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第四部
4 エレナ、王宮で働く
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書類ケースを両手で抱えて隣の部屋に移動する。
文書室内を通り抜けた方がこれからいく先は近道らしい。
紳士なハロルド様は自分も書類ケースを抱えているのに、ドアを開けて待っていてくれる。
移った部屋は、各部署の決裁書や議会の書類などたくさんの書類が山積みになっていた。
書類を整理して保管する担当のようだった。
「せっかく文書室に女官が来たのに、文書回送担当なのかよ。忙しい俺の仕事を手伝って欲しいのにお前ばっかり手伝いが増えていいご身分だ」
わたしたちが通りかかると先導するハロルド様に、役人の一人が絡んできた。
「新しく来る女官は王太子妃殿下の補佐をするのが仕事だから、そのために多くの部署と関わりを持つ文書回送の仕事をしてもらいたいと教育係からの依頼があっただろ。みんな忙しいから手伝ってもらいたい気持ちはわかるけどさ」
ハロルド様は肩をすくめる。
「聞いてるけど、例の部屋を担当するんだろ? あんな掃き溜めにもったいない」
「掃き溜めって……王太子殿下の肝入りだぞ」
「イスファーン語が出来るやつをかき集めたってだけだろ? 下級官吏ばかり集めて、何が肝入りだよ」
その言葉に役人達は大笑いして盛り上がった。馬鹿にした態度にカチンとくる。
文書係でまともな人はハロルド様しかいないのかしら!
感じ悪いのは、あの顔だけは整った役人だけだとおもったのに、こんなところにもいるなんて。
感じの悪い役人その2達と呼ぼう。
しかも、ここにいる感じ悪い役人その2達も顔だけは整っている。
イケメンだからってなんでも許されると思ったら大間違いだ。
わたしは絶世のイケメンな殿下がイケメンの基準だし、殿下にちょっと劣るけどそんじょそこらのイケメンよりも何倍もイケメンなお兄様の顔を見飽きるほど見ている。お父様だってイケオジだ。
ちょっとイケメンなくらいじゃ、騙されないし、ほだされたりもしないから、絶対に許せない。
「自分が可愛い女官と働きたかったからってヤキモチ妬くなよ。しょうがない。そんなに女性と話したいなら俺の妹を紹介してやろうか?」
わたしが言い返す前にハロルド様はそう言って感じの悪い役人その2にウィンクする。
その仕草だけでおどけた印象になり、緊張した空気が軽くなる。
「お前の妹なんて願い下げだね」
「遠慮するなって、我が義弟よ。確か俺の妹とお前の妹は王立学園の同輩だろ? 仲良くやっていけるんじゃないか?」
ハロルド様は嫌な顔を隠しもしない感じの悪い役人その2の手を取り、ミュージカル俳優のように歌い出しそうな勢いだ。
「あーもう! めんどくせぇな。ほらほら行った行った」
感じの悪い役人その2はわざとらしくそう言って、ハロルド様を手で追い払う。
「いやぁ。残念だなぁ。うちの妹はこの世で一番可愛いのに。後でやっぱり紹介してくれなんて言っても紹介してやらないぞ」
ハロルド様はそんなことを言いながら歩き始めたので、わたしとメアリさんは慌ててついていくことにした。
廊下に出ると急に立ち止まったハロルド様にぶつかりそうになる。
「きゃあ! ハロルド様ったらどうしたの? 何か忘れ物?」
「すみません。態度の悪い奴らで」
振り返ったハロルド様はそう言って頭を下げた。
「そんなこと、気になさらないで。ハロルド様は何も悪くないわ。顔を上げて」
顔を上げたハロルド様は今にも泣き出しそうだ。
捨てられた子犬……ううん。大きな犬みたい。
