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第五部
30 王太子殿下と淡い恋の物語【サイドストーリー】
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神妙な顔で「前世の記憶がある」なんて昔から知っている事を告白するエレナに、私は何を告げればいいのか迷う。
迷っているうちにどんどん話を進めるエレナはまるで幼い頃のままだ。
幼い頃を思い出して笑ってしまったのを咎める姿もあの時から変わらない。
私をシリルお兄ちゃまと呼び、妹のように振る舞うエレナのまま。
ああ、そうだ。私のことを兄のように慕っていた幼い少女に気持ちを押し付けるような手紙を見せてしまった。
後悔しているくせに涙で濡れる柔らかな頬に触れずにはいられない。
「優しくなさらないで」
エレナから放たれた拒絶の言葉は私の胸に突き刺さる。
「わたしは偽物のエレナなの……あんなに素敵な……宝物のような手紙をたくさん頂いても、わたしは偽物でしかないのに……」
「宝物のような手紙……」
勝手に傷ついた心を癒すのもまたエレナの紡ぐ言葉だ。
あの時も、傷ついた私の心を癒し、満たしてくれたのはエレナだった。
──昨年の春。
「ねぇ。殿下。次のお休みに良かったらうちの領地まで遊びに来ない? それとも相変わらずお茶会で忙しい?」
寮内の自室に戻る途中エリオットに声をかけられた。
「まるで私が茶会ばかり開いているような口ぶりだな」
「あはは。失礼いたしました」
婚約者探しを兼ねた茶会が頻繁に開催されていることをからかうかのようにエリオットはヘラヘラと笑っている。
王宮でのさばる重鎮達が作った、顔もわからない令嬢達のリストを上から順に呼んでいるだけの茶会は、開催されるたびに「王太子は令嬢の顔も見分けがつかず茶会でまともに令嬢達と会話する能力もなく婚約者が決まらない。婚約者探しのために闇雲に血税を使い豪華な茶会を日夜開いている」などという悪評が広がっていた。
令嬢たちは皆同じような化粧をして同じような表情を浮かべ、流行り物の話題ばかりで領地について尋ねてもまともに返事もできず会話が成り立たない。そんな会をいくら重ねても無駄だというのに。
悪評高い茶会の招待状は社交界では召集令状などと呼ばれ、年頃の娘を持つ領主達は招待状が届かないように祈って過ごしているなどと揶揄されている。払拭するために積極的に領主達に声をかけることで王族に直接訴える機会を得られたと満足して帰っていったが、参加していない領主達に事実は届かない。
深くため息をつく。
「無理? どうしても来て欲しいんだけどなぁ」
諦めの悪い幼馴染は今度は神妙な面持ちで懇願してきた。
「……別に行くのは構わないが、何かあるのか?」
「本当⁈ よかったー! 実はね、今年のエレナの誕生日プレゼントを何にしようか考えてたんだけど、こないだ帰省した時に『お兄様は毎日アカデミーで殿下に会えて羨ましいな。わたしだって殿下にお会いしたいわ』って言ってたの思い出してさ。次のお休みがちょうどエレナの誕生日なんだよ。だから一緒に来てエレナのお祝いしてよ」
エレナか。
エリオットの妹のエレナの名前もリストに載っていた。建国からの名家であるトワイン侯爵家も近年政治的な発言権はない。とりあえず載せたのか姿絵もなく末尾に名前のみ掲載されていた。
「相変わらずエリオットのエレナへの誕生日プレゼントは安上がりだな。昔エレナの誕生日プレゼントに屋敷でおばけ退治するとか言っていなかったか?」
「そうそう。懐かしいね。でもエレナを喜ばせること考えるのは、お金をかけるより大変なんだよ」
エレナの誕生日には毎年本を贈ってはいたが、会うのは久しぶりだ。
茶会に招待予定の何十人もに渡るご令嬢リストを確認するよう渡された際に、エレナしかわからないなどと告げたが、久しぶりに会ったら全く別人のようになっている可能性もある。
エレナですら顔がわからず会話ができなければ……
勝手な噂に自分が飲み込まれそうになっていることに気がつき、慌ててかぶりを振った。
***
「わあ! 本当に来てくださったのね! 私の誕生日を殿下がお祝いしてくれるなんて夢みたいだわ!」
トワイン邸の応接間でエメラルドのような瞳をキラキラと輝かせて出迎えてくれたのは、記憶のまま大きくなったエレナだった。
「おや。エレナはもう私をシリルお兄ちゃまとは呼んでくれないのかい?」
「やだわ。わたしだって十五歳になるのよ。殿下の事をお兄ちゃまって呼んだらいけないことくらい理解しているわ」
からかわれたことにエレナは頬を膨らませる。その姿に幼い頃を思い出し、話しているだけで自然と口元が緩みそうになる。
「お誕生日おめでとうエレナ。今年の贈り物は持参したよ」
「今年もありがとうございます。大切に読みますね」
エレナに贈り物の本を渡すと、エリオットが覗き込んだ。
「またこんな難しそうな歴史書なんてもらっちゃって」
「難しそうだけど、とても面白そうよ」
「去年殿下にもらった本だって、その本を理解するために関連図書を買い集めて、それでも理解しきれないからって母さまや家庭教師の先生を質問責めにしてたじゃない。僕だって帰省するとエレナからの質問に答えてあげなきゃいけないから、のんびりできなかったんだからね」
「そうなのかい? 感想を記した手紙からはエレナはしっかりと理解していることが伝わったけど」
エレナは毎年私の誕生日には本のお返しとして、刺繍を入れたハンカチと一緒に本の感想を書いた手紙を贈ってくれていた。
「書いてある内容を理解しても、解釈に悩んだ場所は自分の考えが合っているか他の方の意見を聞きたいだけなんです」
エリオットに告げ口されたことにまたエレナの頬は膨らみ唇を尖らせていた。
「それなら手紙に書いてくれたら良かったのに。エレナの手紙ならいくらでも返事を出すよ」
「そんな……殿下のお返事がほしくておねだりのようなことしたら、はしたないわ」
昔のままのように見えて、エレナは変なところに遠慮がちだった。
「せっかくだから、エレナの悩んでいた内容を聞かせて? 一緒に考えよう」
「本当? いいの?」
「もちろん。一緒に本の感想を語り合ったり、わからないところを教えることまでがエレナへの誕生日プレゼントだったと思ったけど?」
エレナの満面の笑顔を見て、久しぶりに自分の言葉で人が笑顔になる喜びを感じた。
迷っているうちにどんどん話を進めるエレナはまるで幼い頃のままだ。
幼い頃を思い出して笑ってしまったのを咎める姿もあの時から変わらない。
私をシリルお兄ちゃまと呼び、妹のように振る舞うエレナのまま。
ああ、そうだ。私のことを兄のように慕っていた幼い少女に気持ちを押し付けるような手紙を見せてしまった。
後悔しているくせに涙で濡れる柔らかな頬に触れずにはいられない。
「優しくなさらないで」
エレナから放たれた拒絶の言葉は私の胸に突き刺さる。
「わたしは偽物のエレナなの……あんなに素敵な……宝物のような手紙をたくさん頂いても、わたしは偽物でしかないのに……」
「宝物のような手紙……」
勝手に傷ついた心を癒すのもまたエレナの紡ぐ言葉だ。
あの時も、傷ついた私の心を癒し、満たしてくれたのはエレナだった。
──昨年の春。
「ねぇ。殿下。次のお休みに良かったらうちの領地まで遊びに来ない? それとも相変わらずお茶会で忙しい?」
寮内の自室に戻る途中エリオットに声をかけられた。
「まるで私が茶会ばかり開いているような口ぶりだな」
「あはは。失礼いたしました」
婚約者探しを兼ねた茶会が頻繁に開催されていることをからかうかのようにエリオットはヘラヘラと笑っている。
王宮でのさばる重鎮達が作った、顔もわからない令嬢達のリストを上から順に呼んでいるだけの茶会は、開催されるたびに「王太子は令嬢の顔も見分けがつかず茶会でまともに令嬢達と会話する能力もなく婚約者が決まらない。婚約者探しのために闇雲に血税を使い豪華な茶会を日夜開いている」などという悪評が広がっていた。
令嬢たちは皆同じような化粧をして同じような表情を浮かべ、流行り物の話題ばかりで領地について尋ねてもまともに返事もできず会話が成り立たない。そんな会をいくら重ねても無駄だというのに。
