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第五部
61 エレナ、殿下と観劇する
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市井で流行ってるその芝居は、ネリーネ様から以前聞かされていたものだ。
「本当に観るのですか?」
さっきまでは正体に気が付かれていないことは幸いに思っていたけれど、このままじゃ災いが起こる。
この物語の登場人物はわたしと殿下をモデルにしている。
わたしのことを悪役令嬢と揶揄するだけならまだしも、物語の王子さまは人の気持ちがわからず重臣たちの操り人形だとされていた。殿下に対して不敬なんてもんじゃない。
ステファン様はネリーネ様と一緒に見に行っているのだから内容は知っているはずよね?
平土間に長椅子を置かれただけの芝居小屋は多くの人でごった返している。
少し離れたところに座っているステファン様に視線を送るけど気が付いてもらえない。
もし、こんな場所でわたしたちの正体がばれてしまったら……
背中にイヤな汗が流れる。
早く。早く止めさせないと。
周りを見回す。他に護衛もいるはずだわ。
薄暗い芝居小屋の中で目を凝らすと、ストロベリーピンクの髪が揺れるのを見つける。
「スピカさ……むぐ」
殿下の指が唇に触れる。
「静かに。正体がバレてしまうよ? 大丈夫。スピカ嬢だけでなく、ダスティンにブライアン、ジェレミー……それに王立学園に在籍する騎士候補たちも近くにいるから安心して」
ジェレミー様の赤い髪。他にもよく見ると見慣れた顔がいる。
「ほら始まる。あまりよそ見をしてはいけないよ」
その声を待っていたかのように小編成楽団が演奏を始めた。
芝居が始まった。
派手で品のない衣装を着た色褪せた金髪に暗いだけで深みもない青い目の男が登場する。モブの役者達が「感情のない王子は人の心がわからない」「人の心もわからないだけじゃなくてこの国でおきてる問題もわからないらしい」「心も頭も空っぽだ」「あいつは空っぽな操り人形なんだ」と笑い声を上げる。
観客まで愉快そうに笑い出すのを聞いて、ぎゅっと唇を噛み締める。
ああ。そうだ。あの日、わたしはこの芝居を見た。
調弦されていないバイオリンとチェロに、出ない音があるオーボエや息が続かないトランペット達が音を鳴らす。
鼻にかかった癖のある声で独唱を歌うのは、劇団一の美女と呼ばれる看板女優だ。コーデリア様やアイラン様をはじめとした美女や美少女を見慣れたわたしには残念ながらモブの役者と大して変わらなく見える。
ああもう。
鳴り響く手拍子や口笛に合いの手も耳障りで考え事の邪魔でしかない。
苛立ちを抑えて必死に記憶を巡る。
あの日。
わたしは縁戚であるレイシャに誘われてここに来ていた。
トワイン一族は女の子が極端に少ない。歳が近いわたしたちは親族の集まりでは一緒にいることが多かった。
レイシャは実家で作った蒸留酒を飲食店に売りに行く父親について王都に何度も行ってるからと、流行り物に詳しくて、いつもわたしにいろいろ教えてくれていた。
そしてあのも日も「エレナも知っておいた方がいいことがあるのよ」そう言われたんだ。
わたしはあの時この芝居を見てなんて思ったんだろう。
茶色い髪の毛にペリドットみたいな鮮やかな黄緑色の瞳の少女が舞台の中心向かうと、場内の至る所から罵声があがる。
わたしと髪色や瞳の色が少し似ているくらいで悪役令嬢を演じるハメになった不憫な少女は、罵声をものともせずに顔を上げて高らかに独唱を歌う。
罵声を黙らせるほどの歌唱力は圧巻だ。
そもそも太って見えるようにドレスの下にたくさん着込んで、レースやフリルをたくさん重ねているだけで、悪役令嬢役の少女は細身だ。
化粧で派手でキツく見えるようにしているだけで、目鼻立ちは整っている。
わたしに髪や目の色が似ていなければ悪役令嬢役の少女が看板女優になれたに違いない。
待って。今考えるべきなのはそこじゃない。
やっと観客の声が静かになったんだからあの日のことを思い出すのに集中しなくっちゃ。
レイシャにこの芝居を見せに連れてこられた時。
わたしは……わたしは……
ああ、思い出せそうで思い出せない。
また観客の笑い声が起きる。
舞台では再び王子様がどれだけ役立たずかを揶揄していた。
「本当に観るのですか?」
さっきまでは正体に気が付かれていないことは幸いに思っていたけれど、このままじゃ災いが起こる。
この物語の登場人物はわたしと殿下をモデルにしている。
わたしのことを悪役令嬢と揶揄するだけならまだしも、物語の王子さまは人の気持ちがわからず重臣たちの操り人形だとされていた。殿下に対して不敬なんてもんじゃない。
ステファン様はネリーネ様と一緒に見に行っているのだから内容は知っているはずよね?
