オズの魔法使い⁈
ううん。確かにオズの魔法使いは竜巻で家ごと異世界に飛ばされるけど……
知る限りこの世界には、喋るカカシもライオンもブリキのきこりもいるなんて聞いたことないし、エメラルドの都も聞いたことない。
やっぱり、全然思い出せない……
「とりあえず、仕組みはこないだイスファーンにいる時に見せてもらってわかったから、素材にこだわらずに作らせてみたらいいかなって思って。木製とかでもいけそうじゃない? なんなら金属製の大きな機械にして、工場を作ってもいいと思うんだよ。人力で動かす部分も機構を巨大化させて水力でいけそうじゃない? せっかく領地の河川は護岸整備済みなんだから、大きな工場建てたかったんだよね」
お兄様はお金儲けの算段でもしてるのか、ホクホク顔だ。
ちょっと前まで無駄にアンニュイで色気を振り撒きまくっていたとは思えない。
「ね! エレナもそう思うでしょ」
「そっ……そうね」
「だから、エレナはアイラン様に使い方教えてもらって、どんな物が作れそうか考えてね」
いつも通り自分のしたいことに人をどんどん巻き込んでいくお兄様を、冷めた目で見つめ返す。
「……お兄様はご自身で使い方覚えないの?」
「エレナ。いい? 適材適所って知ってる? こういうのは、エレナが覚えて、考えるのが一番だって」
そうだ。適材適所で思い出した。
「お兄様。では、適材適所でわたしが編み機の操作方法を覚えて、何を作るか考えますので、お兄様は殿下の手助けをなさってきてください」
「え。何急に」
「殿下に届いたイスファーン語の書類を翻訳してきてください」
「なんで僕が。僕は文官じゃないよ」
「王立学園の学生は役人見習いの立場ですから、お兄様がお仕事されるのは問題ないはずですわ。お兄様は貴重なイスファーン語の翻訳ができる人材なんですから、適材適所でがんばってらしてください」
ヒロインのお兄様がそばにいらっしゃればきっと殿下も喜ばれるに違いないわ。
文句を言おうとするお兄様の背中を押して、殿下の元へ向かうように促した。
6
あなたにおすすめの小説
【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
侯爵令嬢リリアンは(自称)悪役令嬢である事に気付いていないw
さこの
恋愛
「喜べリリアン! 第一王子の婚約者候補におまえが挙がったぞ!」
ある日お兄様とサロンでお茶をしていたらお父様が突撃して来た。
「良かったな! お前はフレデリック殿下のことを慕っていただろう?」
いえ! 慕っていません!
このままでは父親と意見の相違があるまま婚約者にされてしまう。
どうしようと考えて出した答えが【悪役令嬢に私はなる!】だった。
しかしリリアンは【悪役令嬢】と言う存在の解釈の仕方が……
*設定は緩いです
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
【完結】私ですか?ただの令嬢です。
凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!?
バッドエンドだらけの悪役令嬢。
しかし、
「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」
そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。
運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語!
※完結済です。
※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)
※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。
《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》
【完結】初恋相手に失恋したので社交から距離を置いて、慎ましく観察眼を磨いていたのですが
藍生蕗
恋愛
子供の頃、一目惚れした相手から素気無い態度で振られてしまったリエラは、異性に好意を寄せる自信を無くしてしまっていた。
しかし貴族令嬢として十八歳は適齢期。
いつまでも家でくすぶっている妹へと、兄が持ち込んだお見合いに応じる事にした。しかしその相手には既に非公式ながらも恋人がいたようで、リエラは衆目の場で醜聞に巻き込まれてしまう。
※ 本編は4万字くらいのお話です
※ 他のサイトでも公開してます
※ 女性の立場が弱い世界観です。苦手な方はご注意下さい。
※ ご都合主義
※ 性格の悪い腹黒王子が出ます(不快注意!)
※ 6/19 HOTランキング7位! 10位以内初めてなので嬉しいです、ありがとうございます。゚(゚´ω`゚)゚。
→同日2位! 書いてて良かった! ありがとうございます(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)
成人したのであなたから卒業させていただきます。
ぽんぽこ狸
恋愛
フィオナはデビュタント用に仕立てた可愛いドレスを婚約者であるメルヴィンに見せた。
すると彼は、とても怒った顔をしてフィオナのドレスを引き裂いた。
メルヴィンは自由に仕立てていいとは言ったが、それは流行にのっとった範囲でなのだから、こんなドレスは着させられないという事を言う。
しかしフィオナから見れば若い令嬢たちは皆愛らしい色合いのドレスに身を包んでいるし、彼の言葉に正当性を感じない。
それでも子供なのだから言う事を聞けと年上の彼に言われてしまうとこれ以上文句も言えない、そんな鬱屈とした気持ちを抱えていた。
そんな中、ある日、王宮でのお茶会で変わり者の王子に出会い、その素直な言葉に、フィオナの価値観はがらりと変わっていくのだった。
変わり者の王子と大人になりたい主人公のお話です。
悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。
三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。
死に戻りの悪役令嬢は、今世は復讐を完遂する。
乞食
恋愛
メディチ家の公爵令嬢プリシラは、かつて誰からも愛される少女だった。しかし、数年前のある事件をきっかけに周囲の人間に虐げられるようになってしまった。
唯一の心の支えは、プリシラを慕う義妹であるロザリーだけ。
だがある日、プリシラは異母妹を苛めていた罪で断罪されてしまう。
プリシラは処刑の日の前日、牢屋を訪れたロザリーに無実の証言を願い出るが、彼女は高らかに笑いながらこう言った。
「ぜーんぶ私が仕組んだことよ!!」
唯一信頼していた義妹に裏切られていたことを知り、プリシラは深い悲しみのまま処刑された。
──はずだった。
目が覚めるとプリシラは、三年前のロザリーがメディチ家に引き取られる前日に、なぜか時間が巻き戻っていて──。
逆行した世界で、プリシラは義妹と、自分を虐げていた人々に復讐することを誓う。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる