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第五部
60 孤児院の少年トビーと女神様【サイドストーリー】
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こんな場所もう二度と来るものかと思って飛び出した店の奥でオレは祭司様と一緒に座っていた。
呼び出しっていうやつだ。
「ええ、ええ。せっかくのお話でしたが、ええ、今回のご縁は無かったことにさせていただければと思います」
お人好しの祭司様はもう肌寒くなってきたっていうのに、しきりにハンカチで汗を拭いている。
呼び出しの手紙を受け取ったときは「エレナ様を悪様に言うような輩にははっきりと言わなくてはならない」なんて言ってたくせに。
「それじゃあこちらも困るんですよ。喧嘩なんて起こされて大切な従業員が怪我をしてしまいましてね。弁償して頂かないと」
そういうと店の主人が「おい」と裏に声をかける。出てきたのはこれ見よがしに包帯を巻かれた店員たちだった。
ニヤニヤと笑っている。
「ほらこんなざまじゃお客様の相手もできないじゃないですか」
「ふざけんな! あいつらはケガなんてしてないだろ! オレばっかり殴られたんだ! あいつらがオレに弁償するべきだろ!」
「トビー。落ち着きなさい」
文句を言おうと立ち上がろうとしたのを祭司様に掴まれる。
「だって……」
「エレナ様と喧嘩はしないと約束したんではないのかい?」
「そうだけど……でもあいつらは嘘をついてるんだ。それにエレナ様のこと馬鹿にしてんのだってオレはまだ許してないし……」
「エレナ様。だって。まだ言ってやがる。うひゃひゃひゃひゃひゃ」
オレのことを一番殴ってきた店員が気持ち悪い笑い声を上げた。
「何がおかしいんだよ! エレナ様は本物の女神様なんだぞ! 王太子様だってエレナ様のこと大切にしてらっしゃっるんだからな! エレナ様のこと笑ってるのなんて王太子様に知られたらただじゃすまされないぞ!」
笑い声が益々大きくなる。店の主人まで笑っている。
「お前なんも知らないんだな」
「なんだよ!」
「なんも知らないお前に教えてやるよ。最近王太子がきれいな女の人を連れて王都のいろんな場所に出没しているんだ」
「は? 何言ってるんだよ。王太子様もエレナ様も忙しくなるから礼拝堂に来れる日が減るって言ってたんだ。王都に出没するわけないだろ」
「ぎゃはは。きれいな女の人って言っただろ。嫌われ者のお嬢様なわけないだろうが」
「エレナ様はこの世で一番おきれいだ! 王太子様が婚約者に望まれるくらいなんだぞ」
「いいこと教えてやるよ。市場で一緒に歩いていた女の人を王太子は『本当は皆に婚約者だと紹介したいけれど許されていない』って説明したんだってよ」
「嘘だ!」
「嘘じゃねぇよ。だから『恋人』とか『最愛の人』って言って回ってるらしいぜ。かなり熱を上げているって街中みんな噂してるさ。今日は一緒に芝居小屋に訪れるって話だぜ。わるーい婚約者が追放される内容だ」
「嘘だっ‼︎ 信じない‼︎」
「トビー! 待ちなさい」
オレは店を飛び出して走り出す。
王太子様が、見たこともないきれいな女の人に熱を上げている?
そんなわけない! そんなわけない!
だけど……
本当に王太子様がエレナ様を捨てて、王都をきれいな女の人を連れて歩いているのか?
王太子様はエレナ様が大好きなんじゃないのか?
エレナ様のことを裏切ったっていうのか?
もし本当にそうなら……
エレナ様の耳にそんな噂がはいるまえに、エリオット様に知らせなくちゃ!
