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第三部
35 エレナと異世界の編み機
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きっと、イスファーン語で書かれたあの山積みの書類を、二人で力を合わせて片付けていくうちに、お兄様と殿下は幼馴染の主従関係から一歩踏み出して、恋物語が進展するはずだわ。
わたしはお兄様の背中を見送り、一人充実した気持ちで独りごちた。
『──ねぇ、エレナってば。エリオットは、なんて言ってたの?』
話についていけない上に、勝手にお兄様を追い出してしまったからか、アイラン様は胡乱な目でわたしを見つめていた。
そうだ。アイラン様のことを忘れていた。
わたしも殿下とお兄様の恋路の障害物だけど、アイラン様も障害物だわ。
わたしは、前世の記憶があるから、わきまえることができるけど、アイラン様は……
エレナ以上にわがままなアイラン様は破滅への道をひた走るに違いない。
お兄様が殿下と結ばれて、アイラン様が黙っているとは思えない。騒ぎ立てたりしたらどうなるんだろう。
アイラン様はイスファーン王国のお姫様だ……
戦争が起きるに違いない。
イスファーン王国に攻め入られ、ヴァーデン王国は火の海に。戦火の中お兄様と殿下は二人手を取り永遠の愛を誓い合う。
──二人だけの幸せな結末。
わたしは悲惨な未来から顔を背ける。
『ねえ? 言えない話?』
金色の瞳がわたしを捉える。
ひとまず、アイラン様の問いに答えないと。
『……えっと、この編み機を参考に大型の機械にして、川の流れを使った工場を作るって言ってました』
『そんなことできるの⁈』
わたしの答えにアイラン様は目を丸くする。
『ええ』
『さすがエリオットね!』
『いつも通り、お兄様は汗をかかずに、人にやらせるだけですけど』
わたしは肩をすくめる。
『エリオットは貴族なんだからやらせて当然でしょう。でも凄いわ。うちの国では誰もそんなこと考える人はいなかったもの。異世界人が渡ってきた村と、献上された王室で何十年もそのまま使ってただけよ』
『そんな貴重な物を、持ってきてよろしかったんですか?』
『いいのよ。前も言ったと思うけど、漁師たちがシケで海に出られない時に使うくらいで、気温の高いイスファーン王国で羊毛の製品なんてそんなに需要がないのよ。必要なのは冬用の胴着くらいだわ』
やっぱり、イスファーン王国の中では羊毛製品の需要はないわよね。
予想通り、トワイン領産の毛糸は輸出をしても、ジレに姿を変えて逆輸入されるだけだ。
『水着なら需要があるかなって思ったんですけど』
『ああ! ボルボラ諸島で海遊びをした時に着た服ね?』
『はい』
『そうね! 水着なら、みんなこぞって欲しがると思うわ』
『じゃあ、早速編み機の使い方を覚えて水着が作れるか試してみましょう。ジレが作れるなら似た形にすれば水着も作れると思うんですよね』
『作れたらどうするの?』
アイラン様の金色の瞳はなんでも見透かしてそうに見える。
『イスファーン王国で水着が流行って毛糸の需要が増えたらいいなって思っています』
『ええ? それでいいの? せっかくエリオットが工場を作るって言ってるんでしょ? 工場で水着も作ってイスファーン王国に輸出すればいいじゃない』
『いいのですか? イスファーン王国からしたら、水着を輸入するよりも羊毛や毛糸を輸入して自国で作った方が安上がりなんですよ?』
『そうかも知れないけど、もうわたしはイスファーン王国の人間じゃないからどうでもいいわ。嫁ぎ先の繁栄を願うのは当然でしょう』
そうか。
まだお兄様とアイラン様は婚約しただけなんて考えて、未だ婚約の発表もしてもらえなくて、いつでも破棄できるような状態のエレナと同じように思っていたけれど、アイラン様にとっては違う。
イスファーン王国ならアイラン様はもう結婚できる年齢だもん。
ヴァーデン王国の法にのっとって婚約という形をとっているだけ。
大々的な婚約式も、もうイスファーン王国には戻らないというアイラン様の不退転の覚悟とそれを受け入れたことを表明するために行われた物だもの。
『ありがとうございます』
わたしはお礼を言うことしかできない。
『じゃあ使い方を教えてあげるけど、見返りは用意できるの?』
『えっ! 見返りですか……?』
たじろぐわたしに、アイラン様はニンマリ笑う。
『考えてないの? 仕方ないわね。じゃあ、刺繍を教えてくれたら、編み機の使い方教えてあげる』
『そんなことでよければいくらでも。でもなんで刺繍なんですか?』
『だって、この国では愛する人に刺繍を入れた身につける物をお守りとして渡すのでしょう。わたしもエリオットに贈ってあげたいわ』
アイラン様はお兄様に恋心を抱いている。お兄様は……殿下のヒロインなのに……
『もうすぐ、わたしの誕生日なの。誕生日のお願いなら、わたしの贈ったリボンつけてくれるでしょ?』
『そんな。誕生日じゃなくてもつけてくれますよ。わたしが贈ったものだってつけてくれるもの』
わたしは必死にかぶりを振る。