ハロルド様がわたしたちを担当してくれるのは業務の引き継ぎってだけじゃなくて、人柄とかも含めてのことだったのね。
しかも無駄に大袈裟な振る舞いが、お兄様にそっくりで妙に親近感が湧く。
お兄様が近くにいるみたいで心強い。
「おーい! エレナー! こっちこっち!」
そんなことを考えているとお兄様が少し先の部屋からひょっこりと顔を出してわたしを呼んでいた。
わたしはお兄様を半目で見つめる。
お兄様よりハロルド様の方がよっぽど心強い。
……ううん。落ち着いて。
さっきハロルド様も廊下でわたしのこと大声で呼んでたわ。
いい意味でも悪い意味でも二人はそっくりだわ。
心強いかはさておき、とりあえずハロルド様相手は身構えなくて済むのでありがたい。
「お兄様。今日からわたしが来るにあたって、殿下やランス様から説明はございませんでしたか?」
「あー。エレナがエレナだって言って回らないようにってこと? 聞いてるよー。でも、別にいまこの部屋は誰もいないから大丈夫」
ひと足先にお兄様は出仕していて、さっきの感じの悪い役人その2達が馬鹿にしていた特設部署で文官見習いとして働いている。
部屋を覗くと確かにみんな出払っていてお兄様一人しかいない。
「ああ、そうか。みんな昼休憩をきちんと取るようになったんでしたっけね」
ハロルド様の呟きにお兄様は頷く。
「昼休憩の時間だけどエレナ達が挨拶に来るって知ってたから、僕が留守番を買って出てお昼に行かずに待ってたんだよ。ねえ、ハロルド。エレナ達を連れてお昼に行っていい?」
「ええ。もちろんどうぞ。書類を届けたあと、食堂も案内する予定でしたから」
「お兄様はお留守番してるんじゃないの?」
「ハロルドがかわってくれるから問題ないよ」
当たり前のような態度のお兄様にため息をつく。
普段わたしには淑女らしく振る舞うようにとか説くくせに、お兄様自体は自由奔放だ。
いくらお兄様の方が爵位が上だからとはいえ、お兄様は文官見習いの立場なのに。
ハロルド様に対してわがままな態度を取りすぎだわ。
「ご迷惑よ」
「大丈夫ですよ。そろそろ先陣隊も帰ってくる頃ですから、待つのは少しの時間です。俺もエリオット様同様に可愛い妹を持つ兄の立場ですから気持ちはよくわかります。あとから俺も追いかけるので先にどうぞ」
そう言って破顔するハロルド様に甘えて、わたしたちは食堂に向かった。
文書室内を通り抜けた方がこれからいく先は近道らしい。
紳士なハロルド様は自分も書類ケースを抱えているのに、ドアを開けて待っていてくれる。
移った部屋は、各部署の決裁書や議会の書類などたくさんの書類が山積みになっていた。
書類を整理して保管する担当のようだった。
「せっかく文書室に女官が来たのに、文書回送担当なのかよ。忙しい俺の仕事を手伝って欲しいのにお前ばっかり手伝いが増えていいご身分だ」
わたしたちが通りかかると先導するハロルド様に、役人の一人が絡んできた。
「新しく来る女官は王太子妃殿下の補佐をするのが仕事だから、そのために多くの部署と関わりを持つ文書回送の仕事をしてもらいたいと教育係からの依頼があっただろ。みんな忙しいから手伝ってもらいたい気持ちはわかるけどさ」
ハロルド様は肩をすくめる。
「聞いてるけど、例の部屋を担当するんだろ? あんな掃き溜めにもったいない」
「掃き溜めって……王太子殿下の肝入りだぞ」
「イスファーン語が出来るやつをかき集めたってだけだろ? 下級官吏ばかり集めて、何が肝入りだよ」
その言葉に役人達は大笑いして盛り上がった。馬鹿にした態度にカチンとくる。
文書係でまともな人はハロルド様しかいないのかしら!
