【完結】破滅フラグを回避したいのに婚約者の座は譲れません⁈─王太子殿下の婚約者に転生したみたいだけど転生先の物語がわかりません─

江崎美彩

文字の大きさ
262 / 276
第五部

56 エレナと流行りのワンピース

しおりを挟む
 着替えたワンピースは、まるでわたしのために作られたみたいにサイズがぴったりだった。
 たっぷりとしたドレープは上半身を覆い、肩口の金具でしっかり固定されている。長袖のパフスリーブは袖口に金糸と銀糸で施された細かい小花の刺繍が可愛らしい。
 紺色のスカートの上にはエプロンのような白い布があしらわれていて庶民的な印象を与えている。

 可愛らしいデザインだけど上半身にボリュームがあるからか、太って見える気がして心配だ。
 なのに鏡がないから確認ができない。
 着替えを手伝ってくれているリリィさんはすでに着替えは終えている。

「リリィさんのワンピースはランス様とステファン様とお揃いなのね」

 リリィさんのワンピースはわたしが着たワンピースと似た意匠ではあるけれど、もっとシンプルだ。

「そうみたいですね」
「わたしの着ているワンピース、太って見えないかしら?」
「そんなことありません。大変お似合いですよ」
「ねぇ。リリィさんのワンピースと交換するわけにはいかないの?」

 スレンダーなリリィさんの方が上半身にボリュームのあるワンピースが似合う。
 わたしだってシンプルなワンピースの方がいくらかマシな気がするし。

「交換なんてしたら嫉妬でとんでもないことが起きますよ」
「まぁ。あのいつも落ち着き払ったランス様が嫉妬に狂うなんて! リリィさんは愛されているのね」

 リリィさんは困った顔でわたしを見つめ小さく息を吐き出す。

「……そうですね。ランスは私のことが大好きで大好きでしょうがないのです。幼い頃、エリオット様のほか私とランスもシリル王太子殿下の幼馴染として遊び相手になっていたのはご存知ですよね」
「もちろんよ」

 幼馴染だからかリリィさんは殿下やお兄様に対して気安い雰囲気がする。
 少し前ならリリィさんがヒロインの物語に転生してきたんじゃないかって妄想が止まらなかったと思うんだけど、いまはもうそういう妄想に取り憑かれることはない。
 だって、前世のわたしは「転生しているのを覚えているっていう記憶をなくす」なんて意味わからない小説も漫画も読んだことがないし、そんなゲームも知らないもの。
 わたしは物語を生きているのではなく、エレナ・トワインとして現実を生きている。

「そのころから物陰から私のことをこっそり覗いていたり、少し離れたところから後をつきまとっていたのです」

  リリィさんはわたしの髪の毛を結いながら、幼いころの思い出話や結婚のいきさつを話してくれる。
 ずっとずっと一途にリリィさんのことを思っていたなんて惚気話だ。

「ではランス様の一途な愛にリリィさんは絆されてしまったのね?」
「一途ですか? ふっ。ふふっ」
「どうしたの?」
「いえ。ランスの執着を一途な愛と思えるなんて」
「リリィさんの気持ちは違うの?」
「私の気持ちは、そうですね。シリル王太子殿下の婚約者がエレナ様で本当に良かったと思っています」
「そうやって話を逸らして……」

 返事もなく笑い続けるリリィさんを見つめる。

「そういえば、前に同じようなことランス様にも言われたのを思い出したわ」
「ランスがですか?」
「ええ」

 王宮学園アカデミーに改めて通い始めてすぐの頃。殿下に王宮学園アカデミーの裏庭に誘われた帰り道で似たようなことを言われた。
 リリィさんとランス様はなんだかんだ言って似たもの夫婦なのね。
 まぁ、そもそも曲者な雰囲気とか全体的に似ているんだけど。

「……とにかくそういうことで、私とエレナ様のワンピースを交換することは出来かねますのでご了承ください」
「わかったわ」
「出来上がりましたよ。さぁ、きっと待ちくたびれていらっしゃいますから向かいましょう」

 リリィさんに手を引かれ、お待ちいただいている馬車に向かった。



 ***



 今まで視察先で連れて行ってもらったお店も市場マルシェも大通りや街の中心部で、どちらかというと安全な場所だった。
 これから向かう先は道一本入った繁華街だ。
 道を歩く客層も変わる。

