【完結】破滅フラグを回避したいのに婚約者の座は譲れません⁈─王太子殿下の婚約者に転生したみたいだけど転生先の物語がわかりません─

江崎美彩

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第四部 

41 エレナと毒花令嬢からの贈り物

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「お二人ともネリーネお嬢様の噂は、お耳に入っていらっしゃいますよね」

 ネリーネ様の侍女はそう言うと、私たちの返事も待たずに遠い目をした。

「あれは、ネリーネお嬢様が十六歳になった春……社交界の初舞台デビュタントの時にございます。あの日は我らが敬愛してやまない、慈悲深き当主様であるジョシュア・デスティモナ伯爵と嫡男であり我らを太陽の如く照らしてくださるハロルド・デスティモナ次期伯爵が、私の可愛いネリーネお嬢様のために、デスティモナ伯爵家別邸にて大々的に舞踏会を開かれたのでございます──」

 陶酔したような仕草に大仰な台詞回しでネリーネ様の侍女は話を始めた。
 デスティモナ伯爵家はハロルド様とネリーネ様だけじゃ飽き足らず、使用人まで大袈裟で饒舌だ。
 装飾されまくった屋敷の中で修飾語を盛りまくった説明の中身を、必死に耳を傾けて聴く。
 メアリさんはすでに話を聞くのを放棄したのか、ソファから立ち上がり調度品を見て回っている。

「──つまり、ネリーネお嬢様はご自身の社交界デビューで起きた事件が、大きな噂話によってかき消されたということを、身をもって経験してらっしゃるのです」

 つまり……と言われても話が飾りまくられて広がりまくって、まとまってなかったんだけど……

「えっと、つまり、ネリーネ様が社交界の初舞台デビュタントで、さる貴族の子息にダンス中に不埒な誘いを受けたのを大きな声で断ったという事件があり、その子息は大勢の前で恥をかいた。子息の家は新聞社の大株主だったため自分の息子の醜聞を目立たなくするために、ネリーネ様の悪評を流したという事でしょうか」
「おっしゃる通りにございます」

 私の認識で合っているかを確認すると、ネリーネ様の侍女は同意して意味ありげにため息をつく。

 確かにネリーネ様は派手で、誰が見ても振り返ってしまうような格好をしている。
 ただ『毒花令嬢』と呼ばれるに相応しいかと言われると、中身は単なる恋する少女だ。噂されている悪辣さは感じない。

「真実とは異なるくだらぬ悪評が原因で、社交界に居場所をなくしてしまわれたネリーネお嬢様にようやくご友人が出来、こうしてお茶会を開催できる運びになりましたのはエレナ様のお陰にございます」
「そんな頭をあげて。わたしはコーデリア様達をご紹介しただけで、何もしていないわ」

 おいおいと泣きながら頭を下げるネリーネ様の侍女に声をかける。
 頭を上げたネリーネ様の侍女の目には……涙はたまっていなかった。

「ネリーネ様は近々王宮の官吏と結婚されます。相手はかのマグナレイ侯爵家の一族で、王太子殿下付きの秘書官になるとは聞いております。ですが、しょせんは中級官吏。マグナレイ一族の中では傍系のしがない男爵家の四男です。ネリーネ様は結婚すれば男爵家の縁者でしかなくなります。あと数年し、相手が出世して仮に爵位を賜ったところで領地も持たない男爵位程度でしょう。その頃エレナ様は王太子妃でいらっしゃいます。ネリーネお嬢様がエレナ様にご友人としてお会いできるのも何回も残されていないのです」

 そうか。ステファン様は優秀とはいえ、王宮の役人でしかない。
 ステファン様のご兄弟が男爵家の跡を継げばステファン様は貴族籍から抜ける事になる。
 つまり、ネリーネ様は平民になる覚悟をしていらっしゃる。
 それほどまでにステファン様の事を愛しているの?
 それとも……
 転生者だから、貴族籍に固執していないの?
 わたしと同じ転生者であるメアリさんだって、強引に結婚したことに腹を立てていただけで、貴族籍に固執なんてしていない。大商会の若奥様として何不自由ない生活を送っている。
 エレナ……わたしだって、殿下のことが幼い頃から好きだから、殿下の婚約者の座に固執してしまうだけだもの。
 婚約破棄されてその後、どこかの貴族に嫁ぎたいかと言われればそんなことない。
 むしろ上位貴族の家に嫁いで、夜会やなんやで殿下が本物の王太子妃と仲睦まじくされている姿を見ているだけなんて耐えられる気がしない。
 それなら平民として殿下の幸せを祈る方がいい。
 趣味の手芸を活かして領地の編立工場で経営に関わらせてもらえるだろうし、どこかの子女の家庭教師だってできるかもしれない。
 居心地は悪いかもだけど、女官にだってなれるかもしれない。
 贅沢しないでいれば生きていけるくらいのお金は稼げそうだもの。

 すでにネリーネ様も多くの事業に投資をして成功していて、結婚後も生活に困らないどころか裕福な暮らしは続けられる。
 わたしには無かったけど、やっぱりネリーネ様はヒロインで、神様からチート能力が与えられているんじゃないかしら……

「──ですからネリーネ様にもう少しだけお付き合いいただけないでしょうか」

 気がつくと、再びネリーネ様の侍女は深々と頭を下げていた。
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