頭の中がぐちゃぐちゃになりながらお屋敷街に向かう。静かなお屋敷街でオレの息遣いだけが大きく聞こえる。
トワイン侯爵家の屋敷はどこにあるんだろう。
必死にあたりを見渡しながら走り続ける。
見慣れた馬車を見つけると、ちょうどユーゴ様とエリオット様が馬車から降りているところだった。
「エリオット様っ‼︎」
「あれ? トビーじゃない。どうしたの? 怪我は随分良くなったんだねぇ。跡が残るんじゃないかって心配してたんだよ。もう治ったって報告かな?」
エリオット様は嫌な顔一つせず汗だらけのオレの顔をハンカチで拭うと傷跡が残ってないか直接触れて確認する。
エレナ様だけじゃなくエリオット様も優しい。
「あっあの、心配してくれてありがとうございます。今日は、怪我が治ったのじゃなくて他にどうしてもお伝えしたい事があって……その……あの……」
「そうなんだね。どんなこと?」
俺の息が整うまで笑顔で待っていてくれる。
「その、驚かないで聞いてくださいね」
「もちろん」
「街で王太子様が知らない綺麗な女の人を連れて歩いてるって」
「殿下が?」
「街で流行ってるお芝居に出てくる人と同じように、王宮で働く女の人だって。見た人が王宮で働く人の制服を着てたって言ってて」
「え……制服? まさか……」
頭を抱え込んだエリオット様は「嫌な予感しかしない」と呟いた。
「それで、今日、その女の人を連れてお芝居を観に行くって……」
「ああ! んもう! 仕方ない。ねえ、トビー案内してくれる? ユーゴ。母上に事情を説明してきて」
「え? 説明って何をですか⁈」
「適当に伝えといてよ。大丈夫。ユーゴならできる、できる。で、伝えたら自力で追いかけてくるんだよ」
「えぇ⁈」
「はい。走って!」
エリオット様はユーゴ様をもう一台ある馬車のほうに走らせると、オレを馬車に引き入れる。手綱を持つ使用人に繁華街に向かうように告げた。
「トビー。危ないから座りなさい。あ、僕の隣はアイランが座るから、バイラム王子殿下の隣に座らせてもらいなさいね」
「え? おうじでんか?」
振り返ると外国の王子様とお姫様らしき人がいらっしゃった。
オレ、ここにいていいの⁈
戸惑っているとエリオット様にふかふかのクッションが置かれた座席に座らされる。車内は知らない言葉が飛び交う。
王子様らしき男の人は急にオレの肩を抱き寄せて何か叫んだ。
気がつくとあっという間に繁華街だ。
大きな馬車が無理矢理道を進むとざわめきが起こる。ツバメとアザミの紋章を見て罵るような声まで上がった。
色んな意味で生きた心地がしないままオレは繁華街にある芝居小屋までエリオット様たちを案内した。
── そして、駆けつけたエリオット様が、何故か舞台上で演説をしていた王太子様と対峙するのは芝居小屋のカーテンをくぐってすぐのことだった。
呼び出しっていうやつだ。
「ええ、ええ。せっかくのお話でしたが、ええ、今回のご縁は無かったことにさせていただければと思います」
お人好しの祭司様はもう肌寒くなってきたっていうのに、しきりにハンカチで汗を拭いている。
呼び出しの手紙を受け取ったときは「エレナ様を悪様に言うような輩にははっきりと言わなくてはならない」なんて言ってたくせに。
「それじゃあこちらも困るんですよ。喧嘩なんて起こされて大切な従業員が怪我をしてしまいましてね。弁償して頂かないと」
そういうと店の主人が「おい」と裏に声をかける。出てきたのはこれ見よがしに包帯を巻かれた店員たちだった。
ニヤニヤと笑っている。
「ほらこんなざまじゃお客様の相手もできないじゃないですか」
「ふざけんな! あいつらはケガなんてしてないだろ! オレばっかり殴られたんだ! あいつらがオレに弁償するべきだろ!」
「トビー。落ち着きなさい」
文句を言おうと立ち上がろうとしたのを祭司様に掴まれる。
「だって……」
「エレナ様と喧嘩はしないと約束したんではないのかい?」
「そうだけど……でもあいつらは嘘をついてるんだ。それにエレナ様のこと馬鹿にしてんのだってオレはまだ許してないし……」
「エレナ様。だって。まだ言ってやがる。うひゃひゃひゃひゃひゃ」
オレのことを一番殴ってきた店員が気持ち悪い笑い声を上げた。
「何がおかしいんだよ! エレナ様は本物の女神様なんだぞ! 王太子様だってエレナ様のこと大切にしてらっしゃっるんだからな! エレナ様のこと笑ってるのなんて王太子様に知られたらただじゃすまされないぞ!」
笑い声が益々大きくなる。店の主人まで笑っている。
「お前なんも知らないんだな」
「なんだよ!」
「なんも知らないお前に教えてやるよ。最近王太子がきれいな女の人を連れて王都のいろんな場所に出没しているんだ」
「は? 何言ってるんだよ。王太子様もエレナ様も忙しくなるから礼拝堂に来れる日が減るって言ってたんだ。王都に出没するわけないだろ」
「ぎゃはは。きれいな女の人って言っただろ。嫌われ者のお嬢様なわけないだろうが」
「エレナ様はこの世で一番おきれいだ! 王太子様が婚約者に望まれるくらいなんだぞ」
「いいこと教えてやるよ。市場で一緒に歩いていた女の人を王太子は『本当は皆に婚約者だと紹介したいけれど許されていない』って説明したんだってよ」
「嘘だ!」
「嘘じゃねぇよ。だから『恋人』とか『最愛の人』って言って回ってるらしいぜ。かなり熱を上げているって街中みんな噂してるさ。今日は一緒に芝居小屋に訪れるって話だぜ。わるーい婚約者が追放される内容だ」
「嘘だっ‼︎ 信じない‼︎」
「トビー! 待ちなさい」
オレは店を飛び出して走り出す。
王太子様が、見たこともないきれいな女の人に熱を上げている?