「離れないように近くにおいで」

 殿下はわたしの腰を抱き寄せる。周りからの視線を感じると口笛が鳴った。

「お熱いねぇ」

 店先で昼間からお酒を飲んでるのか赤ら顔のおじさんたちから冷やかしのような声が次々とあがる。
 誰も諌めるものはいない。むしろ楽しげに笑うものたちばかりだ。

「ありがとう」

 殿下は優美な微笑みで答えるているけれど私の腰を抱く力は少し強くなる。「先を急ごう」耳打ちされたわたしはおじさん達に会釈をして殿下と共に歩き出す。

「……あの」

 歩きながら小声で話そうとすると殿下は顔を近づけてくれる。
 近づいた長いまつ毛にドキドキする。

「なに?」

 優しい声色に心臓が跳ねる。ドキドキしながら殿下の耳元に顔を近づける。
 これから話す内容は周りに聞こえてはいけない。

「……もしかして、この地域の人たちには正体がバレてないのかしら」
「気がついた?」
「ええ。みんな殿下のこと気がついていないのよ」
「そっち? うーん。私の正体はみんなわかってると思うけど」
「そんなことないわ。正体がわかっていたらあんな軽口をたたいて口笛を吹くなんてできないもの」
「そうか」

 腰を屈めていた殿下はいつもの綺麗な姿勢に戻る。

「バレていないなら、今日は一日恋人のようなデートを楽しもう」
「こっ恋人⁈」

 思わず大きい声をあげてしまうと、目の前の顔を曇らせてしまった。

「せっかくお忍びなのに大きい声を出して注目を浴びるようなことをしてごめんなさい」
「大丈夫だよ。周りはまだ気がついていないから。さあ行くよ」

 殿下は周りを確認するように見回したあと、わたしに笑いかけた。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

[完結]7回も人生やってたら無双になるって

紅月
恋愛
「またですか」 アリッサは望まないのに7回目の人生の巻き戻りにため息を吐いた。 驚く事に今までの人生で身に付けた技術、知識はそのままだから有能だけど、いつ巻き戻るか分からないから結婚とかはすっかり諦めていた。 だけど今回は違う。 強力な仲間が居る。 アリッサは今度こそ自分の人生をまっとうしようと前を向く事にした。

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。

なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。 本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

【完結】悪役令嬢は何故か婚約破棄されない

miniko
恋愛
平凡な女子高生が乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまった。 断罪されて平民に落ちても困らない様に、しっかり手に職つけたり、自立の準備を進める。 家族の為を思うと、出来れば円満に婚約解消をしたいと考え、王子に度々提案するが、王子の反応は思っていたのと違って・・・。 いつの間にやら、王子と悪役令嬢の仲は深まっているみたい。 「僕の心は君だけの物だ」 あれ? どうしてこうなった!? ※物語が本格的に動き出すのは、乙女ゲーム開始後です。 ※ご都合主義の展開があるかもです。 ※感想欄はネタバレ有り/無しの振り分けをしておりません。本編未読の方はご注意下さい。

お言葉を返すようですが、私それ程暇人ではありませんので

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<あなた方を相手にするだけ、時間の無駄です> 【私に濡れ衣を着せるなんて、皆さん本当に暇人ですね】 今日も私は許婚に身に覚えの無い嫌がらせを彼の幼馴染に働いたと言われて叱責される。そして彼の腕の中には怯えたふりをする彼女の姿。しかも2人を取り巻く人々までもがこぞって私を悪者よばわりしてくる有様。私がいつどこで嫌がらせを?あなた方が思う程、私暇人ではありませんけど?

【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。

千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。 だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。 いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……? と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。

悪役令嬢?いま忙しいので後でやります

みおな
恋愛
転生したその世界は、かつて自分がゲームクリエーターとして作成した乙女ゲームの世界だった! しかも、すべての愛を詰め込んだヒロインではなく、悪役令嬢? 私はヒロイン推しなんです。悪役令嬢?忙しいので、後にしてください。

自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~

浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。 本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。 ※2024.8.5 番外編を2話追加しました!

処理中です...