感じ悪いのは、あの顔だけは整った役人だけだとおもったのに、こんなところにもいるなんて。
感じの悪い役人その2達と呼ぼう。
しかも、ここにいる感じ悪い役人その2達も顔だけは整っている。
イケメンだからってなんでも許されると思ったら大間違いだ。
わたしは絶世のイケメンな殿下がイケメンの基準だし、殿下にちょっと劣るけどそんじょそこらのイケメンよりも何倍もイケメンなお兄様の顔を見飽きるほど見ている。お父様だってイケオジだ。
ちょっとイケメンなくらいじゃ、騙されないし、ほだされたりもしないから、絶対に許せない。
「自分が可愛い女官と働きたかったからってヤキモチ妬くなよ。しょうがない。そんなに女性と話したいなら俺の妹を紹介してやろうか?」
わたしが言い返す前にハロルド様はそう言って感じの悪い役人その2にウィンクする。
その仕草だけでおどけた印象になり、緊張した空気が軽くなる。
「お前の妹なんて願い下げだね」
「遠慮するなって、我が義弟よ。確か俺の妹とお前の妹は王立学園の同輩だろ? 仲良くやっていけるんじゃないか?」
ハロルド様は嫌な顔を隠しもしない感じの悪い役人その2の手を取り、ミュージカル俳優のように歌い出しそうな勢いだ。
「あーもう! めんどくせぇな。ほらほら行った行った」
感じの悪い役人その2はわざとらしくそう言って、ハロルド様を手で追い払う。
「いやぁ。残念だなぁ。うちの妹はこの世で一番可愛いのに。後でやっぱり紹介してくれなんて言っても紹介してやらないぞ」
ハロルド様はそんなことを言いながら歩き始めたので、わたしとメアリさんは慌ててついていくことにした。
廊下に出ると急に立ち止まったハロルド様にぶつかりそうになる。
「きゃあ! ハロルド様ったらどうしたの? 何か忘れ物?」
「すみません。態度の悪い奴らで」
振り返ったハロルド様はそう言って頭を下げた。
「そんなこと、気になさらないで。ハロルド様は何も悪くないわ。顔を上げて」
顔を上げたハロルド様は今にも泣き出しそうだ。
捨てられた子犬……ううん。大きな犬みたい。
ハロルド様がわたしたちを担当してくれるのは業務の引き継ぎってだけじゃなくて、人柄とかも含めてのことだったのね。
しかも無駄に大袈裟な振る舞いが、お兄様にそっくりで妙に親近感が湧く。
お兄様が近くにいるみたいで心強い。
「おーい! エレナー! こっちこっち!」
そんなことを考えているとお兄様が少し先の部屋からひょっこりと顔を出してわたしを呼んでいた。
わたしはお兄様を半目で見つめる。
お兄様よりハロルド様の方がよっぽど心強い。
……ううん。落ち着いて。
さっきハロルド様も廊下でわたしのこと大声で呼んでたわ。
いい意味でも悪い意味でも二人はそっくりだわ。
心強いかはさておき、とりあえずハロルド様相手は身構えなくて済むのでありがたい。
「お兄様。今日からわたしが来るにあたって、殿下やランス様から説明はございませんでしたか?」
「あー。エレナがエレナだって言って回らないようにってこと? 聞いてるよー。でも、別にいまこの部屋は誰もいないから大丈夫」
ひと足先にお兄様は出仕していて、さっきの感じの悪い役人その2達が馬鹿にしていた特設部署で文官見習いとして働いている。
部屋を覗くと確かにみんな出払っていてお兄様一人しかいない。
「ああ、そうか。みんな昼休憩をきちんと取るようになったんでしたっけね」
ハロルド様の呟きにお兄様は頷く。
「昼休憩の時間だけどエレナ達が挨拶に来るって知ってたから、僕が留守番を買って出てお昼に行かずに待ってたんだよ。ねえ、ハロルド。エレナ達を連れてお昼に行っていい?」
「ええ。もちろんどうぞ。書類を届けたあと、食堂も案内する予定でしたから」
「お兄様はお留守番してるんじゃないの?」
「ハロルドがかわってくれるから問題ないよ」
当たり前のような態度のお兄様にため息をつく。
普段わたしには淑女らしく振る舞うようにとか説くくせに、お兄様自体は自由奔放だ。
いくらお兄様の方が爵位が上だからとはいえ、お兄様は文官見習いの立場なのに。
ハロルド様に対してわがままな態度を取りすぎだわ。
「ご迷惑よ」
「大丈夫ですよ。そろそろ先陣隊も帰ってくる頃ですから、待つのは少しの時間です。俺もエリオット様同様に可愛い妹を持つ兄の立場ですから気持ちはよくわかります。あとから俺も追いかけるので先にどうぞ」
そう言って破顔するハロルド様に甘えて、わたしたちは食堂に向かった。
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