そんなわけない! そんなわけない!
だけど……
本当に王太子様がエレナ様を捨てて、王都をきれいな女の人を連れて歩いているのか?
王太子様はエレナ様が大好きなんじゃないのか?
エレナ様のことを裏切ったっていうのか?
もし本当にそうなら……
エレナ様の耳にそんな噂がはいるまえに、エリオット様に知らせなくちゃ!
頭の中がぐちゃぐちゃになりながらお屋敷街に向かう。静かなお屋敷街でオレの息遣いだけが大きく聞こえる。
トワイン侯爵家の屋敷はどこにあるんだろう。
必死にあたりを見渡しながら走り続ける。
見慣れた馬車を見つけると、ちょうどユーゴ様とエリオット様が馬車から降りているところだった。
「エリオット様っ‼︎」
「あれ? トビーじゃない。どうしたの? 怪我は随分良くなったんだねぇ。跡が残るんじゃないかって心配してたんだよ。もう治ったって報告かな?」
エリオット様は嫌な顔一つせず汗だらけのオレの顔をハンカチで拭うと傷跡が残ってないか直接触れて確認する。
エレナ様だけじゃなくエリオット様も優しい。
「あっあの、心配してくれてありがとうございます。今日は、怪我が治ったのじゃなくて他にどうしてもお伝えしたい事があって……その……あの……」
「そうなんだね。どんなこと?」
俺の息が整うまで笑顔で待っていてくれる。
「その、驚かないで聞いてくださいね」
「もちろん」
「街で王太子様が知らない綺麗な女の人を連れて歩いてるって」
「殿下が?」
「街で流行ってるお芝居に出てくる人と同じように、王宮で働く女の人だって。見た人が王宮で働く人の制服を着てたって言ってて」
「え……制服? まさか……」
頭を抱え込んだエリオット様は「嫌な予感しかしない」と呟いた。
「それで、今日、その女の人を連れてお芝居を観に行くって……」
「ああ! んもう! 仕方ない。ねえ、トビー案内してくれる? ユーゴ。母上に事情を説明してきて」
「え? 説明って何をですか⁈」
「適当に伝えといてよ。大丈夫。ユーゴならできる、できる。で、伝えたら自力で追いかけてくるんだよ」
「えぇ⁈」
「はい。走って!」
エリオット様はユーゴ様をもう一台ある馬車のほうに走らせると、オレを馬車に引き入れる。手綱を持つ使用人に繁華街に向かうように告げた。
「トビー。危ないから座りなさい。あ、僕の隣はアイランが座るから、バイラム王子殿下の隣に座らせてもらいなさいね」
「え? おうじでんか?」
振り返ると外国の王子様とお姫様らしき人がいらっしゃった。
オレ、ここにいていいの⁈
戸惑っているとエリオット様にふかふかのクッションが置かれた座席に座らされる。車内は知らない言葉が飛び交う。
王子様らしき男の人は急にオレの肩を抱き寄せて何か叫んだ。
気がつくとあっという間に繁華街だ。
大きな馬車が無理矢理道を進むとざわめきが起こる。ツバメとアザミの紋章を見て罵るような声まで上がった。
色んな意味で生きた心地がしないままオレは繁華街にある芝居小屋までエリオット様たちを案内した。
── そして、駆けつけたエリオット様が、何故か舞台上で演説をしていた王太子様と対峙するのは芝居小屋のカーテンをくぐってすぐのことだった。
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