『それはエレナの刺繍が職人が仕上げたみたいだからじゃない。初心者のわたしが作ったものなんて、きっとつけたくないわ』
いつもの自信満々な姿はどこかに、そう悲しげに自嘲するアイラン様のいじらしい恋心に、わたしの心まで苦しくなった。
わたしはお兄様の背中を見送り、一人充実した気持ちで独りごちた。
『──ねぇ、エレナってば。エリオットは、なんて言ってたの?』
話についていけない上に、勝手にお兄様を追い出してしまったからか、アイラン様は胡乱な目でわたしを見つめていた。
そうだ。アイラン様のことを忘れていた。
わたしも殿下とお兄様の恋路の障害物だけど、アイラン様も障害物だわ。
わたしは、前世の記憶があるから、わきまえることができるけど、アイラン様は……
エレナ以上にわがままなアイラン様は破滅への道をひた走るに違いない。
お兄様が殿下と結ばれて、アイラン様が黙っているとは思えない。騒ぎ立てたりしたらどうなるんだろう。
アイラン様はイスファーン王国のお姫様だ……
戦争が起きるに違いない。
イスファーン王国に攻め入られ、ヴァーデン王国は火の海に。戦火の中お兄様と殿下は二人手を取り永遠の愛を誓い合う。
──二人だけの幸せな結末。
わたしは悲惨な未来から顔を背ける。
『ねえ? 言えない話?』
金色の瞳がわたしを捉える。
ひとまず、アイラン様の問いに答えないと。
『……えっと、この編み機を参考に大型の機械にして、川の流れを使った工場を作るって言ってました』
『そんなことできるの⁈』
わたしの答えにアイラン様は目を丸くする。
『ええ』
『さすがエリオットね!』
『いつも通り、お兄様は汗をかかずに、人にやらせるだけですけど』
わたしは肩をすくめる。
『エリオットは貴族なんだからやらせて当然でしょう。でも凄いわ。うちの国では誰もそんなこと考える人はいなかったもの。異世界人が渡ってきた村と、献上された王室で何十年もそのまま使ってただけよ』
『そんな貴重な物を、持ってきてよろしかったんですか?』
『いいのよ。前も言ったと思うけど、漁師たちがシケで海に出られない時に使うくらいで、気温の高いイスファーン王国で羊毛の製品なんてそんなに需要がないのよ。必要なのは冬用の胴着くらいだわ』
やっぱり、イスファーン王国の中では羊毛製品の需要はないわよね。
予想通り、トワイン領産の毛糸は輸出をしても、ジレに姿を変えて逆輸入されるだけだ。
『水着なら需要があるかなって思ったんですけど』
『ああ! ボルボラ諸島で海遊びをした時に着た服ね?』
『はい』
『そうね! 水着なら、みんなこぞって欲しがると思うわ』
『じゃあ、早速編み機の使い方を覚えて水着が作れるか試してみましょう。ジレが作れるなら似た形にすれば水着も作れると思うんですよね』
『作れたらどうするの?』
アイラン様の金色の瞳はなんでも見透かしてそうに見える。
『イスファーン王国で水着が流行って毛糸の需要が増えたらいいなって思っています』
『ええ? それでいいの? せっかくエリオットが工場を作るって言ってるんでしょ? 工場で水着も作ってイスファーン王国に輸出すればいいじゃない』
『いいのですか? イスファーン王国からしたら、水着を輸入するよりも羊毛や毛糸を輸入して自国で作った方が安上がりなんですよ?』
『そうかも知れないけど、もうわたしはイスファーン王国の人間じゃないからどうでもいいわ。嫁ぎ先の繁栄を願うのは当然でしょう』
そうか。
まだお兄様とアイラン様は婚約しただけなんて考えて、未だ婚約の発表もしてもらえなくて、いつでも破棄できるような状態のエレナと同じように思っていたけれど、アイラン様にとっては違う。
イスファーン王国ならアイラン様はもう結婚できる年齢だもん。
ヴァーデン王国の法にのっとって婚約という形をとっているだけ。
大々的な婚約式も、もうイスファーン王国には戻らないというアイラン様の不退転の覚悟とそれを受け入れたことを表明するために行われた物だもの。
『ありがとうございます』
わたしはお礼を言うことしかできない。
『じゃあ使い方を教えてあげるけど、見返りは用意できるの?』
『えっ! 見返りですか……?』
たじろぐわたしに、アイラン様はニンマリ笑う。
『考えてないの? 仕方ないわね。じゃあ、刺繍を教えてくれたら、編み機の使い方教えてあげる』
『そんなことでよければいくらでも。でもなんで刺繍なんですか?』
『だって、この国では愛する人に刺繍を入れた身につける物をお守りとして渡すのでしょう。わたしもエリオットに贈ってあげたいわ』
アイラン様はお兄様に恋心を抱いている。お兄様は……殿下のヒロインなのに……
『もうすぐ、わたしの誕生日なの。誕生日のお願いなら、わたしの贈ったリボンつけてくれるでしょ?』
『そんな。誕生日じゃなくてもつけてくれますよ。わたしが贈ったものだってつけてくれるもの』
わたしは必死にかぶりを振る。
『それはエレナの刺繍が職人が仕上げたみたいだからじゃない。初心者のわたしが作ったものなんて、きっとつけたくないわ』
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