悪評高い茶会の招待状は社交界では召集令状などと呼ばれ、年頃の娘を持つ領主達は招待状が届かないように祈って過ごしているなどと揶揄されている。払拭するために積極的に領主達に声をかけることで王族に直接訴える機会を得られたと満足して帰っていったが、参加していない領主達に事実は届かない。
深くため息をつく。
「無理? どうしても来て欲しいんだけどなぁ」
諦めの悪い幼馴染は今度は神妙な面持ちで懇願してきた。
「……別に行くのは構わないが、何かあるのか?」
「本当⁈ よかったー! 実はね、今年のエレナの誕生日プレゼントを何にしようか考えてたんだけど、こないだ帰省した時に『お兄様は毎日アカデミーで殿下に会えて羨ましいな。わたしだって殿下にお会いしたいわ』って言ってたの思い出してさ。次のお休みがちょうどエレナの誕生日なんだよ。だから一緒に来てエレナのお祝いしてよ」
エレナか。
エリオットの妹のエレナの名前もリストに載っていた。建国からの名家であるトワイン侯爵家も近年政治的な発言権はない。とりあえず載せたのか姿絵もなく末尾に名前のみ掲載されていた。
「相変わらずエリオットのエレナへの誕生日プレゼントは安上がりだな。昔エレナの誕生日プレゼントに屋敷でおばけ退治するとか言っていなかったか?」
「そうそう。懐かしいね。でもエレナを喜ばせること考えるのは、お金をかけるより大変なんだよ」
エレナの誕生日には毎年本を贈ってはいたが、会うのは久しぶりだ。
茶会に招待予定の何十人もに渡るご令嬢リストを確認するよう渡された際に、エレナしかわからないなどと告げたが、久しぶりに会ったら全く別人のようになっている可能性もある。
エレナですら顔がわからず会話ができなければ……
勝手な噂に自分が飲み込まれそうになっていることに気がつき、慌ててかぶりを振った。
***
「わあ! 本当に来てくださったのね! 私の誕生日を殿下がお祝いしてくれるなんて夢みたいだわ!」
トワイン邸の応接間でエメラルドのような瞳をキラキラと輝かせて出迎えてくれたのは、記憶のまま大きくなったエレナだった。
「おや。エレナはもう私をシリルお兄ちゃまとは呼んでくれないのかい?」
「やだわ。わたしだって十五歳になるのよ。殿下の事をお兄ちゃまって呼んだらいけないことくらい理解しているわ」
からかわれたことにエレナは頬を膨らませる。その姿に幼い頃を思い出し、話しているだけで自然と口元が緩みそうになる。
「お誕生日おめでとうエレナ。今年の贈り物は持参したよ」
「今年もありがとうございます。大切に読みますね」
エレナに贈り物の本を渡すと、エリオットが覗き込んだ。
「またこんな難しそうな歴史書なんてもらっちゃって」
「難しそうだけど、とても面白そうよ」
「去年殿下にもらった本だって、その本を理解するために関連図書を買い集めて、それでも理解しきれないからって母さまや家庭教師の先生を質問責めにしてたじゃない。僕だって帰省するとエレナからの質問に答えてあげなきゃいけないから、のんびりできなかったんだからね」
「そうなのかい? 感想を記した手紙からはエレナはしっかりと理解していることが伝わったけど」
エレナは毎年私の誕生日には本のお返しとして、刺繍を入れたハンカチと一緒に本の感想を書いた手紙を贈ってくれていた。
「書いてある内容を理解しても、解釈に悩んだ場所は自分の考えが合っているか他の方の意見を聞きたいだけなんです」
エリオットに告げ口されたことにまたエレナの頬は膨らみ唇を尖らせていた。
「それなら手紙に書いてくれたら良かったのに。エレナの手紙ならいくらでも返事を出すよ」
「そんな……殿下のお返事がほしくておねだりのようなことしたら、はしたないわ」
昔のままのように見えて、エレナは変なところに遠慮がちだった。
「せっかくだから、エレナの悩んでいた内容を聞かせて? 一緒に考えよう」
「本当? いいの?」
「もちろん。一緒に本の感想を語り合ったり、わからないところを教えることまでがエレナへの誕生日プレゼントだったと思ったけど?」
エレナの満面の笑顔を見て、久しぶりに自分の言葉で人が笑顔になる喜びを感じた。
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