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第五部
57 エレナと殿下のデート
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繁華街を歩く殿下は興味深げに周りを見回している。
街ゆく人はさっきみたいに冷やかしの声をあげる人もいれば、美貌にやられたのかうっとりと眺める人たちもいる。
本当に誰も殿下だってわかってないのかしら?
こんなイケメンそうそう居ないと思うんだけど。
「せっかくだからとブライアンやステファンに立ち寄るべき店を教えてもらったのだが、なかなか混雑の中で店を探すのは大変そうだな」
「下調べをされたのですね」
そうよ。デートとは言われても、民の暮らしを知るために殿下は街に出られているのだもの。事前準備をしっかりされているのね
浮かれてはいけない。わたしも役に立ちたくて周りを見回す。
確かに大通りの店舗と違って間口の狭い店が立ち並んでいる。しかも宝飾品店の隣に食料品店が並んだり、その隣は雑貨店だったりと無秩序だ。
市場の方が店構えは小さいけれど、食料品なら食料品とまとまって出店しているだけ見やすかった。
「どんなお店をお探しなんですか?」
「ああ、見つけた。あの料理店だよ。ブライアンがよくデートに使うと言っていた店だ。あと、角の店がステファンが夫人にブローチをオーダーした宝飾品店だ。さあ、行くよ」
わたしを殿下は抱き寄せて歩き始める。
「えっ」
「宝飾品店でオーダーをして、そのあと食事をしよう」
「オーダー? カフスボタンかタイピンでもお作りになられるんですか?」
「……困ったな。自分のものじゃないよ。先日百貨店で真珠のアクセサリーを贈ろうとしたら高級すぎるからと辞退されてしまったからね」
訴えるような視線に、誰に贈ろうとしてるのか察する。
「それはその……身分不相応と言いますか……」
「あの宝飾品店はセミオーダーの品を提供しているとのことだから値段も先日の品と比較すると手ごろらしいから値段は気にする事ないよ」
「値段じゃないんです。そもそも記念日でもなんでもないのに贈っていただくこと自体が……」
殿下はまた耳に顔を近づける。
「デスティモナ伯爵家がジェームズ商会から買収して経営してるように噂されてはいるが、実際は共同出資している店の一つでね。ハロルドの奥方の生家が宝飾品加工の工房を経営しているんだが、そこの工房で育てた若手の職人を多く雇っているそうだ。ステファンだけでなくハロルドからも是非来店してほしいと勧められたのだ。用もなく来店はできないだろう?」
「そうなんですね」
そういえば、女官見習いとして王宮に出仕していたころ、一緒に出仕してくれていたメアリさんがハロルド様と懇意にしたがっていたから紹介したけれど、いつの間に共同出資して店を出すまで進んでいたのね。
しかも殿下のお話からすると複数あるうちの一つっぽい。さすがだわ。
わたしが感心している間に殿下はどんどん歩みを進め、店の中に入ってしまった。
***
「いらっしゃいませ」
店内の従業員はみな貴族の屋敷に努めるような制服姿だ。
一番奥のカウンターで誰よりも深く頭を下げた店員が慇懃に顔を上げる。
人当たりがよさそうなでも一癖ありそうな糸目の笑顔は見覚えがある。
アイザック・ジェームズ。わたしの王立学園の同級生でメアリさんの旦那様だ。
「おひさし……」
そこまで言って固まる。
あれ。わたしアイザックさんとクラスメイトではあるけれど挨拶ってしたことあるかしら。
カフスボタンを依頼したときはスピカさんを通じてお願いしたし、ジェームズ家がトワイン領の村を管理してくれることになった時も親同士で契約が進んでいた。いやお兄様は噛んでたかもしれないけれどわたしが知らないうちに話が進んでいた。
多分挨拶したことがない。
貴族のめんどくさいしきたりでは顔見知りでも挨拶をしたことがなければ初対面のふりをしなくてはいけない。
「初めましての方がいいのかしら?」
「いえいえ。貴族の礼儀はお気になさらずに。親の目が眩んで男爵位を得ただけで、私はほぼ平民みたいなものですから」
私がどう挨拶をすればいいか悩んでいるとアイザックさんは細い目をますます細くして首を振る。
「それはそうと妻がいつも王宮でお世話になっております。一緒の職場で働いていらっしゃるんですよね」
「メアリ夫人にはとてもよくしていただいています」
「いえいえ。うちのメアリがお世話になってばかりのようで。あなたの事を誰よりも働き者で、見習わなくてはと言っていますよ」
「そんなとんでもない」
「ご謙遜なさらずに。うちのメアリからはいろんな部署に書類を届けながら役人たちを励まし、またイスファーン語が堪能だから翻訳なんかで困っている役人に助言して解決されたりしていたと聞きましたよ」
聞き耳を立てている店員やお客さんが感嘆をあげる。周りの視線が痛い。あまり王宮での話を続けると正体がバレてしまうかもしれない。
話を終わりにしてもらわないと。
必死に目配せをしても話は終わらない。慌てるわたしの頭の上で「ゴホン」と咳払いが聞こえた。
「失礼しました。恋人に送るアクセサリーの注文ですよね」
「ああ。『恋人』に送るアクセサリーの注文だ」
その断言に声にならない声が店内で響き渡った。
街ゆく人はさっきみたいに冷やかしの声をあげる人もいれば、美貌にやられたのかうっとりと眺める人たちもいる。
本当に誰も殿下だってわかってないのかしら?