平土間に長椅子を置かれただけの芝居小屋は多くの人でごった返している。
少し離れたところに座っているステファン様に視線を送るけど気が付いてもらえない。
もし、こんな場所でわたしたちの正体がばれてしまったら……
背中にイヤな汗が流れる。
早く。早く止めさせないと。
周りを見回す。他に護衛もいるはずだわ。
薄暗い芝居小屋の中で目を凝らすと、ストロベリーピンクの髪が揺れるのを見つける。
「スピカさ……むぐ」
殿下の指が唇に触れる。
「静かに。正体がバレてしまうよ? 大丈夫。スピカ嬢だけでなく、ダスティンにブライアン、ジェレミー……それに王立学園に在籍する騎士候補たちも近くにいるから安心して」
ジェレミー様の赤い髪。他にもよく見ると見慣れた顔がいる。
「ほら始まる。あまりよそ見をしてはいけないよ」
その声を待っていたかのように小編成楽団が演奏を始めた。
芝居が始まった。
派手で品のない衣装を着た色褪せた金髪に暗いだけで深みもない青い目の男が登場する。モブの役者達が「感情のない王子は人の心がわからない」「人の心もわからないだけじゃなくてこの国でおきてる問題もわからないらしい」「心も頭も空っぽだ」「あいつは空っぽな操り人形なんだ」と笑い声を上げる。
観客まで愉快そうに笑い出すのを聞いて、ぎゅっと唇を噛み締める。
ああ。そうだ。あの日、わたしはこの芝居を見た。
調弦されていないバイオリンとチェロに、出ない音があるオーボエや息が続かないトランペット達が音を鳴らす。
鼻にかかった癖のある声で独唱を歌うのは、劇団一の美女と呼ばれる看板女優だ。コーデリア様やアイラン様をはじめとした美女や美少女を見慣れたわたしには残念ながらモブの役者と大して変わらなく見える。
ああもう。
鳴り響く手拍子や口笛に合いの手も耳障りで考え事の邪魔でしかない。
苛立ちを抑えて必死に記憶を巡る。
あの日。
わたしは縁戚であるレイシャに誘われてここに来ていた。
トワイン一族は女の子が極端に少ない。歳が近いわたしたちは親族の集まりでは一緒にいることが多かった。
レイシャは実家で作った蒸留酒を飲食店に売りに行く父親について王都に何度も行ってるからと、流行り物に詳しくて、いつもわたしにいろいろ教えてくれていた。
そしてあのも日も「エレナも知っておいた方がいいことがあるのよ」そう言われたんだ。
わたしはあの時この芝居を見てなんて思ったんだろう。
茶色い髪の毛にペリドットみたいな鮮やかな黄緑色の瞳の少女が舞台の中心向かうと、場内の至る所から罵声があがる。
わたしと髪色や瞳の色が少し似ているくらいで悪役令嬢を演じるハメになった不憫な少女は、罵声をものともせずに顔を上げて高らかに独唱を歌う。
罵声を黙らせるほどの歌唱力は圧巻だ。
そもそも太って見えるようにドレスの下にたくさん着込んで、レースやフリルをたくさん重ねているだけで、悪役令嬢役の少女は細身だ。
化粧で派手でキツく見えるようにしているだけで、目鼻立ちは整っている。
わたしに髪や目の色が似ていなければ悪役令嬢役の少女が看板女優になれたに違いない。
待って。今考えるべきなのはそこじゃない。
やっと観客の声が静かになったんだからあの日のことを思い出すのに集中しなくっちゃ。
レイシャにこの芝居を見せに連れてこられた時。
わたしは……わたしは……
ああ、思い出せそうで思い出せない。
また観客の笑い声が起きる。
舞台では再び王子様がどれだけ役立たずかを揶揄していた。
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