こんなイケメンそうそう居ないと思うんだけど。
「せっかくだからとブライアンやステファンに立ち寄るべき店を教えてもらったのだが、なかなか混雑の中で店を探すのは大変そうだな」
「下調べをされたのですね」
そうよ。デートとは言われても、民の暮らしを知るために殿下は街に出られているのだもの。事前準備をしっかりされているのね
浮かれてはいけない。わたしも役に立ちたくて周りを見回す。
確かに大通りの店舗と違って間口の狭い店が立ち並んでいる。しかも宝飾品店の隣に食料品店が並んだり、その隣は雑貨店だったりと無秩序だ。
市場の方が店構えは小さいけれど、食料品なら食料品とまとまって出店しているだけ見やすかった。
「どんなお店をお探しなんですか?」
「ああ、見つけた。あの料理店だよ。ブライアンがよくデートに使うと言っていた店だ。あと、角の店がステファンが夫人にブローチをオーダーした宝飾品店だ。さあ、行くよ」
わたしを殿下は抱き寄せて歩き始める。
「えっ」
「宝飾品店でオーダーをして、そのあと食事をしよう」
「オーダー? カフスボタンかタイピンでもお作りになられるんですか?」
「……困ったな。自分のものじゃないよ。先日百貨店で真珠のアクセサリーを贈ろうとしたら高級すぎるからと辞退されてしまったからね」
訴えるような視線に、誰に贈ろうとしてるのか察する。
「それはその……身分不相応と言いますか……」
「あの宝飾品店はセミオーダーの品を提供しているとのことだから値段も先日の品と比較すると手ごろらしいから値段は気にする事ないよ」
「値段じゃないんです。そもそも記念日でもなんでもないのに贈っていただくこと自体が……」
殿下はまた耳に顔を近づける。
「デスティモナ伯爵家がジェームズ商会から買収して経営してるように噂されてはいるが、実際は共同出資している店の一つでね。ハロルドの奥方の生家が宝飾品加工の工房を経営しているんだが、そこの工房で育てた若手の職人を多く雇っているそうだ。ステファンだけでなくハロルドからも是非来店してほしいと勧められたのだ。用もなく来店はできないだろう?」
「そうなんですね」
そういえば、女官見習いとして王宮に出仕していたころ、一緒に出仕してくれていたメアリさんがハロルド様と懇意にしたがっていたから紹介したけれど、いつの間に共同出資して店を出すまで進んでいたのね。
しかも殿下のお話からすると複数あるうちの一つっぽい。さすがだわ。
わたしが感心している間に殿下はどんどん歩みを進め、店の中に入ってしまった。
***
「いらっしゃいませ」
店内の従業員はみな貴族の屋敷に努めるような制服姿だ。
一番奥のカウンターで誰よりも深く頭を下げた店員が慇懃に顔を上げる。
人当たりがよさそうなでも一癖ありそうな糸目の笑顔は見覚えがある。
アイザック・ジェームズ。わたしの王立学園の同級生でメアリさんの旦那様だ。
「おひさし……」
そこまで言って固まる。
あれ。わたしアイザックさんとクラスメイトではあるけれど挨拶ってしたことあるかしら。
カフスボタンを依頼したときはスピカさんを通じてお願いしたし、ジェームズ家がトワイン領の村を管理してくれることになった時も親同士で契約が進んでいた。いやお兄様は噛んでたかもしれないけれどわたしが知らないうちに話が進んでいた。
多分挨拶したことがない。
貴族のめんどくさいしきたりでは顔見知りでも挨拶をしたことがなければ初対面のふりをしなくてはいけない。
「初めましての方がいいのかしら?」
「いえいえ。貴族の礼儀はお気になさらずに。親の目が眩んで男爵位を得ただけで、私はほぼ平民みたいなものですから」
私がどう挨拶をすればいいか悩んでいるとアイザックさんは細い目をますます細くして首を振る。
「それはそうと妻がいつも王宮でお世話になっております。一緒の職場で働いていらっしゃるんですよね」
「メアリ夫人にはとてもよくしていただいています」
「いえいえ。うちのメアリがお世話になってばかりのようで。あなたの事を誰よりも働き者で、見習わなくてはと言っていますよ」
「そんなとんでもない」
「ご謙遜なさらずに。うちのメアリからはいろんな部署に書類を届けながら役人たちを励まし、またイスファーン語が堪能だから翻訳なんかで困っている役人に助言して解決されたりしていたと聞きましたよ」
聞き耳を立てている店員やお客さんが感嘆をあげる。周りの視線が痛い。あまり王宮での話を続けると正体がバレてしまうかもしれない。
話を終わりにしてもらわないと。
必死に目配せをしても話は終わらない。慌てるわたしの頭の上で「ゴホン」と咳払いが聞こえた。
「失礼しました。恋人に送るアクセサリーの注文ですよね」
「ああ。『恋人』に送るアクセサリーの注文だ」
その断言に声にならない声が店内で響き渡った。
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